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 今回は変態オヤジとして知られたクレンペラー(1885-1973)が指揮するブラームス(Johannes Brahms 1833-97 ドイツ)の「ドイツ・レクイエム(Ein deutsches Requiem)」Op.45(1857-68)。

 この曲の作曲動機はR.シューマンの追悼だと言われている。
 曲名がなぜドイツのレクイエムなのかというのは、テキストとなっているのがM.ルターのドイツ語訳の聖書だからである。

 ルター……懐かしい響きだ。
 社会の、歴史の授業を思い出す。
 あのころはルターが私の人生にその後関与することなんてありっこないと思ったが、こういうところでつながってしまう。
 にしても、中学の時の社会の教師も変わり者だったな。手稲東だったんだけどさ。

 さて、クレンペラーのこの演奏は1961年の録音。
 オーケストラはフィルハーモニア管弦楽団、合唱はフィルハーモニア合唱団。ソプラノ独唱はシュヴァルツコップ、バリトン独唱はフィッシャー=ディースカウである。

 録音はさすがに古さを感じさせるし、ステレオの左右の分離もよくないが、鑑賞にはまったく支障がない。

 それにしても“締まった”演奏だ。
 緊張感が途切れることがない。
 特筆すべきは第2楽章のホルン!地の底から咆哮しているような強い吹き方がすっごくいい。
 こういう演奏を聴かされると、やっぱ巨匠だねぇと感心してしまう。

 ところで、クレンペラーってどうして変態オヤジと言われるのか?

 例えば、

 リハーサルのときにクレンペラーの“社会の窓”が開いていた。それをごくごく控えめに教えてくれた女性奏者に、意外そうに尋ねた。
 「そのこととベートーヴェンの音楽との間に一体どういう関係があるんだね?」

 例えば、

 ある友人がクレンペラーの部屋を訪ねると、全裸のクレンペラーがバッハの「ミサ曲」のスコアをじっと見つめながら、「不可能だ、このパッセージは決して演奏できない。不可能だ」と独りごち、その後2人は長い間バッハの音楽について語り合ったが、クレンペラーは再会の挨拶も別れの挨拶もしなかった。

 例えば、

 クレンペラーは友人のアーノルト・メンデルスゾーン(作曲家のメンデルスゾーンではもちろんない)をレコード屋に連れて行き、店で「クレンペラーの振ったベートーヴェンの『田園』をくれたまえ」と言った。ところがあいにく彼のレコードはなく、店員はフルトヴェングラーやカラヤン、ワルターなどのレコードを勧めた。
 業を煮やしたクレンペラーは、「どうしてほかのものばかり持ってくるんだ。クレンペラーのものを持ってこい」と興奮して言った。
 狼狽した店員が「どういうことでしょう?」と尋ねると、「わからんのかね、わしがクレンペラーなんだ、クレンペラーなんだよ」と答えた。
 なんとか場をなごまそうと店員が「では、お連れ様はきっとベートヴェン様でしょうね」といってしまったがために、クレンペラーの怒りは頂点に達し、「わしの連れはメンデルスゾーンだ、正真正銘のメンデルスゾーンなのだ!」と叫んだ。

 あるいは、

 ハンブルク歌劇場で、オペラ終演後、まだ拍手が鳴り続く舞台からお気に入りの女性歌手を連れ出し、不倫の数日を過ごしたあと歌劇場に戻ったが、そこで歌手の亭主にボコボコにされた。包帯姿で指揮台に登場したクレンペラーは、十分すぎるくらいスキャンダルを知っていた聴衆から盛大なブーイングを浴びせられたが、それに対して「俺の音楽を聴きたくない奴はここから直ちに出て行け」と豪語した。

 以上は、宮下誠著「カラヤンがクラシックを殺した」(光文社新書)を参考にさせていただいたが、鈴木淳史著「クラシック悪魔の辞典(完全版)」(洋泉社新書)にも、指揮台から転げ落ちて大けがをしたとか、黛敏郎をインド人と呼んだといったことが書かれている。

 ドイツ・レクイエムを聴く限り、そんな人物が演奏しているなんてとても思えない。
 作品へアプローチは冷めたもので、そのアンチ・熱血漢であるところは人によって好き嫌いが分かれるところだろうが、すごい指揮者ではあったのだ。