札幌大通公園のビアガーデンも何日か前にオープンしたが、ご存知だと思うように、私はビアガーデンが苦手だ。

 座席も通路もせまっくるしいし、夕方時は陽に当たりながらビールを飲まなくてはならず、涼しくならないどころかかえって汗が出てくるし、かといって雨の日なら最悪だし、それよりなにより、全天候時においてトイレが不便だ。

 やはり、適度な室温に保たれた屋根も壁も窓もあるところで、適度な静けさの中、餌のようなものじゃないちゃんとしたおつまみを食べながら飲むのが、オール・シーズンに渡って安全・安心・安定的にビールを味わえる条件である。私には。

e7be0b80.jpg  村上春樹の「おおきなかぶ、むずかしいアボカド 村上ラヂオ2」(マガジンハウス)の中で、ビール好きの村上さんは、《世界中のあらゆる神様の前で正々堂々と宣誓してもいいけど、ビールは缶で飲むより、瓶で飲んだ方がはるかにおいしいです》と書いている。
 これはある意味すっごく正しいが、ある意味間違っている。

 村上春樹さんは、《家ではへこっという情けない音を立ててプルリングを開け、缶ビールを飲んでます》と続いて書いているが、ここが重要(余談だけど、私はリングプルとは言うがプルリングという言葉はここで初めて知った。カッコ良いのでどこかで使ってみよう。でも、酔ったときはやめておこう。「プルルン」と言いそうだから)。
 なんでかというと、この記述からでは、村上さんはプルリングを引き、へこっとしたあと、缶から直接飲んでいると思われるからだ。

 それだと不味い。
 缶から直接飲むビールほど不味いものはない。

 瓶ビールはほとんどの場合、グラスに注いで飲む。
 だから美味い。
 というよりも、本来の味が楽しめる。つまり適度に泡立つから。

 しかし、缶ビールをそのまま飲むと、泡立たない。
 炭酸ガスが過飽和的にビールに溶け込んでいる。だからといって、すっごく炭酸がきついわけでは全然ないが、泡のないビールはとにかく不味い。
 缶ビールもちゃんとグラスに注いで飲むと、瓶ビールと同じく美味しいのだ。

43dbefb0.jpg  私はよほどのことがない限り、必ずグラスやコップにちゃんと注いで缶ビールを飲む。
 よほどのことがあった場合は、涙を飲みつつ、缶から直接ビールも飲むが、涙が混じったビールはさらに不味い。というか、よほどのことがあったら飲まなきゃいいのにと我ながら思う。
 ただし、1/4ぐらい飲んだあと、缶の底を指で何回かコンコンとはじいてやると、少し泡立つのでいくらか美味しくなる。
 缶から直接飲むと、アルミ臭さを感じるのも不味さの1つだろう。
 やっぱりグラスに注いで飲みましょう。

 逆に、バドワイザーなど瓶から直接飲む飲み方だって、ちょっとおしゃれっぽいが、さして美味しくない。
 瓶でも缶でも、とにかく泡立たないとビールはおいしくないのだ。

 ところで、ウチの庭には、その花がビールの原料となるホップを1株植えてある。
 かなりぞんざいな扱いをしていて、まったく手入れしていないが、かなり強健な植物で毎年ちゃんと実をつける。
 まだ時期的に小さいが、今年もこのように苞をつけている。

 ホップ(Hop)は和名をセイヨウカラハナソウと言うクワ科の多年草。北海道の山林にも自生している。雌雄異株。
 私は園芸店で苗を買ったが、別にビールを作るわけではない。そもそもどうやって作るというのだろう?
 新芽は美味しいらしいが、ざらついた茎や葉を食べる気にはなれない。

 それはともかく、クラシック音楽の中では“麦酒”という文字がタイトルに含まれている作品ってないんじゃないだろうか?少なくとも私は目にしたことがない。

 ブルックナーは大のビール好きだったというが、彼の行ったり来たり、上がったり下がったり、進んでるような停滞しているような、そんなシンフォニーは、ジョッキに注がれたビールの気泡の動きに例えられなくもない感じがする(これ、いまふと思いついただけ。なんら根拠はありません)。

 今日は酒の神を讃える作品。

72201f84.jpg  イベール(Jacques Ibert 1890-1962 フランス)の「バッカナール(Bacchanele)」(1956)。

 洋酒が入ったチョコレートで“バッカス”という商品があるのをご存知だと思うし、ご存知ないかもしれないが、ススキノにはバッカス・ビルってーのがあるように、バッカス(バッコス)というのは古代ギリシャの酒の神である。
 そして、バッカナールというのは、バッカスをまつる放埓な祭りだそうである。
 
 イベールの「バッカナール」は、イギリスBBCの記念事業のために委嘱された作品。
 いかにも激しい酒宴という感じの躍動的な音楽。かつ、ある種の厳粛さみたいな表情も持っている。間違いなく言えることは、この音楽は私の酒の飲み方とは違う種類のもの。この破壊的様相は、アイゼンシュタイン氏の飲み方にやや通ずるものがある。

 私はこれまで、デュトワ/モントリール響(1992録音。デッカ)と、佐渡裕/ラムルー管弦楽団(1996録音。ナクソス)の2種のCDを聴いてきた。

 この2つ、両方ともなかなか良い演奏だが、特にデュトワ盤の方は、新入生歓迎コンパのごとく緊張をはらんだ狂気的酒宴の様相を呈していて、聴いている方も二日酔いになってしまいそうな力演である。

 しかし、今の私は先日買った廉価盤に入っている、フレモー指揮バーミンガム市交響楽団の、少し肩の力を抜いた演奏が、“お気に”である。

 バッカス様を讃えると言っても結局のところは自分たちがベロベロに酔っ払うという感じではなく、とにかく楽しく飲もうぜって感じがいい。私ももう若くないんだから、デュトワ盤的演奏のような飲み方をしていたら毎朝ゲロゲロ、オエオエしなくてはならないが、フレモーの演奏ならまだ少しは爽快に目覚められそうだ。

 って、どーも論点がずれている気もするが、フレモーの演奏は1975録音。EMI。

 で、今日の夜は久々にアイゼンシュタイン氏と酒を飲む。
 アルフレッド氏立ち会いのもと、アイゼン氏の自宅近くで飲むことになっている。
 って、あの辺りに飲むところなんてあったかな?
 まさか、自宅で居酒屋(テーブル席1つだけの)を始めたわけじゃないだろうな……

 おっ、そうだ!うずらさんの本をアイゼン経由で返さなきゃ……