“うずら”さん……本物の“うずら”さんと顔を会わせたのは、12月21日の夜のことであった。

 “うずら”は実在していた。
 “うずら”は生息していた。
 “うずら”は鳥類ではなかった。
 “うずら”は本当にメスだった。

 以下、とっても面倒くさいので、そのままでは文章の中に埋没してしまいそうな感じはするが、この名前を“”では囲まないし、呼び捨てにもする。

 ご存知ない方にかいつまんで説明すると、うずらというのはアイゼンシュタイン氏絡みで私のブログにコンスタントにではなく、けっこうむらっ気でコメントを寄せてきていた女性らしき人物である。

 アイゼンシュタイン氏と私が実際に接触があった翌日に限って(そのような場合はたいてい氏がブログ記事の話題にもなっているわけだが)うずらからのコメントが入るので、てっきりアイゼンシュタイン本人が雌雄同体ワザを発揮して、別人格に変身して投稿しているのだと、私は疑ってやまなかった。

 しかし、「うずらという人間が本当にいると言い張るんなら、目の前に連れて来ていただきたい。でなきゃ、もう口をきいてやらないよ」、という私の控え目な要求にしたがって、アイゼンシュタインはその夜、カチャカポコナ経営の店ビバ・トレードに、彼女を呼んだのだった。

 われわれが入店してほどなく目の前に現れた生命体は、予想していたイメージと違った。

 体長は1m以上あり(ウズラの体長はせいぜい20cm程度だ)、間違って足で踏んでしまっても潰れてしまうような大きさではなかった。尾も見当たらなかった(ズボンを履いていたので確認できなかった)。ウズラのようにまん丸い体型でもなく、むしろやせ形で背が高かった。イメージ通りだったのは脚が2本だったということだけだ。

 ところでみなさんはウズラと聞いて、鳥の形をしたウズラという生物と鳥であるウズラという生物の卵のどちらを頭に思い浮かべるだろうか?

 私は卵である。
 でも、それほど食べたことはない。

 函館本線長万部駅の“駅弁”にもりそばがある(いまでこそコンビニでは当たり前のように売られているもりそば類だが、昔は珍しさの点で画期的だった)。
 このもりそばにはウズラの卵がついている。
 私は生卵が苦手だが、あるとき、旅の途中でこれを購入、つゆにウズラの生卵を落として食べてみた。

 おお、けっこう美味しいじゃん!

 鶏卵だったらつゆが生卵の味でめちゃくちゃになってしまうが(量が多いので)、小さなウズラの卵だとけっこう私の口に合うことがわかった。
 いや、ただそれだけの話である。

 だからといって、ご家庭でもりそばを食べるときのためにウズラの卵を冷蔵庫に常備しておくわけにはいかない。そうそう家ではもりそばを食べないから。在庫がないわけだから、おのずとウズラの生卵を食べる機会は失われていく。8個くらい使って目玉焼きを作ってみたい欲望にはかられるが……

 ウズラの肉も食べたことがある。つくねだ。
 でも、なんだか口に合わなかった。
 いや、ちっぽけな思い出である。

 ということなのだが、カチャカポコナの店に現れたうずらは、人間の女性であり、顔がウズラの卵のようにまだら模様でカモフラージュされているわけでもなく(おそらく無敵なので、カモフラージュする必要がないのだろう)、少なくとも私の6.4倍以上は元気であった。彼女なら1人で“エッシャー”に行ってカレーライスを頬張れると、確かに理解できたような気がする。

 アイゼンシュタインとは古くからの仕事仲間らしいが、仕事を辞めたアイゼンシュタインとは今後仕事上の付き合いはなくなるのではないか、ということも考えられなくはない。でも、それは私の知ったこっちゃない。

 で、うずらが私に言うには「うずらではなく何か別な名前を付けてください」ということだ。いきなり名前を付けろとは、なかなかいい度胸をしている。ふつうならまずは命名料の相談から始めるところだろうに。まあ、アイゼンシュタインの仲間だからな……

 もちろん、その場では私は返答しなかった。
 初めて顔を会わせて数分のうちに、そんなことができるわけがない。
 要経過観察ってやつだ。

 ということで、長々と書いたが、うずらは実在した。

 でも、果たしてイエスは実在したのだろうか?(と、強引にクリスマスっぽい話にブリング、ブリング)

 新約聖書以前にもイエスに触れている文書がいくつかあるという。

 そのなかの1つ、フラヴィス・ヨセフスの「古代ユダヤ史」は、紀元93年の完成。この年はゴルゴダの丘でイエスが処刑されてから60年後にあたる。新約聖書の最古の写本は紀元100以後のものなので、「古代ユダヤ史」に書かれている内容が本当なら、すごい資料となるわけだ。

 「古代ユダヤ史」のなかには、「この時期に、賢人イエスが現れた。彼を人と呼べば、の話だが。というのは、彼はさまざまな秘蹟を実現し、真理をよろこびをもって受け入れる人々の主となり、多数のユダヤ人、ギリシア人を導いたのである。この人こそキリストだった。……」と書かれている。

 すごいっ!
 イエスは実在した!

 と言いたいところだが、このあたりの文章は後世に書き加えられたというのが今やほぼ定説。

 もっとも、ほぼ間違いなくヨセフスがイエスについて書いたとされている部分もある。それは、

 「キリストとあだ名されたイエスの兄弟、ヤコブ……」とだけイエスの名前が出てくる文章。
 やれやれ……

 つまりは、イエスが実在したかどうかは新約聖書を信じるか信じないかという話に落ち着いてしまうことなる。

 新約聖書には4つの福音書がある。
 福音書というのはイエスの生涯と死、そして復活を書いたもの。4つとは、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ、の4書である。

 そして、バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)はこの4書すべてについて受難曲を書いている。

 とはいえ、「ルカ受難曲(Lukaspassion)」BWV.246(1712)は、バッハの筆写はあるものの、バッハの作ではない。また、「マルコ受難曲(Markuspassion)」BWV.247(1731)は楽譜が紛失されてしまった(1964年に一部復元)。

 したがって、バッハの真作で、かつ、きちんと残っている受難曲は、先日取り上げた「マタイ受難曲」と「ヨハネ受難曲」の2曲である(といっても、楽譜上の問題は残っている)。

 今日は「ヨハネ受難曲(Johannespassion)」BWV.245(1722-23)。

e0161664.jpg  「ヨハネ受難曲」はライプツィヒ市の委嘱によって作曲された作品。
 初演後も、バッハの生前に3回再演されている。  

 2部40曲から成るが、歌詞は「ヨハネによる福音書」の第18~19章、コラール、宗教詩から取られており、「マタイ受難曲」がピカンダーの台本によるのに対し、「ヨハネ受難曲」の台本は誰の手によるものなのかがわかっていない。

 「マタイ受難曲」と「ヨハネ受難曲」のどちらが優れているか?
 その質問はナンセンスだと思うが、日本ではどちらかというと「マタイ」の方が人気があるようだ。
 礒山雅氏は「J・S・バッハ」(講談社現代新書)の中で、「《ヨハネ受難曲》はバッハの大傑作だが、《マタイ受難曲」》はその上をゆく」と書いている。
 私は「ヨハネ」の出だしでぐっときてしまうのだが……(同じ受難曲でも「マタイ」と「ヨハネ」は性格、方向性が異なる)。

 私が聴いているCDはブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ、オランダ室内合唱団ほかの演奏によるもの。かつてフィリップスからリリースされたときには大いに話題となった緊張感溢れる感動的な名演である。1992録音(ライヴ)。デッカ。


 昨日の昼の定食には八宝菜の小皿がついていた。
 ウズラの卵の水煮が1個入っていた。
 でも、八宝菜や中華丼のウズラって、一連のスムーズな食感の流れを阻害するような気がしてならない。