83b3bb20.jpg  1月の札響定期ではゲッシェルの指揮で「幻想交響曲」が演奏されるということを、特に求められてもいないのに先日書かせていただいた。←う~ん、謙虚ぉ~。

 しかし、それだけではない。
 もう1つの出し物がハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲なのだ。実はアタシ、このコンチェルトも病的なまでとは言わないまでも、けっこう好きなのである。
 そしてこの曲の持つ、明るく振る舞っていてもどこか憂いがある感じと、ある思い出が濃密に結びついている。

 大学生のときだ。
 私にも付き合っていた女の子がいた。
 言っておくが、私の心をスパイク長靴の底で踏みにじった、モモンガ・ハイツに住んでいた子とは違う。

 その子が家に遊びに来たとき、私はちょいと自分のおしゃれさと鷹揚さをアピールするために、彼女にあるLPレコードを手渡し、「これをちょっとかけてくれる」と、彼女にディスクを取り出しセットしてかけるようにお願いした。

 彼女は、でも「大丈夫かしら」とか遠慮するところなく-結局のところ、この非謙虚さがのちに別れる原因となったのだが-、大胆とも言える大胆な扱いでLPレコードをジャケットから取り出し、さらにシュリッと勢いよく中袋からも出し、ターンテーブルにのせようとした瞬間、万が一起こったらどうしようと思っていたことが、万が一の確率で起こってしまった。

 LPレコードは嫌がるように彼女の手から離れ、床へと落ちた。

 私のお部屋の床にはカーペットを敷いてあった。
 だから通常ならディスクに傷はつかないはずだった。いや、傷ついたとしても軽微なもので済むはずだった。

 しかしこの日レコードの落下地点には、彼女が背負ってきたデイパックが置いてあり、しかも金属製の小さな笛がぶら下げられていた(彼氏の家に遊びに来るのにデイパックだぜ!山ガールじゃあるまいし。しかも笛だよ!痴漢除けじゃなく、間違いなくクマよけだ。魔除けよりはまだ救われる気はするが)。
 繊細なレコードちゃんは、それによって一生元に戻らない傷を負ってしまった。
 
 私は「いいよ、いいよ」と言ったものの、そのときにただ「あっ!」とだけしか言わなかった彼女に怒りと失望感を覚えた。いくら私に言われてやったからといって、そしてわざとではない事故だからといって、「ごめんなさい」の一言もなく、「あっ!」だけってゆーのはないだろうが!

 そのレコードは傷が癒えることもなく、聴くたびに第2楽章で「ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!」と6回にわたって痛々しいノイズを発するようになった。
 
 そう。それがハチャトゥリアン(Aram Ilyich Khachaturian 1903-78 ロシア)のヴァイオリン協奏曲ニ短調(1940)のLPだったのだ。シェリングの独奏、ドラティ指揮ロンドン交響楽団の演奏だった。
 なぜ、B面のプロコの第2番の方を下にして落下しなかったのだろう……

cf054b1b.jpg  そんなことで、今日ご紹介するのはこの曲。今さら書かなくても、もう薄々気がついていただろうけど。

 前にパールマンの独奏による演奏(メータ指揮イスラエル・フィル)のCDを取り上げたが(1984録音。EMI)、今日はとっても古い録音を。
 リッチの独奏、フィストラーリ指揮ロンドン・フィルによる1956録音のものだ。デッカ。

 さすがに最近の録音のものに比べると音は劣るし、独奏ヴァイオリンがいきなり左に寄ったあげく(ヘッドホンで聴いていると)頬のあたりに接近してくるようなところもあるが、それでも'56年録音とは思えない良い質を保っている。何より演奏が情熱的。私は好きだ。

 ハチャトゥリアンの作品集で、ピアノ協奏曲仮面舞踏会第2交響曲と、おいしい作品が勢ぞろいしている!