先日の昼前のことだ。
 突然キュっと握られるような痛みが胃に走った。

 何だろう?
 また潰瘍が再発したのだろうか?
 考えてみれば(いや、考えてみなくても)、私の消化器官内に十二指腸潰瘍が発見されたのは1年前のことだ。

 そのあとは医師に命じられるまま、奴隷のように律儀に薬を飲み続け、その結果「潰瘍はすっかりなくなりました。よかったですね」(医師:談)ということになったが、聞いたことのないメーカーの鼻毛シャーバーが、だいたいにおいて1年間の保証期間が切れる頃に絶命的に故障するように、私の潰瘍も医師の保証期間が切れるのを見据えて新たな巣づくりの準備に取りかかっているのかもしれないと思えてきた。

 しかし、そうでないかもしれない。
 一時的な気まぐれの胃痛である可能性も希望的にある。

 おっ!
 そのとき私は思い当たることに思い当たった。

 その日の朝の通勤時に聴いた曲。
 それはショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)のヴァイオリン協奏曲第1番イ短調Op.77(1947-48。初演1955)であった。

 しかし、これまで紹介したヴェンゲロフ盤でも、モルドコヴィッチ盤でもない。
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 ヴァイオリン独奏は、このコンチェルトを献呈されたオイストラフ。管弦楽は、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル。

 この第1協奏曲、「ショスタコーヴィチ大研究」の中で、「このジャンルでは稀にみる重苦しい、聴いていて胃が痛くなるような音楽なのだ(特にコーガンやD.オイストラフの残した録音)……」と書かれていたもの。

 で、その「特に」と名指しされているオイストラフの独奏による録音を、この日、私は耳にしたわけだ。もっとも、この本で触れられている演奏が、果たして複数残されているオイストラフのこの曲の録音すべてをさしているのかどうかは知らないけど。
 ちなみに、ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルとの共演のこの演奏は、1956年11月18日の録音。

 さて、ということは、この演奏を聴いたことが胃痛の原因になったかどうかは、さっぱりわからん。って、何が「さて」だかもっとわからんが……

 いずれにしろ胃痛発症から30分後、昼食を食べたら治った。
 ちなみにこの日食べたのは天丼・ミニざるそばセットであった。ざるそばの長ネギが胃痛に有効だったのかもしれない(タイトルを早読みして「テンジョウで胃痛が治まり」と読んでしまった人も何人かいると思う。私は天井に上る癖(へき)はない)。
 あるいは、単におなかがすき過ぎて、胃が痛くなったのかもしれない(いわゆる自己消化)。

 ところで、ショスタコのヴァイオリン協奏曲第1番は1955年10月29日に初演されているが、そのときのメンバーも独奏がオイストラフ、管弦楽はムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルであった。
 つまりCDは初演の顔ぶれと一緒ということ(オケの1人1人については知らんけど)。
 演奏は終始緊張感が漂うが、「恐ろしい緊張感」ってほどではない。さすがだな、とは思うが……

 当然のことながらモノラル。
 私はモノラル録音のものは買わない主義。
 でも縁あって、先日紹介したショスタコの協奏曲集の1枚として入っていたので、耳にすることができた次第である。単売なら私は買わない。

 良い演奏ならモノラルでも構わない(あるいは、値段が安いのに他の収録作品がステレオ録音で、しかもなかなか良い演奏揃いだから、このセット、買いだな)という方にはお薦めのCDと言えるだろう。
 実際、お薦めの廉価盤である。ブリリアント・クラシックス(メロディア原盤~たぶん)。

 コーガンで思い出したが、今度の人間ドック、オプションの前立腺検査を受けるべきだろうか?

 昨日の午前中、いつもの薬が切れたのであわてて病院に行ってきた。
 久々に医師の診察もあったが(来週ドックを受けるということで、血液検査はなし。そのため1500円ほど節約)、前回よりのなぜか1キロも体重が増加していた。

 なぜだ?
 食生活は変わっていない。
 もしかすると、タバコの品切れに伴う節煙の影響で太ったのか?(ミルキーの食べすぎ)

 看護師はご丁寧に、1年前の体重と見比べて教えてくれた。
 「4キロ増えてますよ」

 ぐひょー。
 これだもの、ズボンがきつくなるわけだ。

 私のこれまでの人生は、2年ほど前まではずっと「やせすぎ」だった。
 この2年は「適正」だった。
 放っておくと「でぶ」に移行してしまうかもしれない。
 潰瘍だったから4キロ少なかったという見方もできるが、いずれにしろ、もう、“天丼+ミニざるそばセット”なんて食べない、ことにできたらいいなぁ。