ac0df8e0.jpg  おとといのことだ。

 いけない私は勤務時間中であるにもかかわらず、何か仕事のヒントになることがそこいらへんに転がっているかもしれないと自分に暗示をかけ、そこらへんをタウン・ウォッチングしようと決意した。

 近くの百貨店で物産展をやっていたので覗いてみることにした。
 その会場を紳士的にうろついていたら、そこそこな年齢の女性と、そこそこ以上の年齢の女性の2人連れに声をかけられた。
 スーツ姿で、しかも名札(身分証)をぶら下げてていたので応援販売員に間違えられたのだろう(少なくとも相手は僧侶に声をかけようとしたつもりがないことは、その表情から見て取れた)。

 「ラッキョウはどこですか?」

 そこそこな年齢の女性が私に放った言葉はこれであった。そして瞬時に頭に浮かんだのは湯気がたっているカレーライスの映像だった。

 私は、「はぁ……、良く存じませんが地下の食品売場なら間違いはないかと……」と答えた。

 すると女性は私の名札をじっと眺め、社名をチェックし、そこに書かれてある私の名前(もちろん本名だ)を口に出して読み上げた。

 「ム……、ムタ……、ムタクチ……、ムタクチジクロロフェニルベンゼン……、えっ?、ムタクチジクロロフェニルベンゼン?ムタクチジクロロフェニルベンゼンって、あの手稲東小にいたムタクチジクロロフェニルベンゼン?〇〇に勤めているとは噂で聞いていたけど……」

 このように、彼女は私のフルネームを噛みしめるように、ただし呼び捨てで読み上げた(言っておくが、ここではブログ上の仮名を使っている。戸籍上の名前ではないことをぜひとも誤解しないでいただきたい)

 この突然の出来事に、私は彼女が架空請求者の使者かとも思ったが正直に答えることにした。

 「はい。担任は宮川先生でした」
 「お母さん、やっぱりそのムタクチジクロロフェニルベンゼンさんよ!」

 どうやらこのそこそこな年齢の女性の横にいる、そこそこ以上の年齢の女性は、そこそこな年齢の女性の母親のようだ(そして、やっと“さん付け”にしてもらい、ラッキョウ漬けと同格にしていただけた)。

 「伊東です。私、伊東ユキコです!覚えてます?」

 ここで、「いいえ」とは言えない。
 少し考えた

 おぉ!確かにその名前の同級生はいた。
 そこそこな年齢の女性は、実は私と同い年だったのだ。つーことは、私は他人から見ればそこそこな年齢の青年に見えるということなのだろう。

 彼女の顔を見ると、確かに当時の片鱗があるような、ないような……
 隣のそこそこ以上の年齢の女性=母親の顔も、かつて授業参観日か何かで見たことがあるような気にすらなってきた。

 しかし、困ったことに、私の頭にはなぜか伊東ゆかりの顔が思い浮かんで消えなくなってしまっていた。
 小学生の時の伊東ユキコちゃんが、当時すでに大人だった歌手の伊東ゆかりのような地味な顔をしていたわけがないのだが、すっかりごっちゃになってしまった。

 私の脳みそは、そこそこの年齢のせいでシルヴェストロフの音楽のようにフワフワになってしまったのだろうか?

 シルヴェストロフ(Valentin Silvestrov 1937- ウクライナ)という作曲家を知ったのはごく最近のことだ。
 メユールとともに、タワレコのapexのセールで新規作曲家開拓の一環でCDを購入したのだった。

 CDに収められているのは独奏ヴァイオリンと管弦楽のための交響曲「献呈(Dedication/Widmung)」(1990/91)と、独奏ヴァイオリンとピアノのための「ポスト・スクリプツム(Post scriptum)」(1990/1991)。

 この2曲を聴くと、とにかくフワフワとした音楽。浮遊感絶頂!

 「献呈」は3つの楽章から成るが、冒頭こそ激しい衝撃音で始まるが、とろけるように甘く懐かしさを感じさせるメロディーが姿を現しては消え、また現れるもの。同時代のシュニトケの作品のような毒もない。
 一度飲み始めたらなかなかやめられない美酒のような味わいで、実際音楽に酔ってしまいそうになる(悪酔いではない)。

 3楽章から成るソナタの「ポスト・スクリプツム」はCD表記では1991年版となっており、もともとはヴァイオリンとオーケストラの作品だったようだ。吉松隆のプレイアデス舞曲などと共通する味わいを持つ。

 この作曲家について、私は今のところWikipediaに記述されている内容しか知らない。
 手元にある資料では、ロバート・P.モーガン編「西洋の音楽と社会11 現代Ⅱ 世界音楽の時代」(長木誠司監訳:音楽之友社)のなかで、次のように書かれているだけであった。

 1990年代初頭の創作の多くは、ルーツを探すことに心を奪われている。ロシアの作曲家ディミトリ・シルヴェストロフは、自分は「文化という遺伝学的な源から聞えたものを書き下ろしているだけ」だと考えており、これは、おそらく世界中の多くの作曲家たちによって同意される――あるいは少なくともあこがれとされる――アプローチである。

 「献呈」の演奏は、ショスタコーヴィチの交響曲全集で私に衝撃を与えたコフマンがタクトを振っている。オーケストラはミュヘン・フィル。独奏はクレーメル。1995ライヴ。
 ソナタの方は、クレーメルのヴァイオリン、Sacharovのピアノ。1995録音。
 原盤はテルデック。

 いずれにせよ、私にとってはカーニスを初めて耳にしたときと同じような心への“浸み方”を感じた作曲家である。
 逆に、シルヴェストロフやカーニスを聴くと、今の音楽の傾向はこっちの方向になっているのだという、典型例だという気もしてくる。

 で、伊東ユキコさんとその母だが、私としても積もる話はないわけだし、再度「この会場になくても、地下にはラッキョウがあると思います」とお教えして別れた。

 でも、なんでわざわざ百貨店でラッキョウを買わなきゃならないんだろう?
 そして、あの母娘はラッキョウをゲットできたのだろうか?