「CDは腐る」。
そう書いていたのは石井宏氏。
「帝王から音楽マフィアまで」(学研M文庫)の中の一章である。今から10年ほど前の本だ。
ただし、10年ほど前というのは文庫化された年であって、オリジナルは1989年から93年まで雑誌に掲載されたものである。
記憶をたどると、少なくとも私は1985年の時点では、まだLPレコードを買っていた。もちろんそのころはすでにCDも発売されていたが、まだ主流はLPだったように記憶している。
そして私がCDプレーヤーを買ったのは、その85年の暮れだったと思う。
CDプレーヤーもずいぶんと価格が下がったものだと、ほぼ衝動買い。その後、LPからCDへと徐々にウエイトが変化していった。
「CDは腐る」が書かれた90年前後は、私のCDへの移行期と重なるわけだが、当時、この文の存在は知らなかったし、巷ではCDは半永久的と言われていた。「そうかなぁ」とは思ったが、まさか“腐る”とはね…… 腐るというのはもちろん正しくない。実際には“錆びる”のである。
円盤に蒸着されたアルミが錆びていくのだ。
1990年ころに秋葉原で買ったグリエール(Reinhold Gliere 1875-1956 ロシア)の交響曲第3番の輸入盤がある。10年ほど前、これを聴こうとケースを空けて驚いた。
まずはスポンジがべったりとCDにくっついている。
2枚組みのCDで、輸送中の破損防止のためにシート状のスポンジがケースの中に挟まれていたのだが、私はそれを取り除くなんて概念がなかった。そのスポンジがボロボロになって、肌にぴったりと張りつく蛭の口のようにCDにくっついていたのだ。
みなさんは机の引き出しの中のプラスチック製のトレーに消しゴムを長い間入れておいて、消しゴムがトレーを溶かすようにくっついてしまっていたという経験はないだろうか。
それと同じようにラベル面にくっついていたのだ。
完全にではないが、これは水洗いをしてかなり落とすことができた。
しかし、蝕みはそれだけではなかった。
CD面(記録面)に表のラベルの文字が浮き出ているではないか!まるで、インディー・ジョーンズが秘宝を太陽にかざすと聖なる暗号が浮かび上がるかのように……
プレーヤーに入れてみる。
CD1は読み取り失敗。CD2は音楽が流れ始めてすぐに、派手にノイズが飛び交う状態。
このCD、UNICORN-KANCHANAというレーベル。伝説の動物であるユニコーンの名がついたCDが腐っちまうなんて、何の因果か?いや、関係ないな……
詳しくはわからないが、このレーベルのCDが粗悪品だったのだろうか?私が持っているCDでこのように錆びてしまったものは、幸い他にはない(この先が心配な盤は何枚かある)。
グリエールの交響曲第3番ロ短調Op.42(1909-11)には「イリヤ・ムーロメッツ」というタイトルがついている。このタイトルにあるイリヤは伝説上の英雄で、最後(終楽章)では石に変えられてしまう。
うん。
輝けるCDが錆びた円盤に変化するのに通じるものがある、と言えなくもない、ような気がしないでもない。
この曲では過去にオーマンディ盤を取り上げたが、こちらの演奏はファーバーマン指揮ロイヤル・フィル。1978録音。
オーマンディー盤(や、多くの場合)は全曲で60分と、カットを施した版で演奏しているが、ファーバーマンはオリジナル版で全曲が約90分。オリジナル版ということでも、なかなか貴重だったのに残念だ。
なお、オーマンディ盤はまだ入手可能。
カットされている版を使用しているが、この隠れた名曲を知るにはむしろ最適と言えるかもしれない。
紙ジャケはがさばらないですが、確かに頼りないですね。しかもプラケースのと混在すると棚がみっともなくなるし。
くるみ割り人形は全曲盤がやはりいいですね!