d634c179.jpg  連休の初日。
 すなわち2月11日、私は床屋に行った。建国記念日だからというのはまったく関係ないけど……

 私は床屋でいろいろとしゃべりかけられるのが苦手である。
 髪の毛はおとなしく差し出すかわりに、心は静かにしておいてほしいと思っている。

 でも、そんなことは言ってられない。
 ほとんどの理容師は、会話も散髪料の一部に含まれていると思っているようで、けっこう能動的に話しかけてくる。たまには有用な情報も多いが、たいていはこちらの方が巧みに誘導されていろいろな情報を収集されているような気がする。

 このときの話題の中心は、やはり今冬の雪の多さについてであった。
 きっと来る客みんなに同じ話をしているのだろうが(小中学生が相手の場合は除く)、そういう意味では理容師側も根気強い。

 彼 「雪、ひっどいですねぇ」
 私 「ええ」

 もしここで私が、「そうですか?ウチの周りはすっかり減りましたよ」なんて嘘をついたら妬みをかって、ひげそりのときに危険を感じることだろう。

 彼 「ウチのあたりの町内会の排雪、予定より遅れて17日になったんですよ」
 私 「あれ、じゃあウチと同じ日だ」
 彼 「えっ?同じ日にはできないでしょう?延期の回覧きてないんですか?」
 私 「来てないですけど」
 彼 「最初から17日の予定だったんですか?」
 私 「そうですけど」
 彼 「でも、延期の案内は来てないんですか?」
 私 「そうですけど」
 彼 「ウチのあたりは延期になったのにですか?」
 私 「よくわからないですが、延期の案内はきてません」

 このあたりで、私は何一つ悪いことをせず、頭をふらふらもさせず、行儀よく座っているだけなのに、なんとなく悪者扱いされているような気になってきた。
 まずいな……

 私 「きっと、ウチのあたりもそろそろ延期の回覧がくるんじゃないでしょうか」
 彼 「そうだと思いますよ」
 彼はやっと平常心に戻ってくれたようだった。

 とにかく雪が多いのだ。
 なので、排雪に予想以上の時間がかかり、予定がどんどん狂っているらしい。それは新聞でも報道されていた。

 なんとか無傷で顔そりも終え帰宅すると、回覧板が……

 「町内会の排雪は3月10日に延期となります」

 おいおい、床屋に行く前に回して欲しかったなぁ。
 そしたら終始なごやかな雰囲気でチョッキンしてもらうことができたのに……

 それにしても、3月10日ったら、もう春だよ。
 確かにまだそれなりに雪は残っているけど、そんな時期になってから本格的に除排雪するのって意味あるのかなぁ。いっそのこと止めたほうが無駄遣いにならないような気がするけど……

 そう、あと1ヵ月ちょっと我慢すれば春になるのだ。
 じっと我慢だ。

 そう思うと、いきなりシューマンの「春」を聴きたくなった。

 シューマン(Robert Schumann 1810-56 ドイツ)の交響曲第1番変ロ長調Op.38「春(Fruhling)」(1841)。

 4楽章から成るこの曲はA.ベットガーの「春の詩」に刺激されて書かれたと言われる。当初はそれぞれの楽章に、「春のはじめ」「たそがれ」「楽しい遊び」「春たけなわ」という標題がつけられていた。

 私はこの曲、ハイティンク指揮のCDを好んで聴いているのだが、今回はマズア指揮ロンドン・フィルによる演奏を(実はその前日にこのCDを購入したのだった。「いきなり聴きたくなった」っていうのは半分うそです。やや計画的です。すいません)。

 この演奏、響きの重心がそれほど低くなく躍動感がある。つまりは、春の喜びを表しているこの曲にふさわしい好演!
 実際聴いていて、早く春が訪れてくれないかなぁと、刈り立ての頭をなでながら思った私であった。

 このCD、交響曲第4番とのカップリングだが、この4番がまた、床屋で話題にしたら大受けしそうなもの。だから第4番については、次回床屋に行ったあとぐらいにあらためて書く(いろんな意味(床屋で大受け&次回の床屋)で冗談です)。

 1990録音(?)。apex(テルデック)。

 と言いながらも、今朝も10cm弱ぐらい雪が積もっている。
 北国の春は遠い……