【前回まであらすじ】
 その昔、鹿児島でカマキリに襲われたことを思いだした私は、“矢口るい”を追い払うことに成功する。

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 鹿児島空港に着き、おなかも満たされ、「どれ、お土産でも買おうかな」と2階のフロアをうろついていたが、坂上二郎の視線が気になり、なんとなく購買意欲がそそられなかった。

 というのも、売っているものはさつま揚げばっかりだし、もう1つの名物である黒豚もの、つまりハムやソーセージは高い上に、冷蔵物なのでがさばる。

 これは鹿児島ではなく宮崎みやげなのかもしれないが、真空パックの炭火焼地鶏は、見るからに煙っぽい。あんなに黒々として(で、実際、宮崎地鶏を供する店で炭火焼を食べたこともあるが)、鶏の味どころか、煙の味しかしない。ちっとも美味しくない。胸やけがする。とても買う気にならない。

 さんざん徘徊したあげく、結局は九州定番とも言えるスィートポテトを買い、そうだあとは羽田で何か見ようと思い立った。

 というのも、先々週にベリンスキー侯が言っていたことを思い出したのだ。
 氏は11月の18日、出張先の東京から夜の便で札幌に戻ってきたのだったが、その翌日、私のところに来た折りに嬉しそうに報告してくれた。

 「いやぁ、昨日ですね、夜の便で羽田から帰って来たんですけどもね、買えたんですよ、えぇ、崎陽軒のシウマイ弁当。残り1つしかなくてね、私が空弁の売り場に行ったら弁当を選んでいる人が何人かいたんですけどね、おっ、シウマイ弁当が1つしかないってわかったんで、後ろからさっと手を出してですね、知らん顔してレジに行きましたよ。いやぁ、よかった、よかった」

 ご存知の通り、私も崎陽軒のシウマイ弁当は好きである。
 売り切れていて、悲しみのあまり搭乗待合室で悶絶したこともある。
 ベリンスキー侯のこの上ない喜び、凱旋もわかる。

 しかしである。
 何の弁当にしようかなと楽しみながら悩んでいる先客の後ろからさっと手を伸ばし、先客の落胆ぶりも意に介さず、そのままゲットしてしまうのはあまりにも大人げないのではないか?
 私だったらもう少しさりげなく、例えば優雅に手を伸ばすなどの策を講じたところだ。

 そんな話を思いだしたので、そうだ羽田で崎陽軒のシウマイを買って帰ろうと思い立ったのだった。
 ただし弁当ではない。
 真空パックのシウマイ単品である。これなら品切れしている心配はない。難点は、真空パックはやや味が落ちるということだ(気のせいかもしれないが)。

 今回、弁当にしない大きな理由がある。
 簡単に言えば、家に帰ればご飯はあるということに尽きるのだが、いろいろな事情が絡んでいる。

 例えば、シウマイ弁当を買って帰り、それが自分の分1折だったら、どんな非難を浴びせられるか想像を絶する。今回の場合、私が帰宅するのは20時過ぎになり、どう考えても他の者どもは食事を終えている。それでも、私の分しか買って帰らなかったら「このシウマイ野郎!」などと罵られるのは必至だ(「コーヒー野郎」に比べると、ひどく侮蔑的に響く)。

 もう1つ理由がある。
 弁当を買って帰ると、家にご飯があるのに、とクレームがつく。
 そして、炊飯器内のご飯が余り、それは別容器に移され翌朝へと回される。
 実は私は冷や飯が嫌いである。レンジで温めても嫌いである。炊きたてが好きである。ましてや朝はそうだ。
 わが家でいちばん先に起きる私は、前日の残りのご飯を視野の端に置きながら、炊きたてのご飯を食べる。この行為について、普段から警告を受けている。私以外のものが炊きたてではないご飯から食べなくてはならないはめになる、と。

 でも、家長である私が炊きたてのご飯を食べてはならないなんて、法解釈が間違っている。
 それに、朝一番にご飯を食べる私が残りご飯を食べるようなことをしたら、私以外は常に炊きたてのご飯を食べられるようになるではないか!なぜ、寿命的にはいちばん早く死ぬ私が率先して残りご飯を食べなくてはならないのか?

 ということで、弁当だとさらにご飯の余剰が増えると非難されるのだ。
 もっとも、私は夜はビールで満腹になるので、ほとんどご飯は食べないのだけれど。

 そういうことで羽田に着き、52番ゲート近くのANA FESTAに寄る。
 夕方という時間帯のせいもあるのだろうが、自分が買わないというときに限ってシウマイ弁当が山積みされていて、それがすごく悲しい。

3af548d0.jpg  しょうがない、今日は真空パック、と思ったら、なんということだろう、真空パックではないシウマイの折が売られているではないか!つまり、シウマイ単品の折である。
 これは素敵だ!

 その名も、「特製シウマイ」。特製だよ!
 12個入りで1,250円とややお高いが、包装も高級感があって、即買っちゃったね、私。

 ということで、夜のビールのつまみは崎陽軒のシウマイ。
 崎陽軒のシウマイって美味しい。
 けど、ばかみたく美味しいわけではない。
 食感だってそんな上等ではない。得体のしれない堅さもある。
 この夜だって、シウマイを一口で食べるのはとてもお下品だからと、箸で縦に2つに割ろうとしたら、箸が折れてしまった(これ、ホントの話)。
 でも、なんか無視できない存在だ。

 話はちょいと鹿児島空港のことに戻る。

067da9c3.jpg  搭乗案内を待っていると、天井からバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)のヴァイオリン曲が流れて来た。
 「6つの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ(6 Solo a violino senza basso accompagnato)」BWV.1001-1006(1720)のなかの、「無伴奏パルティータ第3番ホ長調」の前奏曲だった。

 空港でバッハを耳にするなんて初めてだ。それも比較的大きな音量で、空港ビルで天井が高いせいか、なかなか良い音で鳴り響いていた。
 バッハのこの偉大なるヴァイオリン曲については、前に書いてあるのでここでは割愛。

 このパルティータ第3番の前奏曲は、カンタータ「神よ、われら汝に感謝す(Wir danken dir Gott)」BWV.29(1731)のシンフォニア(序曲)に転用されたが(今さらながらに書いておくと、バッハ作品目録のBWV.番号は作曲年順につけられているのではなく、ジャンルごとにふられている)、私はそのシンフォニアがとても好きである。残念ながらいまは手元にCDなどがないのだが、バッハの作品中でも一番か二番に好きな曲だ。

 そんなこんなで鹿児島でバッハを耳にし、羽田で「特製シウマイ」を買い、そのあと乗った千歳便に、何となくほっとする雰囲気を感じた。