12b8e890.jpg  昨日の記事ではケシにまつわる音楽作品を取り上げた。
 ケシの実からは麻薬である阿片(アヘン)が作られる。とにかく、歴史の教科書に「アヘン戦争」っていうのが載っているくらい、歴史ある麻薬なのだ。

 もちろんすべてのケシから阿片が採れるわけではない。ヒナゲシなどからは阿片は作れないから庭に植えても叱られることも捕まることもないわけだ。

 阿片を扱ったクラシック音楽作品のなかで、もっとも有名なのはベルリオーズ(Hector Berlioz 1803-69 フランス)の「幻想交響曲(Symphonie fantastique)」Op.14(1830/改訂'31)だろう。
 いや、グリエールのバレエのように直接曲名にケシが出ているわけではないが、この曲が持つストーリー上、阿片が重要なのだ。

 というのも、(これまでも何度も取り上げていて、しつこい男のようで恐縮だが)女性にふられた若い芸術家が阿片を飲んで自殺を図ったが、服用した量が少なかったために奇妙な幻想を見るっていうものなんだから。

 私が高校生のとき、同じクラスのT君が「小学生のときに自殺しようと思ったことがある」と、聞きもしないのに話してくれたことがある。その理由は覚えていないが、どうせサンタさんが贈ってくれたクリスマス・プレゼントが希望と違ったとか、そのいうたぐいのものだったに違いない。
 でも、なぜ助かったのか。
 彼は服毒自殺を図ったのだが、その薬というのは父親が愛用していたアリナミンAだったというのだ。瓶に半分ぐらい残っていたやつを一気にか、2、3回に分けてかは知らないが、とにかく飲み干した。
 結果はひどい胸やけと、そして黄金色のおしっこがしばらく続いただけ。
 素人考えでは、おそろしく元気になるんじゃないかと思ったが、それはなかったらしい。
 いずれにしろ、ルルとかケロリンとかだったら本当に死んじゃっていたかもしれないよ。アリナミンでよかったね、T君。

 1月の札響定期では、「幻想交響曲」が取り上げられる。
 指揮はサッシャ・ゲッツェル。
 この指揮者について私は全然知らないけれど、「幻想」が聴けるということだけでワクワクする。
 札響には幻想専用の鐘がある(こうやって書くと、打つたびに幻想が見られる鐘のようだ。やはり「幻想」と囲んで書かなきゃ)。札幌の企業である“ほくさん”(現在は“北海道エア・ウォーター”とかいう名前になっている)が、自社の何周年かの記念で、特注の鐘を札響に寄贈したのだ。

 第5楽章で鳴らされる鐘は、遠くから聞こえるようにとの指示があり、舞台裏から奏されることも多いが、ここはぜひステージ上で叩いてほしいものだ。

 ということで、久々に「幻想」のCDを聴きましょうかいなと思い立った。
 どれにしようかな……。棚を眺める。

 小澤? だめ、全然良くない。
 ミュンシュ/ブダペスト響? 鐘が悲惨(パリ管のではありません)
 C.デイヴィス/ACO? いいんだけど、ちょいと聴き飽きた感もある。
 ガーディナー? すっごくいいんだけど、これってDVD。

 「幻想」は大好きな曲なので、CDも10種類以上持っているが(もっと聴いてみたいし)、今回半ば自虐的な気持ちで選んだのはメータ指揮ニューヨーク・フィルの演奏。

 この演奏、1979年録音だが、最初にLPレコードで出たときには、ふだんなら新譜なんて買わないのに、幻想小僧だった私は即購入した。
 なぜ私を駆り立てたのは何か?
 “超重量級レコード”というふれこみだった。
 しかもレーベルは私の好きなデッカだ。

 確かに盤が普通のレコードよりもかなり厚く、重みもある。
 広告によると、すっごい音が良くて、相当パワフルだという。

 聴いてみた。
 がっかりした。
 第4~5楽章の大太鼓の音は、確かにすごかったけど、それ以外はスカを食らった感じだった。小遣いがスッカラカンになってしまったのに、どうしてくれる!鳥獣猟休←書いてみたかっただけ。

 しかし、おかしなものでCD時代になってから、この演奏を自宅に品揃えしていた。こういう心理を“嫌よ嫌よも好きのうち”というらしい。

 ずっと聴いていなかったけど、あらためて聴いて驚いた。
 だって素敵なんだもん。

 そう。私は広告文句にとらわれすぎ、特に後半2楽章の迫力満点、大爆発ばかりを期待していたのだ。
 だがいま聴くと、ややかたさがあるものの表情が豊か。音の粒立ちも良い。とっても良い演奏ではないか!

 あのころの私は若すぎたのだ(メータも若かったけど)。
 バカ見たく、あまりの迫力でレコード針が吹っ飛ぶことまで期待していたのだ。
 こういうのって、「幻想」の本質をわかってなかったってことでもある。

 メータさん、ごめんなさい。
 あなたのこと避け気味だったけど、これからは他の演奏も先入観なく聴いていきます(あくまで今の心境。確約しません)。

 強いて言えばちょっと深刻度に欠けるが、いまさらながらお勧めの1枚である。
 
 第1楽章の提示部は繰り返しあり。第2楽章ではコルネットの助奏あり。
 なお、第5楽章の鐘は、少しばかり貧乏ったらしい(音がです)。