abb61ac4.jpg  あ~あ。連休も終ってしまった。
 この間書いたように、22日は私、休みだったのだ。
 このようにまとまって休みを取ったのは正月以来だ。というのはうそです。

 この4日間を振り返ると、はて、いったい何をしていたのだろう、と後ろ向きな気持ちになる。

 ちょこちょこっと庭仕事はした。物置の片付けもした。スーパーにビールを買いに行きもした。

 けど、案外と歴史に残るようなことはしていない。
 歴史というのは私の歴史、自分史だ。

 もっとも印象的な出来事とといえば、床屋に行ったことぐらいか……外部の人と接触したという点で。

 でも、この休日中に1冊の本を読み終えた。 
 宮部みゆきの「東京下町殺人暮色」(光文社文庫)。
 春先に買っていたのに、ついついと、だらだらで、読むのを先延ばししていたのだ。
 しかも、読み始めたのは先月だったような気がするが、それまた、だらだらと怠慢な労働者のように時間をかけてしまった。

 宮部作品を読むのは私にしては久々。
 で、感想だが、この中編小説、面白いことは面白かったが、どうも他の宮部作品に比べると緊迫感に欠けるように思えた。だから、だらだらと読んでしまったのだろうけど。

 書かれたのは「魔術はささやく」で第2回推理サスペンス大賞を得たあと。受賞後第1作目の書き下ろし作品だが、「魔術はささやく」に比べると……
 まお、この小説は1990年にカッパ・ノベルズから「東京殺人暮色」のタイトルで出版されたもの。それが改題されている。

 東京といえば、芥川也寸志(Akutagawa Yasushi 1925-89 東京)の作品に「アレグロ・オスティナート(Allegro Ostinato)」(1986)という作品がある。

0df629b5.jpg  この曲はFM東京15周年委嘱作品で、外山雄三、三枝成章、石井真木との共作による交響組曲「東京」の第4楽章に当たる。

 芥川は初演時のプログラムに次のように寄せている。

 私は1925年7月に、東京に生まれました。今の北区ですが、戦前は滝野川区と呼ばれておりました。私の生まれた家は、山の手線の田端駅から山手に登った所にあって、左右のお隣が日本画家と鋳金家という、芸術家の多い閑静な住宅地でした。
 私はその家でずっと育ち、終戦の2年前に、今の芸大、当時の東京音楽学校に入りました。終戦時は陸軍軍楽隊におりましたが、私が生まれ育った家は、空襲で焼けてしまいました。それからも、私はずっと東京に住んでおります。
 また、芥川家の先祖は徳川に仕えておりましたので、多分、私は生粋の江戸っ子といえると思います。その上、東京から離れて住んだことがありませんので、私の心や身体には都会というものが染みついてしまっていると思います。
 この曲は、とくに東京の何かを描写しようとしたものではありません。私のふるさとであり、これからも離れることはないであろう、わが愛する東京、そして私の心に染みついている都会というもののイメージをごく自然に画きながら、いわば、“讃歌”として、また組曲の最終曲として作られたものです。


 ここで芥川は、師・伊福部昭が得意とし、自らもおそらく自身を持ち、復権を願っていた“オスティナート”手法を用いている。
 曲は芥川独特の繊細さと都会的な響きをもっており、強奏の場面でもあくまでも知的である。それは病弱な人の運動を思わせなくはないが、このどこかさびしげな芥川サウンドは、熱狂すればするほど悲しげに聴こえてくる伊福部音楽に通じるものがある。

 CDは芥川自身の指揮、新交響楽団による1986年のライヴがフォンテックから出ていたが、現在は廃盤である。

 それにしても、キタチョーセン、どうしようもない……