ツイッターを始めて1カ月になる。

 私がツイッターを始めたのは、まったくの偶然からだった。
 年末に何とはなしに、私のブログに登場してきた人物の名をネットで検索してみたら、ある♂の名前がヒットし、それが彼のツイッターのページ(という言い方が正しいかどうかは知らないけど)だったのだ。

 ふふふ、これはおもしろいぞ、と私も新規登録。
 さっそく彼をフォローし、言葉によるいたぶりをしてみたのだった。

 でも、いまだによくわからないところがある、ツイッターには。
 あまり私にはなじめない感じもする。
 フォローした人のツイート(さえずり、つぶやき)がどんどん入ってくるわけだが、まさにつぶやきだから、何の話だかよくわからないところが多々あり、私はもやが漂う森の奥深くに放し飼いされた山羊のような気になるのだ。

 つぶやきだからね、何といっても。

 たとえばあなたがタクシーに乗ったとする。
 走り始めてすぐに運転手さんがぶつぶつと呟きはじめ、それは終わることなく延々と続いたとしたら、あなたはあまり気持ちよくはないだろう。いや、あなたはそうかもしれないが、私なら相当気持ち悪く感じ、すぐにでも降りたくなるに違いない。

 あるいは、たとえばあなたが昼にそば屋に行ったとする。
 店は混んでいて相席という最悪な展開になってしまい、あとから向かいの席に着いたオヤジのもりそばが先に出てきて、おやじはぶつぶつと言いながらそれををすすっていたとする。そのあとに先客だったあなたの天せいろが出てくる。高級品だから時間がかかったのだ。
 おやじは何を呟いてるかわからないが、何となく「いいよなぁ、天ぷら」と言っているように聞こえる。としたら、2カ月ぶりに奮発して天せいろを頼んだんだ。いつもこんな王様のような食生活をしているのではない、という個人的事情があったとしても、あなたはいてもたってもいられなくなるだろう。

 その上、打ちひしがれてそば屋を出て、気晴らしにデパートの屋上のわんぱく広場みたいな名の遊園地に行って、子供を連れてきている若いお母さんたちの姿を見て幸せな気分になろうと、エレベーターに乗ったとする。
 ところが満員のエレベータのドアが閉まった直後に、あなた以外の全員が各々勝手にチュンチュン、チョメチョメとさえずり始めたとしたら、あなたは叫びたくなるに違いない。「とんがり焼き!」とでも……

 ツイッターにはそんな居心地の悪さがある。私には。

 でも、私はいまのところツイッターをやめる気はない。
 日常の出来事に関する部分でブログ記事の補助手段として使えそうな気もしないでもないからだ。

 そうそう、先日会社の私のアドレスに、2年ほど前まで関係、いや付き合いがあった取引先の部長(今は北海道の都会とは言い難い町で支店長をやっている。私より年上の、もちろん男性である)からメールが来た。このお方が転勤してから音沙汰なしだったので、驚いた。
 こういう突然の久しぶり連絡って、たいていの場合、当方にとってはあまり歓迎すべき内容でないことが多い。

 そのメールは、しかし、「格安のものを手配できるので、タラバガニを買わないか?」といったような内容ではなかった。が、だからといって歓迎すべきものとも言い難いものだった。

 メールのタイトルは「フェイスブックで一緒にあの頃の思い出を語ろう」というもの。

 本文は、「お元気でお過ごしですか。〇田〇太です。現在、〇〇町におります。 最近のニュースで、世界最大のSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)という、このfacebook を知りました。 相手の写真を見ながらメールを送信でき、話している気分に近くなります。動画などもすぐ添付できます。私も始めました。よろしかったら、ご登録いただき、のぞいてみてください」というもの。

 え~っ……

 そりゃお世話になったし、立派な人だけど、どーして私がこのお方の写真を見ながら話をしている気分になってメールを送らなきゃならないの?なんか、禁断の臭いがする。どんな動画を送れっていうの?まだ、肌を見せるほど親しくないわ。
 ってことで、ほったらかしにしてある。
 すまないが、ちょっと怖さを感じる私なのだ(だってSNSをわざわざソーシャル・ネットワーク・サービスって書いてくれているんですよ。この優しさが恐いの)。

 さて、こんな内容の文を書いていると、ちょっとクラシック音楽に詳しい人なら、今日紹介する曲はラモーの「鳥のさえずり」に違いないと思うだろう。

 ブ、ブーッ!
 残念でした。
 私はそんな単純な人間ではない。いや、正直に白状すると、そうしようと思ったのだが、この曲前に取り上げているし、何回も取り上げる曲でもないから断念した。

5115d922.jpg  そこでシューベルト(Franz Peter Schubert 1797-1828 オーストリア)の歌曲集「白鳥の歌(Schwanengegesang)」D.957,965A(1828)。
 
 全部で14曲から成るこの歌曲集は、作曲者の死後に出版業者のハズリンガーがまとめて「白鳥の歌」という名の曲集で出版したもの。
 ただ、第1~13曲は、シューベルトの生前に「レルシュタープとハイネの詩による13の歌」として出版される予定になっていた。そのため第14曲にはD.965Aの作品番号が付けられている。

 各曲のタイトルは、

 1. 愛の使い Liebesbotschaft
 2. 戦士の予感 kriegers Ahnung
 3. 春の憧れ Fruhlingssehnsucht
 4. セレナード Standchen
 5. わが家 Aufenthalt 
 6. 遠い地にて In der Ferne
 7. 別れ Abschied
 8. アトラス Der Atlas
 9. 彼女の肖像 Ihr Bild
 10. 漁師の娘 Das Fischermadchen
 11. 都会 Die Stadt
 12. 海辺にて Am Meer
 13. 影法師 Der Doppelganger (以上D.957)
 14. 鳩の便り Die Taubenpost (D.957A)

 詩は第1~7曲がレルシュタープ。第8~13曲がハイネ。第14曲がザイドルである。

 ほら、見て欲しい。
 第14曲のタイトルを。

 「鳩の便り」である。

 鳥(のさえずり=ツイート)と便り(〇田〇太氏からの)の両方をカバーしているではないか!
 もっとも、鳩はポッポと鳴くからさえずりというイメージではないが……

 私が持っているCDは、F=ディースカウのバリトン、ブレンデルのピアノの演奏によるもの。
 1982録音。フィリップス。

  なお、ご存知のとおり、「白鳥の歌」には“告別”という意味がある。
 「白鳥は死ぬときに一度だけ美しく鳴く」という言い伝えがあるからだ。

 うん。
 文章の流れに反して、実にシリアスな曲を選んでしまったものなのよ~。

 ヤッホー、ホートラララン、ヤホ、ホートーラーラーラ、ヤホホッ! ←歌手はフェード・アウトするように。