お昼の弁当の時間になった。
皆がそれぞれ、気の合う仲間同士で2人あるいは数人のグループになって、広場のあちこちに場所を確保した。
おだち屋でおっさんくさい澤本君は、「よーし、メシだメシだ」と独り言を言いながら、どしっと草の上に腰を下した。シートを敷くなんてことは澤本君の頭にはまったくない。しかも単独行動だ。別に誰かとつるまなくたって飯は食えるのだ。大人だ、澤本君は。
だらしなく足を広げて座ったが、なにせ半ズボン姿だ。股の隙間からいなり寿司みたいなものが見え隠れしているではないか!でも、そんなことも澤本君にはどぉってことないらしい。
澤本君は原っぱのへりに陣取ったが、すぐ後ろは林になっていてそこには急な下りの小道があった。不用意におにぎりを置くと、“おむすびころりん”になってしまいそうだ。
そして彼はそこを下って行って姿を消し、再び姿を見せたときにはその手に濡れた缶ジュースを持っていた。それは不二家ネクターだった。
当時としては、ネクターは高級品に入る飲み物だった。
賢いことに、彼はバナナを食べたあと、原っぱの下の方のきれいで冷たい水が流れる小川の底にジュースを沈め冷やしていたのだ。エキノコックス症なんて知られてなかった時代だ。私たちはよく近くの山に遊びに行ったものだが、こういう小川でザリガニを採り、のどが渇いたらその流れの水を飲んだ。
キタキツネが宿主だというエキノコックス症。いまなら、恐ろしくて川の水を飲むなどという無謀なことはできない。
当時の缶ジュースのほとんどがそうだったが、飲むためには缶に穴を開けなければならなかった。リングプルなんて便利な仕組みではなかったのだ。
鳥のくちばしのような缶切りならぬ“穴開け”の金具が必ず缶についていて、それをはずして缶の上部に直径2mmくらいの穴を2つ開けなければならなかった。1つは飲むための穴だが、小さいのでそこに口をつけて飲むと缶の中に空気が流れ込まず中身が出てこない。そこで反対側に空気穴を開けなければならない。
穴開けの金具はふたに弱く接着されていたが、澤本君が小川から引き上げてきたネクターには必ずあるべきそれがなかった。
澤本君の顔色が変わった。
当たり前だ。
あれがないとのどの渇きを潤すことができない。
リュックを逆さにして振ってみる。
すると、きらきらと光を放った穴開けが……落ちてこない……
木の根がところどころ露出していて一歩間違えると足を引っ掛けそのまま小川までドッボーンという危険な小道を急いで駆け下り、その谷へ行ってみる。
おぉ!まさに缶ジュースを沈めておいた川底にきらきらと輝く物体が……、まったくない。
つまり、澤本君の持ち物の中にも、小川にも、そして行き来した小道にも穴開けは存在しないということが明らかになった。
陽光の下、みるみる澤本君の表情は驚きと焦りと飢餓の和となり、仕上げに10%サービス料をONされたような絶望に満ちたものになった。
私は見ていて子供心にもひどく気の毒に思ったものだ。
「穴開け、誰か持ってないかぁ~」と、騒ぎ出すのにそう時間はかからなかった。
そう。だってあれがないと澤本君は小川の水を飲むしかないのだ。
でも缶ジュースを持って来ている児童なんて他にいなかった。
みんな水筒持参だ。
というのも、缶ジュースの場合はおやつとしてカウントされる決まりになっていたから。貴重なおやつ代をジュースに費やすなんてことは誰もしなかった。マーブルチョコやカルミン、森永キャラメルを買った方がいろんな味が楽しめるし、甘い時間を長く過ごせる。
バナナはおやつ代の対象にならない。だから澤本君はバナナを持ってきていたのだ。巧みな計算だ。そして、おやつ代の多くの部分を不二家ネクターに振り向けたのだった。
なのに今の彼には缶を開ける術がない……
あのくちばし金具を調達することはできなかった。
こうなると、缶ジュースなんて彩り豊かに桃の絵が描かれている単なる円柱にすぎない。
澤本君は必死でほかのクラスの子にも聞いて回った。
「誰か穴開け持ってない?」
先生にも聞いた。
「穴開けありませんか?」
すべて徒労に終わった。
澤本君は泣き出す寸前だった。
あの調子なら帰りは歩けないんじゃないだろうか?
もう彼の「ラッパ!パンツ!ツララ!」という無意味な念仏を聞くこともできないだろう。
悲愴な面持ちというのはまさにああいうのを言うのだ。一挙に15歳くらい老け込んだようにも見えた。
そんな彼に救いの手が差し伸べられた。
ジュース缶の穴開けがあったのではない。
代替として使える器具を持っている子がいたのだ。
それは室谷君だった。
みなさんは信じてくれないかもしれない。
でも、これは本当にあった話だ。
室谷君のお昼は、大きなおにぎり1個(その中身が福神漬けだったのが、私にはとても珍しく思えたものだ)。そしておかずとして持ってきていたのがコンビーフだった。
コンビーフといっても缶のまま。あの台形のような変則な形をした、そして牛の絵が描かれたコンビーフ缶をそのまま持ってきていたのだった。これがキャンプだと思えばさして奇異ではないかもしれない。でも、本日は小学校の遠足なのだ。そして、唐突なのと同時に、なんかリッチだ。
だって、コンビーフは高級品なのだ。ネクターなんて足元にも及ばない高級品だ。
そして室谷君は家も立派だった。おもちゃもたくさん持っていた。野球ゲームも消える魔球が使える立体版だった。トランプは紙製じゃなくプラスチック製だった。
このようにちょっと贅沢な暮らし向きをしていた子だった。だから1缶まるごと彼の口に入れても良いような優遇を受けていたのだ。
当たり前のごとく、遠足にコンビーフを缶のまま持って来ているのを見た周囲の子たちはざわつき恐れおののきひざまずいた。
いや、そもそもコンビーフなる妙なる缶詰を見たことがない子の方が圧倒的に多かった。
「すげぇ、缶詰そのままかよぉ~」
「オレなんて、鯨の大和煮の缶詰しか食べたことない」
「それって、牛の肉なの?」
「室谷の母さんって料理できないの?」
最後の言葉を発した工藤君は、その後絶交された。
でも考えてみれば、おにぎりの中身も福神漬けで室谷君のお母さんは瓶から出したものを使っただけである。
決して皆は室谷君を妬んでいたのではない。単にいろいろなことが珍しかったので興味を抱かずにはいられなかったのだ。その室谷君は鼻高々って感じだ。
若い読者の方に説明しておかなければならないだろう。現在では鯨は高級品だが、そのころは手ごろな肉といえば鯨で、鯨の大和煮の缶詰は非常に一般的だった。
このちょっとした騒ぎは先生の知るところにもなった。
そりゃそうだ。学年全体で100人もいない集団の遠足なのだ。
室谷君の高級肉の缶詰を見た先生は、「うまそー」とつぶやいた。
それぐらい、庶民が気軽に買って食べられるもんじゃなかった。
澤本君と室谷君。
この両極端の状況に置かれた2人。
まるでサミュエル・ゴールデンベルクとシュムイレのようではないか!
コンビーフの缶のことをご存じだろうか。
あの缶を開けるときは、缶の下の方にぐるりと一周している帯状の部分を巻き取る。そのためにTの字型の金具がついている。ゼンマイばねの巻きねじを簡単にしたような形だ。
先生がこれに目を付けた。
これを釘の代わりのように使って、石で打って澤本君のジュースの缶に穴を開けるのだ。
山の中の原っぱでの荘厳な儀式。
失敗は許されない。
もちろん執り行ったのは先生だ。
コツコツ……
だめだ。
ゴンゴン……
ちょっと缶のふたがへこんだだけだ。
しかもコンビーフ用金具が少し曲がった。
もう一気にやるしかない。
ガンガン……
ジュッという音とともに、穴が空いた。
ついでにもう一回ガンガン……
空気穴も開いた。
成功だ!
澤本君は1週間禁酒していたアル中のじいさんのように、目を細めながら喉を潤した。
でも、もうかなりぬるくなっていたと思う。
みんなに笑顔が戻った。
澤本君のただでさえクシャクシャ仕様の顔は、もっとクシャクシャになった。
♪
シューマン(Robert Alexander Schumann 1797-1828 ドイツ)のモテト「悲しみの谷に絶望するなかれ(Verzweifle nicht im Schmerzenstal)」Op.93(1849)。
リュッケルトの詩による男声2重合唱のための作品。1852年にオーケストラ伴奏用に編曲されている。悲しみの谷というのは、深い悲しみのこと。
「悲しみの谷にも絶望しないで 多くの喜びは苦しみの中から生まれるものだから 絶望しないで」と歌われる。
CDはホルスト・ノイマン指揮ライプツィヒ放送交響楽団の演奏によるものを。
ここでの歌唱は、ライプツィヒ放送合唱団のメンバーが2群の男声四重唱を組んで歌っている。また、オルガンはH.バーンシュ。
1978録音。ドイツ・シャルプラッテン。
なお、ご存知の方も多いだろうが、「サミュエル・ゴールデンベルクとシュムイレ(Samuel
Goldenberg et Schmuyle)」はムソルグスキー(Modest Petrovich Musorgsky 1839-81 ロシア)の組曲「展覧会の絵(Tableaux d'une exposition)」のなかの1曲(各「プロムナード」もすべてカウントした場合に第10曲目にあたる)。
この絵、そしてこの曲は、2人のユダヤ人、裕福で傲慢な男であるゴールデンベルクと貧しく卑屈なシュムイレの会話である。ゴールデンベルクが尊大ぶって話を始め、次にシュムイレがいらいらとするような声でペチャクチャとしゃべりだす。しかし、ゴールデンベルクの威圧的な声でシュムイレを圧倒する。
今回はピアノ原曲版の演奏のCDを載せておこう。
ブレンデルの独奏によるもの。1985録音。フィリップス。
そして、お得(?)なことに、これにはラヴェル編曲による管弦楽版も収録されている。その演奏の方はプレヴィン指揮ウィーン・フィル。1985年のライヴ。ロシアというよりはもうフランス音楽になっているって感じの演奏だ。
今回、コンビーフ缶の写真をどうしても掲載しなければならないと感じ、私はこれまでほとんど買ったことのないコンビーフをスーパーで買い、上のように写真を載せた。
なんと読者サービスがすばらしいブログであろうか!
さぁ、今日はコンビーフ料理だ!成り行き上……
ただ、あの穴開けタイプの缶ジュースはさすがに発見することができなかった。

コンビーフといっても、本物のコンビーフとニュー・コンビーフ(今は別な名称に変わっているよう)があり、後者は馬肉との混合で少し安かったです。
それにしても、最近は缶切りって使わなくなりましたねぇ。