風俗嬢の死と、その背後にある恐ろしい組織。社会の暗部……
宮部みゆきの「夢にも思わない」(角川文庫)で描かれている世界だ。
この小説は、10日ほど前に紹介した「今夜は眠れない」の続編となるものだが(ストーリーではなく登場人物が)、タイトルの通り、夢にも思わなかったことが終わり近くになって起こる。
宮部のストーリーに読者を引きつける技はさすがだ。しかし、宮部作品としてはストーリー構造はさほど入り組んでいないところと、主人公の中学生のほのぼのとした恋愛の描き方がどのような読者を対象にしているのかが(特に年齢)はっきりしない。それによって私は、なんとなく甘ちゃんな印象を受けた。
宮部がここで訴えたかったのは、こういう裏社会があるのだ。その悪の存在を叩き潰したいということだろうが、その点では彼女のほかの作品と共通する精神がある。
いくら聡明とはいえ、主人公の親友の中学生があそこまで状況を推測するというのは現実離れしているように思えたが……
これを読んで思い出したのが、物語の性質はまったく異なるが、同じく風俗嬢が出てくる村上春樹の「アフターダーク」(講談社文庫)だった。
この小説が面白い、というよりも、村上作品としては珍しいのは、“僕”という主人公が出てくるのではなく、カメラの目を通じて見ているという書き方があるところだ。「私たちは見ている……」という表現である。
カメラを通じて……ペトレンコが指揮したショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の交響曲第11番ト短調Op.103「1905年(The Year 1905)」(1957)を聴いて、そんな感じのアプローチだなぁという感想を持った。
「私たちは革命について書かれたものを読んでいる」……。
書き残されたものはスコアであり、スコアを読んだペトレンコはいたずらに情に溺れたり、この事件に対する個人的な感情を押しつけるのではなく、あくまで「このような悲惨な事件がありました」と、報道的、決して古舘伊知郎的ではなくNHKニュース的に、聴き手に伝えてくれるのである。
そこには「この悲惨な事件を私たちは永遠に忘れてはなりません」という、キャスターが押し付けてきがちななメッセージも排除されているように思える。
この作品の内容については、前にハイティンク盤やヤンソンス盤を紹介したときに詳しく触れているのでここでは書かないが、1905年の第1次ロシア革命を標題としており、4つの楽章には「宮殿前広場」「1月9日(血の日曜日)」「永遠の記憶」「警鐘」というタイトルがつけられている。
また、曲中には民謡や革命歌の多くのメロディーが用いられている。
上に触れたように、11番においてもペテレンコは、第3番や第10番などの演奏と同じく、クールに曲を進めて行く。聴き手を興奮させようとあおることもないし、お涙頂戴とばかりに悲惨さを強調することもない。レンズを通して客観的にこの作品の実体を映し出している。その結果、この作品が持っているなかなかわかりにくいすごさを、逆にわからせてくれる。
作曲者が生まれたのは1906年。つまり、この革命はショスタコが生まれる前の年の出来事だ。ショスタコもこの事件を実際に体験しているのではない。あとから当時のことを見聞きし書き記した音楽だ。その時点で“記録”に他ならないのである。
とすれば、ペトレンコのようなアプローチは実に理にかなっている。 とはいえ、無味乾燥なのでは決してない。
不穏さや怒り、恐怖といったものは十分に表現されている。音もとても美しい。
感動的だ。
村上春樹の「アンダーグラウンド」(講談社文庫)は、地下鉄サリン事件に巻き込まれた人たちに事件当時のことを聞きとったインタビュー集である。そこには、事件そのものについては書かれていない。村上春樹も事件のときには海外にいた。そして、人々は感情を荒げることなくの村上春樹の問いに答えていくが、かえってそれが、この事件の救いようのない痛々しさを読み手に感じさせる。
ペトレンコが振るショスタコの演奏にはこれに通ずるものがあるように、私は感じる。
それにしても、ペトレンコ、これまでのところ私の期待をまったく裏切らない。
こんなことは珍しい。
これからがとてもとても楽しみな指揮者だ。
オーケストラはロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団。
2008録音。ナクソス。
なお、品薄なのか、私は注文してから手元に届くまで1か月かかったことを申し添えておく。
おとといの記事で、今年の雪解けが遅いことを書いたが、「夢にも思わない」の最後はこう終わる。
そう。春はまだ、遠い先のことだ。
いえ、だから何ってことはないんですけど……
新館入口(2014.6.22~)
ここ1カ月の人気記事
このところの記事
アクセスカウンター
- 今日:
- 昨日:
- 累計:
このブログの浮き沈み状況
読者登録
QRコード
サイト内検索
楽天市場(広告)
月別アーカイブ
タグクラウド
- 12音音楽
- J.S.バッハ
- JR・鉄道
- お出かけ・旅行
- オルガン曲
- オーディオ
- ガーデニング
- コンビニ弁当・実用系弁当
- サボテン・多肉植物・観葉植物
- シュニトケ
- ショスタコーヴィチ
- スパムメール
- セミ・クラシック
- タウンウォッチ
- チェンバロ曲
- チャイコフスキー
- ノスタルジー
- バラ
- バルトーク
- バレエ音楽・劇付随音楽・舞台音楽
- バロック
- パソコン・インターネット
- ピアノ協奏作品
- ピアノ曲
- ブラームス
- プロコフィエフ
- ベルリオーズ
- マスコミ・メディア
- マーラー
- モーツァルト
- ラーメン
- ルネサンス音楽
- ロマン派・ロマン主義
- ヴァイオリン作品
- ヴァイオリン協奏作品
- 三浦綾子
- 世の中の出来事
- 交友関係
- 交響詩
- 伊福部昭
- 健康・医療・病気
- 公共交通
- 出張・旅行・お出かけ
- 北海道
- 北海道新聞
- 印象主義
- 原始主義
- 古典派・古典主義
- 合唱曲
- 吉松隆
- 名古屋・東海・中部
- 吹奏楽
- 国民楽派・民族主義
- 声楽曲
- 変奏曲
- 多様式主義
- 大阪・関西
- 宗教音楽
- 宣伝・広告
- 室内楽曲
- 害虫・害獣
- 家電製品
- 広告・宣伝
- 弦楽合奏曲
- 手料理
- 料理・飲食・食材・惣菜
- 映画音楽
- 暮しの情景(日常)
- 本・雑誌
- 札幌
- 札幌交響楽団
- 村上春樹
- 歌劇・楽劇
- 歌曲
- 民謡・伝承曲
- 江別
- 浅田次郎
- 演奏会用序曲
- 特撮映画音楽
- 現代音楽・前衛音楽
- 空虚記事(実質休載)
- 組曲
- 編曲作品
- 美しくない日本
- 舞踏音楽(ワルツ他)
- 蕎麦
- 行進曲
- 西欧派・折衷派
- 邦人作品
- 音楽作品整理番号
- 音楽史
- 駅弁・空弁
ささやかなお願い
当ブログの記事へのリンクはフリーです。 なお、当ブログの記事の一部を別のブログで引用する場合には出典元を記していただくようお願いいたします。 また、MUUSANの許可なく記事内のコンテンツ(写真・本文)を転載・複製することはかたくお断り申し上げます。
© 2007 「読後充実度 84ppm のお話」
© 2007 「読後充実度 84ppm のお話」