この人の名はまったく知らなかった。

e4da0773.jpg  メユール(Etienne-Nicolas Mehul 1763-1817 フランス)。

 タワレコのapexレーベルCDの特売コーナー。
 その棚の前で目つきの悪い変質者のように(目つきの良い変質者っているのだろうか?)、中腰で(中腰になれるということは、まだ若い証拠だ)獲物を物色していたら、棚にはもうそんなに枚数は残ってなかったけど、1枚の背に見慣れぬ綴りを見かけた。

 Mehul。

 メフル?メフール?メウウル?

 「知らんなぁ。ゲンダイオンガクかな?」と独りごちて裏面を見ると、生没年からして、もろ古典派。

 王子様(製紙会社のことではなく、私のこと)は、「なんだ。じゃあワタクシめの好みには合わないだろうな」と、棚に戻しましたとさ。めでたしめでたし。

 その後、私は別なCDを数点手にし、レジに向かおうとしたのだが、なーんとなく気になった。仮称・メフルのことが。CDに姿を変えられてしまった王女様かもしれない……

 790円だし、「まいったぁ~、まったく奥さんには負けたよ!えぇい、ここは1枚おまけだ!」とばかり、MehulのCDも手にし、いさぎよくレジへ。
 要するに、おまけどころか、1枚多く買っちゃっただけという話。 

 さて、名前すら聞いたことのないこの作曲家について、私は深夜、自宅で調べてみた(家に帰ったのが深夜だったためで、家人に隠れて調べ物をしたわけではない)。

 まず、音楽之友社の昔のCD総目録を開く。この目録は作曲家のアルファベット順に配列されているからだ。Mehul……おぉ、あった!
 メユールと読むのか……
 関係ないが、昔、ATOKのことを「エイトック」ではなく「アトック」ときっぱり言ったPC販売員がいたな……

 次に「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)を開く(こちらはカナ読みのアイウエオ順の配列なのだ。読み方がわからないと人物特定作業はけっこうな困難を極める)。

 おぉ!あった。
 こう書いてある。

 パリでグルックの作品を聴いて感銘、グルックに私淑してオペラ・コミック作曲家となる。フランス革命時代には時流にあった題材の歌劇で人気に投じ、多くの革命歌も作曲。1795年創立されたパリ音楽院の5人の監督官の1人となり、ナポレオン時代にかけて活躍。

 ふ~ん。

 で、私淑ってどんな意味だっけ?
 “直接にその人教えを受けるのではなく、ひそかにその人を手本として、わが身を向上させる”とある。
 「私は淑子」っていう意味じゃなかった。
 相撲好きがポテチを食べながら相撲のTV中継を観て太ることも私淑と言うのだろうか?

 このCDには交響曲第1番ト短調(1809刊)と交響曲第2番ニ長調(1809刊)が収められているが、この辞典によると彼は番号付きの交響曲を5曲残しているそうだ(第5番は未完)。

 第1番を聴いてみる。

 おやっ?
 はなから期待していなかった私の期待を裏切り、キビキビとしていて、ちょいと陰があるがすっごく激しい音楽。各楽器(パート)が複雑に絡み合いけっこう刺激的。これでもか、これでもかと攻めてくるところなんか私好みで、Mっ子MUUSANになっちゃいそう。C.P.E.バッハのシンフォニアっぽくもある。

 古典派の交響曲の中間楽章はしばしば聴き手を船漕ぎ労働へと誘うが、この交響曲はまったく緩むところがない。2つの楽章とも第1楽章の雰囲気を受け継ぐ躍動的なもの。メロディーがフーガっぽく進んだりして楽しい。

 が、私がどってんこいたのは第4楽章。

 ベートーヴェンの交響曲第5番、つまり「運命」の第1楽章を思い浮かべないわけにはいかないものだ。
 これはおもしろい!
 「運命」のパクリか?それとも尊敬の表れか?
 そして、実はこの前の楽章でもすでに“運命動機”がちょこちょこっと顔を出しているのだ。

 ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827 ドイツ)の「運命交響曲」が作曲されたのは1805年から1808年にかけて。初演は1808年だ。
 一方、メユールの交響曲第1番の作曲年は1809年以前(出版が1809年なので)。

 んー、微妙だ。
 にしても、快感を覚えるほど運命エキスが私の全身に浸みわたる。

 全曲を通して、とにかく音が細かく動き回る活動的な楽曲。バラの花の中で喜び勇んでいるハチのようだ。
 フランスっぽい音楽には感じないように思うのだが、それはドイツの作曲家グルック(Christoph Willibald Gluck 1714-87)に私淑したためか?
 って言っても、私はグルックの作品はほとんど聴いたことはないけど……

 でも、この交響曲、私は一級品と認定した。

 メユールを知らなかったんだから知らんのは当たり前だが、メユールはウェーバーやワーグナーなどにも影響を与えたそうだ。

 久々に新たな感動的な出会いを経験した。
 クラシック音楽の世界ってほんと、広くて深い。自分の知らないことがまだまだたくさんある。だからCDショップ通いはやめられない←正当化。

 このCDの演奏はミンコフスキー指揮 Les Musiciens du Louvre(邦訳は“ルーヴル宮音楽隊”らしい)。
 1989録音。apex(原盤エラート)。

 同じくこのCDに収められている交響曲第2番については、また日を改めて(書くか書かないか決断する)。