この間の土曜日の、それはそれは暑い暑い、いや、もはや熱い熱いと言った方がぴったりなくらい暑かった午後、私が札響のグリーン・コンサートを、いわば命がけで、でもさほど真剣にではなく聴いたことは報告した。
コンサート会場には野外コンサートらしく、ミドリガメすくいやスーパーボールすくい、りんご飴や焼きそばといった露店が道路から会場入口まで並び、ってことはなかったが、それでも札響ボランティアによるTシャツやらCDの販売(CDは途中からテントの奥の日陰におかれるようになったが、最初のうちは直射日光にガンガン当たっていて、飴でできたコースターのように変形しなかったのだろうかと思った)や、なぜかインド料理の弁当が売られていた。
これまた直射日光がガンガン当たっている、パック詰めのインド料理(それが何か私にはよくわからなかったが、エッグカレーとかカツカレーといった、私が想像できるようなメニューではなったのは確か)を横目で見て、食品衛生上大丈夫なんだろうかと思ったが、きっとインドの過酷な暑さを幾度も経験してきた上で定番化したメニューなんだろうから大丈夫だったんだろう。
で、こういうときの花形人気店舗(テント)は、かき氷屋である。
あの相当仕入れ値が安いシロップに、ほとんど原価がただの氷を使って、あれだけお客さんたちに喜ばれるのだから、心からおいしい商売だなと感心する。いや、これ、皮肉じゃなく。
紙カップに削りたて(“かき”たて、と言うべきなのだろうか?)の氷が盛られ、その頂上が、見ているだけで幸福な気持ちになる合成着色料の極めて美しい色の緑や赤(当然メロンとイチゴだ)の輝きを放っている。
これはすばらしい食べ物だ!
私も食べたい気分が78%くらいまでに達したが、この氷を求める長蛇の列に並んでいるうちに、自分が氷のように溶けてしまいそうだったので断念した。
なんで長蛇の列になっているかというと、店側の段取りが悪いためで、氷も途中で切れたようだ。氷ぐらいケチらないで、アキラさんの等身大の氷像が作れるくらい準備しときゃいいのにと思った次第。だって、このかき氷屋、去年のグリーン・コンサートでも氷が途中でなくなっていた(去年も来たのだ、実は私)。いくら暑いからといって学習を怠ってはいけない。
で、見ず知らずの子供たちがようやく手にした、削りたての氷の輝きを見ていると略奪したくなる、んじゃなくて、凍てつくような音楽が頭に流れて来た。
もしかすると、やや熱中症が進行していたのかもしれない。 その曲というのはシベリウス(Jean Sibelius 1865-1957 フィンランド)のヴァイオリン協奏曲ニ短調Op.47(1903/改訂'05)だ。
シベリウスの音楽の中でも、私がとくに寂しい秋、あるいは凍てつく冬を連想することが多い作品である(「多い」ということは、ちっとも連想しないこともある)。
ところで、偶然にも、というか、やはり同じようなことを思う人はいるようで、一昨日のライムンドさんのブログにもシベリウスと夏について書いてあった。
で、グリーン・コンサートからの帰り道(歩いて帰ったわけじゃないけど)、ウォークマンに入っていたこの曲を聴いた。
でも、真夏に怪談を聞いても別に涼しくならないのと同様(怖くはなるが)、真夏にシベリウスのヴァイオリン協奏曲を聴いてもメロンかき氷の味はしなかった。
その演奏は、ジュリアン・ラクリンのヴァイオリン独奏、マゼール指揮ピッツバーグ交響楽団によるもの。
実は、数あるシベコン(勝手に略すことをお許し願いたい)の演奏の中でも、この演奏は温暖化傾向を示しているもの。
一面ガチガチに凍った湖面、ヒューヒューという音とともに舞う粉雪、寒さでちぎれそうになるくらい痛い耳、凍ったように動かない白鳥、といったこの曲に対する私の過度の思い込みに反し、この演奏は、歩いていたらここ数日の暖気の影響でいきなり氷が割れて湖に落ちたとか、べた雪でコートがべちゃべちゃとか、溶けかけた雪で靴の中が濡れ濡れ、という感触だ。もちろん、鳥たちもアクティヴ!
逆に言えば、ピーンと張り詰めた冷たさが希薄で、温かみがあるふくよかな響きの演奏である。だからなおさら、暑さでウニ状態の私の頭にはシャキっと来なかったのだろう。あっ、ウニ状態っていうのは頭がトゲだらけっていうんじゃないからね。頭のなかが、なんとなくとろけかかっているっていう意味です。高級なものに自分を例えてしまい、たいへん申し訳ないですけど……
とはいえ、この演奏がサンバ・カーニバルみたいなものかというと、そんなわけ、あるわけないじゃなっすかぁ、おくさん!
シベリウスはシベリウス!いくらマゼールさまの手にかかったところで、こごえていた白鳥がパッと着ぐるみを脱いで、水着のお姉さんに変身するわけがない。ちょっと“シバレ薄”な程度。
まっ、村上春樹風に表現すると、「そのへんは僕にとってはとても微妙な問題なんだ」ってもんで、読んでるあなたは(女性に限る)、「そうなの。それはあなたにとってとても微妙な問題なのね」と答えてくれればよい。
で、「しばれる」というのは北海道語で、「すっごく寒い」っていう意味です。
ラクリン、マゼール/ピッツバーグ響のこのCD、録音は1992年。ソニー・クラシカル。
それにしても、昔聴いたクレーメルの演奏はすごかったなぁ。
コメント一覧 (4)
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- August 10, 2011 06:12
- > LimeGreenさん
コメントありがとうございます。
夏に“ヴィヴァふゆ”を使ったCFですかぁ。寒くなるどころか、そぐわなくてイライラ→暑苦しくなる、かもですね。
こちら、北海道はなんだかんだ言っても、あと1週間の暑さってとこだと思います。赤とんぼの姿も目立ってきました。
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- August 09, 2011 20:44
- こんばんは、シベリウスのヴァイオリン協奏曲は来月の京響定期の演目に入っています。九月の実際の気候はまださびしい秋とまではなっていない(関西なら)はずですが、正統的な選曲なのかと改めて思いました。
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- August 09, 2011 19:44
- そして、「あなた、月に帰りなさい」って夜中に言いたくなりました(笑)。
真冬の音楽と言えば、今こちらで車のコマーシャルで(車種を覚えていない、でもイタリア車でないことは確か)ヴィヴァルディの「冬」第一楽章を使っているのですが、今ごろそんなものがいきなりTVから流れてきてもこれが全然寒く感じないので困ります。
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© 2007 「読後充実度 84ppm のお話」
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コメントありがとうございます。
秋にシベリウス、なかなか素敵だと思います。でも、確かに関西の9月はまだ暑いですね。でも、暦の上では秋ですから……
考えてみれば、私は今年、1月末に大阪に出張したっきり、関西方面に行ってないです。
行ってみたいなぁ。目的はないですが。