1b9af647.jpg  今年に入ってから、すでに何度も雪かきのことを書いている。

 あらためて言うまでもないが、雪かきは心がワクワクするような作業では全然ない。「よぉ~しっ、今日はすっかりきれいにしてみせるぞ!」なんて意気込みが自然発生してくることはまったくない。人為的に発生してくることもない。そこには無抵抗な無の境地しかない。

 それでも、ウォークマンで音楽を聴きながら雪かきをするようになって、この苦痛で孤独な作業時間が心なしか短く感じるようにはなった。
 もっとも、マーラーの交響曲第3番を最初から最後まですっかり聴きとおしても、まだ作業が終わってないときなんか、全身が氷柱になってしまいそうな気になってしまうけど。

 先日、無駄な抵抗よろしくベートーヴェンの「運命」と「田園」を聴きながら雪かきをしてみたが、「運命」は演奏の好き嫌いに関わらず、やっぱり雪かき中には合わないし、「田園」ときた日にゃ、「この試練を幸運だと思いなさい」と言われているぐらい納得できなかった。

 ということで、このあいだはあまり頭であれこれ考えずに純粋に音楽に浸れるものにしてみた。
 モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-91 オーストリア)のヴァイオリン協奏曲である。
 演奏はツェートマイヤーの弾き振り(もちろんヴァイオリンと指揮ということ)、オーケストラはフィルハーモニア管弦楽団。第1番から第5番、そして第7番が収録されている。
 録音は1990~91。apex(原盤テルデック)。

 ところでモーツァルトには「ヴァイオリン協奏曲」として以下の作品がある。

 第1番変ロ長調K.207(1773)
 第2番ニ長調K.211(1775)
 第3番ト長調K.216(1775)
 第4番ニ長調K.218(1775)
 第5番イ長調K.219(1775)
 第6番変ホ長調K.268(C14.04)(1780頃)
 第7番ニ長調K.271a(271i)(1777)

 第1番から第5番は「ザルツブルク協奏曲」と総称されることがあり、モーツァルト自身あるいはザルツブルクの宮廷礼拝堂楽団の首席奏者を務めていたブルネッティのために作曲された。
 第6番はモーツァルトの作かどうか疑問であり、少なくとも大部分のオーケストレーションは他人の手による。
 第7番は1907年に楽譜が発見されたものだが、後世のさまざまな加筆があり、モーツァルトの原曲とは言い難いものである。

 このような状況から、一般的にはモーツァルトのヴァイオリン協奏曲は5曲とみなされているが、そのなかでも第3番から第5番までの3曲は複雑さが増し、芸術的な価値も高まり、現在でも演奏機会が多い。

 第1番と第2番に比べ第3番以降の協奏曲の構成が大きく変わっているわけではないのだが、さまざまな面において大きく発展したと言え、聴いていても急に格が上がったという印象を受ける。

 とはいえ、第2番の第3楽章にはのちのトルコ行進曲(ピアノ・ソナタ第11番の第3楽章)を予感させるフレーズが出てきて「うぉっ!」と思ってしまう(「うぉっ!」って思う必要はないんだけど)。

02987687.jpg  ツェートマイヤーのこの演奏は、音が実にのびやかで透明感がある。
 聴いていてすがすがしい気分になる。
 だから、聴きながら雪かきをしていると、雪に対してとっても優しい気持ちになれる。←相当ウソですけど。

 最後に収められている第7番だが、これは明らかに第1~5番までとは別もの。
 モーツァルトの作品だと、私は言いたくない。

  昨日載せた“怒帝王(いかりていおう)”の花。
 もう少し寄ると、こんな感じ。
 この花、夜間は閉じるようだ。