5fc10b9a.jpg  おとといの晩は、すでに報告したとおり“どら猫酔狂堂”のべリンスキー侯とその手下ムッカマール氏とお酒を飲んだ。

 べリンスキー侯は嘆いていた。
 公爵が会社で満を持して放つダジャレに、社員が誰一人として反応してくれないことを。

 ひどい社員たちだ。
 このひどい社員の中にはアルフレッド氏やヘルムート君オーダマンボも含まれている。

 しかも笑わないだけではない。「何かおっしゃいましたか?」と配慮するふりをして、実は「黙ってろよ」とけん制しているわけでもない。黙殺しているのだ。べリンスキー侯側から言わせれば、黙殺されているのだ。

 これは居酒屋で「すいませ~ん!すいませ~ん!」と何度店員を呼んでも、来てくれない状況以上に辛い。

 「でも、支社長(ベ侯のことだ)はお忙しくて、あまり社にいることはないんでしょう?」

 全然フォローにはなっていないが、慰めるために私は言った。

 「ぜ~んぜん。マヒー!」

 マヒー?

 私は一瞬何のことかわからなかったが、0.8秒後に「暇」ってことを逆さに言っていることに気づいた。
 まるで芸能界なんかの業界人っぽく振る舞っているつもりなんだろうが、こういうのってサマになっていないと単におっさんくさいだけだ。美味いをまいうー、コーラをラーコー、ウコンをウンコと言うのと同等、もしくは劣っている。

 が、これでとどまらないのがベリンスキー侯爵だ。
 続けた。「マヒー!マヒー!マヒナスターズ、なんてね!」

 私は不覚にも笑ってしまった。
 ただ弁解させていただくならば、マヒナスターズに笑ったのではない。マヒナスターズという名は耳にしたことがあるが、私はよく知らない。
 笑ってしまったのは、べリンスキー侯の「やった!タイムリー・ツーベース」みたいな、満足げな表情に、だ。

 支社長がこのように、注意書きを読まずにカビキラーとパイプマンを混ぜたような状況を作りだしてしまったにもかかわらず、部下であるムッカマール氏は、心から面白いとばかりの演技をするわけでも、「とりあえず乾杯ぃぃぃ~」と流れを止めるわけでも、あるいは急いで窓を全開にして空気を入れ替えるわけでもなく、ネットが邪魔してゴミ袋をついばめないカラスのような絶望的な顔をしていた。

 でも、ベ侯さまが黙殺されている理由が、雲間から日が差してくるがごとく私には理解できた気がする。

 ちなみにマヒナスターズっていうのは、ハワイアンとムード歌謡のグループ。
 そうとう古い。
 ハワイアンとはまた、クリスマスも近いというのに、実に季節はずれな名前を挙げたものだ。

 で、気分を変えるために、今日もクリスマスにちなんだ曲。

 チャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky 1840-93 ロシア)の「くるみ割り人形」。
 といっても、バレエの全曲版ではなく組曲版(Op.71a(1892))。の、さらに2台のピアノ版。

 管弦楽作品をピアノ用に編曲する目的ってなんだろう?

 例えばリストのように、作曲家でもある優れたピアニストが、自分が優れていると思ったオーケストラ作品を広く紹介するために、ピアノ用に編曲し自らのコンサートで紹介するため、という場合がある。
 また、やっぱりリストのように、ピアノのヴィルトゥオーソ(超絶技巧名人)が大規模なオーケストラ作品をピアノ用に編曲し、それを自らのコンサートで弾くことによって、僕ってこんなにテクニシャンなのよ!とアピールする場合もある。
 そして、これはある意味とてもまじめと言えばまじめだが、とにかくあの管弦楽曲を自分でピアノで弾いてみたい、という思いからピアノ編曲がなされることがある。こういうのはピアノの発表会なんかでも重宝されるレパートリーになる可能性を秘めている。

 じゃあ、このピアノ版「くるみ割り人形」は、どういういきさつで生まれたのか?

 知りません。

 作ったのはエコノモウ(Nicolas Economou)。
 エコノモウはピアノストだ(作曲家、指揮者でもあったようだ。「あった」というのは、もう亡くなっているから。1953-93)。
 
 そして、ここではアルゲリッチと共に、この編曲版を弾いている。

 生意気な言い方だけど、管弦楽のオリジナルをずっと聴いてきた私にとっては、鑑賞するという点では、全然ワクワクしない。
 でも、「くるみ割り人形」をどうしても自分で弾いてみたい人のために編曲に挑戦したのなら、立派だと思う。
 そして、クリスマス時期のピアノのショールームで流すと、ピアノの売上増加効果があるかもしれないと、ほんのちょっぴりだけ思った。

 1983録音。グラモフォン。
 チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の、いわばオマケ。