b0d7241d.jpg  今月の初めに中標津に出張したこと、そしてそのついでに開陽台神の子池に視察のために立ち寄ったことはすでに書いた。

 観光、いや視察のあと、ちゃんと重要な業務をこなし、17時過ぎにホテルにチェック・イン。
 ふだんなら、この時点で“腹ぺこブッチ”のように、すぐに食事に行くのだが、これもすでにご報告申し上げたように、昼のカツ・スパの胃袋滞留感により、19:30から食事をすることとした。

 その間、みなさんのために“神の子家”、おっと宗教じゃあるまいし訂正ていせい、“神の子池”についての報告を書くべく、重たい思いをしてわざわざ持参したhpのノートパソコンを立ち上げた。

 いつものようにウィンドウズが起動し、ネットにもすんなりつながり(今回はネットができるよう、回線設備のあるホテルにしたのだ)、白魚のような指で私がキーボードを打ち始めた途端、「ヒュゥ」という音にならない音とともに、電源が落ちた。

 おや?
 もともとバッテリーはかなり衰弱していたので、コンセントだけ停電したか(ありえない!)、ACコードがきちんと接続されておらず、電源不足で落ちてしまったのだろうと思った。

 ACアダプタの接続を再確認し、ちゃんとパイロット・ランプがブルーに光っているのを確認し(やっぱ、コンセントだけが停電になってるってことはなかった)、電源ON。

 さっきは突然落ちたので、最初にセーフモードにするか通常モードにするかのメッセージが画面に表示されたが、通常モードを選択。
 やがてウィンドウズの起動画面が表示され……ヒュゥ。
 また落ちた。
 私の大学受験のときを思い出させる落ち方だ。

 おんや?

 もう一度トライ。
 また確認メッセージが表示され、た途端に、ヒュゥ。

 4度目の挑戦。
 今度はまったく反応しない。ハードディスクのランプは2度ほど瞬きしたふだけで、その後は点灯しない。ハードディスクが回っていないのだ。
 ファンの音がむなしく響くだけ。
 私は転倒しそうになったね。

 こんなことをしているうちに19:30になったので、食事へ出かける。
 食欲があまりなかったのは、昼のカツ・スパの影響もあったが、この瀕死のヒューレッド・パッカード社のノートPCのことが気になっていたせいかもしれない。

 ホテルに戻り、もしかするとあれはほんの気まぐれだったのではと、電源ON。
 起動しない。

 だんだん腹が立ってきて、振ってみた。ノートPCで良かった。デスクトップだったら持つのが大変だっただろう。
 軽く床に落としてもみた(床上3cmのところから)。
 適度の運動は、機械にとっても心地よいに違いない。

 再び電源ON。
 だが、毒リンゴを食べた白雪姫のように眠ったままだ。

 昔のラジオやテレビの方が、まだ融通がきいたものだ。
 叩いたり振ったりしたら、復活することが少なからずあったから。

 出張から戻ったあと、自宅で何度かトライしたがまったく解決せず。
 熱暴走でも、中標津の交流電源と相性が悪かったわけでもなかった。
 ハードディスクを外してみたが、外したところで外観を眺めるしかなく、そのままもとに戻した。
 「リカバリ・ディスクを使ってみたら?」と思われるかもしれないが、そもそもとっくに光学ドライヴは故障していて、CDなどを読み込めない状態になっていた。

 つまり、一言で言えば「ご臨終」です。
 硬粉砕。ハード・クラッシュってやつみたい。

 こっそりとビックカメラの修理コーナーに足を運び、修理代の目安の表を見たが、どう考えても安いコンピュータを買った方が合理的かつ経済的だ。しかも、このノートPCはhpの通販で直接買ったもので、量販店では扱ってないモデルだ。
 なんでそんなものを買ったのかというと、一見、安かったから。
 けど、購入を決断した後、やれオフィスを入れるだの、メモリを増設するなどしたら、ケーズデンキのチラシに載っているFMVだのVAIOだのよりも高いものについてしまった。

f6e1402e.jpg  ということで、悩みに悩んだ末、ネットブックを購入した。
 安いやつでいい。でも、そこそこ操作性がよくなきゃ。hp機はもううんざりだ。聞いたことのない海外の新興メーカーも嫌だ。

 ということで、ONKYOの製品を購入。
 3万弱。
 こう見えても私、大学~社会人になったころは、ONKYOのプリメイン・アンプを使っていた。関係ないけど。
 見てごらん!神の子ならぬ亀の子のようなノート機上の小型機を!

 ということで、トゥビン(Eduard Tubin 1905-1982 エストニア)の「斃れた兵士のためのレクイエム(Requiem for Fallen Soldiers)」(1979)。

 買ってからまだ4年しか経っていないのにろくな働きをしなかったこのパソコン(大学生の長男が使うために買ったのだ。彼は購入直後から「調子が良くない」と言っていたが、「オレが選んだ製品がおかしいわけがない」と、私は父親らしくムチャクチャを言っていた)に情は移っていないが、fallenは間違いない。だからこの曲を選んだ、今日は。

 トゥビンという作曲家について私は詳しいことは知らないが(前にシンフォニエッタを紹介している)、間違いないのはエストニア出身の作曲家であり指揮者だったということ。エストニアが1944年にソヴィエトに占領されたときにスウェーデンに亡命している。
 指揮者としてはヤルヴィやドラティなどと交流があったという。 

 「斃(たお)れた兵士のためのレクイエム」は5つの楽章から成る35分ほどの作品。
 歌詞はエストニアの詩による。
 この音楽はしばしばなじみにくい表情を見せるが、人間の心を揺さぶるような箇所も多々ある。
 私は第4楽章のメロディーに特に惹かれる。

 CDはヤルヴィ指揮ルンド大学合唱団のものを。
 独唱はルンディン(A)とルイデル(Br)。器楽はシタールのティンパニ、ヴァッリーンの小太鼓、ハーデンベルガーのトランペット、そしてラーションのオルガン。
 1985録音。BIS。