4067a632.jpg  薬がなくなったので、いつもの病院に行って来た。

 今回は覚悟していた。

 1年を通じて継続している不摂生に加え(おぉ!継続は力なり!)、年末年始の非日常的な食事による-冷蔵庫の負荷を減らすために、庫内在庫を減らす努力を怠らない-栄養素が私の体内に沈着し、凝固し、ねずみ講的増殖を繰り返しているに違いなかったからだ。

 朝。
 まずは体重……

 私は体重計に乗る前から看護師に言い訳めいたことをおどおどしながら言った。
 「絶対太りましたから。間違いないです」

 看護師は目盛を見て(私からは見えない)言った。「あら……」

 「す、すいません……」と、うなだれる私。
 「減ってますよ」

 ほへ?
 何だって?
 「い、いま、何と?」
 「前回より1.5kg減ってます」
 ヒプ?

 世の中不思議なことがあるものだ。2012年の怪奇第1号だ。

 その後採血。
 結果は午後。

 午後の医師からの宣告タイム。
 怒帝王が歌う“怒りの日”を聞かされる気分だ。

 結果表を見て医師は言う。

 「えっと、中性脂肪は……おっ!365か。まだまだ高いけど前回の474よりはずいぶん下がってるな。よし」
 2012年の怪奇第2号だ。一時期の700台半ばと比較しても、半分とは言わないが、奇跡的な好転と言わざるを得ない。

 「尿酸は……6.0!全然問題ない」
 あぁ、薬を飲んでいるものの、それでもここまで落ちたことはなかった!怪奇第3号!

 「血糖も問題ないし、おや、γ-GTPが正常値になっている」
 こうなると、「いやぁ、私は血統が良いですからな、ははは」と高笑いもしたくなるちところだが、私はそんな軽率ではない。疑い深い私はそのとき、本当に私の結果表なのか名前を確認していたのだった。

 間違いない。私のだ。
 2012年怪奇第4号!こんなに乱発していいものだろうか?

 でも、考えられるのは、ビールを飲む量を大幅に減らし、レモンたっぷりのハイボールを薬だと思って大量に飲むようにしたことだ。あと、ここ2週間ほど食欲不振の日が結構あったことか?

 いずれにしろ、今年の、少なくとも1月期の私は健康だ!

 で、かわいそうだが、健康でない人の話。

 夭逝(ようせい)の天才チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレである。

 彼女は1945年生まれのイギリスのチェリストで、16歳で衝撃的なデビューを果たした。
 彼女が独奏を務めたエルガー(Edward Elgar 1857-1934 イギリス)のチェロ協奏曲(ホ短調Op.85(1900-01))は、まだ少女の面影が残っている彼女が、この悲壮なコンチェルトを見事なまでに弾きこなし話題となったというし、1965年に録音した演奏はいまでもこの曲の決定盤と言えるものだ。1965年ということは、彼女は20歳。この翌年にはピアニスト(いまではすっかり指揮者)のバレンボイムと結婚している。

 ところが1971年、26歳のときに指先などの感覚が鈍くなってきていることに気づき、それは徐々にひどくなっていった。
 1973年に入ると満足のいく演奏ができなくなり、この年の秋に“多発性硬化症”と診断される。そして、チェリストとしては引退、後進の育成に力を注いだ。
 1987年、この病気の進行によって42歳で亡くなっている。

 悲壮な重い雰囲気に満ち溢れているエルガーのチェロ協奏曲と、デュ・プレの悲愴な生涯を重ね合わせて聴いているわけではないが、この演奏は聴く者の心を打たずにはおかない(もう言い尽くされているけど)。

 EMI。