73124adf.jpg  力強く、開放的な人間の魅力――これがヘンデルの音楽のよさである。

 こう書いているのは皆川達夫氏である(「バロック音楽」:講談社現代新書)。

 同じ年に生まれたJ.S.バッハと異なり、ヘンデルはオペラとオラトリオを作曲の中心に置いていた。ヘンデルは舞台作品の興行主だったわけだ。
 そこが一生教会に携わっていたバッハとは決定的に違う。

 この本の中で、皆川達夫はこう書いている。

 刻々と変化してゆく現実に対処して、つねに新しい効果的な音楽を作り出してゆくことがすべてであって、われとわが心に語りかける内省的な音楽を作曲する思索の時などは、一刻も存在してしていなかった。ヘンデルが、バッハとは対比的に、徹底して聴衆との共感の上に基礎をおいた開放的な音楽を生み出しているのも、ひとえに劇場音楽家としての彼の生き方、究極的には彼自身の人間的な資質に由来しているのである。

 義務教育の音楽の時間に習ったと思うが、バッハは“音楽の父”でヘンデルは“音楽の母”と言われている。同じ年に生まれたこのバロック期の2人の大作曲家は、しかしながら似た者夫婦ではまったくなく、堅実な父と派手好きで破産までしちゃう母との組み合わせってことになる。
 となると、そのあとの時代、父と母の間に生まれた(ってことになる)ハイドンは堅実な父親に似て、お金を使いまくったモーツァルトは母親に似たとも言える。実に意味のない話だが。

 そのヘンデル(Georg Friedrich Handel 1685-1759 ドイツ→イギリス)の、メイン・ジャンルではないが、オルガン協奏曲を。
 メイン・ジャンルの作品ではないとはいえ、彼のオルガン協奏曲は劇の幕間に演奏するための作品である。メイン・ジャンルと、だから関係なくはない。
 なお、バッハにも“オルガン協奏曲”という名がついた作品があるが、これは独奏オルガンと管弦楽のための協奏曲ではなく、オルガン独奏曲である(BWV.592から597までの作品)。

 ヘンデルには17曲のオルガン協奏曲がある。

 第1集は1735年から'36年頃に作曲された6曲。作品番号(Op.)は4。HWV.番号は289から294(HWV.はバーゼルト(B.Baselt)による作品目録(Handel-Handbuch,1978-86出版)の番号)。この中ではハープ協奏曲にも編曲されているOp.4-6(HWV.294)が特に親しまれている。
 ハープ協奏曲変ロ長調Op.4-6,HWV.294は、でも私には聴くとペンギンの映像が浮かんできてどうもまいる。というのも、昔この曲を使った天気予報がTVで流れていて、映像がなぜか動物園のペンギンの姿だったのだ。やれやれ……
 
 第2集は1739年頃に作曲された4曲。Op.番号はついてなく、HWV.番号は295,296,304,305aとなっている。

 第3集はOp.7で6曲。HWV.は306-311。
 第1曲は1740年、第3曲は1751年、第5曲は1750年、残り3曲は1740~'51年に作曲された。

 以上で16曲。もう1曲は、というと、異稿だと思われるが、Op.4-3bという協奏曲があるらしい。

 まぎらわしいのだが、第〇番という通し番号になると、まずOp.4の6曲が第1番から第6番。第7番から第12番までがOp.7の6曲。第13番から第16番までが第2集の4曲となっている。第17番はOp.4-3bの作品である。
 Wikipediaに書かれているオルガン協奏曲のHWV.番号は、しかし、私が持っている複数の資料とは別なものが書かれている。なぜでしょう?

 また、井上和男編著の「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)では、第3集Op.7についてのHWV.番号の記載がない。

 上に書いたように、ヘンデルのオルガン協奏曲はペダルなしの小型のオルガンのためのもので、劇場の幕間に演奏された。独奏楽器はオルガンまたはハープシコード(チェンバロ)とされている。

 他からの編曲や引用も多く、「クラシック音楽作品名辞典」によると以下のとおりである。

 第2集の第4曲(HWV.305a)は、「二重協奏曲」HWV.334からの編曲。第1曲と第2曲(HWV.295,296)は、1740年に「オルガン独奏曲」として出版されたが死後に器楽パートを加えた形で新たに出版された。第1曲の一部分は「ソナタ」Op.5-6の編曲で、第2曲の一部分は合奏協奏曲」Op.6-11の編曲。3~6は、それぞれOp.6の10、1、5、6の編曲だそうだ。
 んっ?「3~6」だって?4曲しかないのにどーゆーこと?
 また、第3集の第3曲の第1楽章には「ハレルヤ・コーラス」の冒頭の楽節が用いられている。

 ま、とにかく、どの曲も実に心地よく耳に響く。オルガンが声楽のように歌う。そこにヘンデルの特長が凝縮されているように思える。
 私としては、クラシック音楽を聴き始めたころに知ったOp.4-4のコンチェルトが、やはり特に懐かしさをそそる。あのころは、飽きもせずにむさぼるように何度も聴いたものだ。

 前にコープマンによる演奏を紹介したので、今日はタヘッツィの独奏、アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクムによる演奏を。
 第1集と第3集の12曲が収められている。
 1975録音。apex(原盤テルデック)。

 昨日も紹介したが、最近になって読み返した伊福部昭の「音楽入門」。
 そのなかで、伊福部はヘンデルのことを、バッハと比較して次のように書いている。

 この二人の天与の芸術家には、それぞれ特徴があります。ヘンデルは彼の「メサイア」を除けば、確かに作品にむらのある作家で、非常に優れた作品と、あまり優れない作品とが平気で配列されています。しかし、当時の時代的思考を知る上ではバッハよりも明確であるともいい得るのです。また作曲に当たっての素材の取り上げ方は中世のSymphonetesを思わせる面もあるのです。

 バロック期の最後を飾り、バロック期を閉じた2人の大作曲家は、あまりにも生き方が違った。父と母?……結婚になんて至らないに違いない。

 吉田秀和さんが亡くなった。
 心からお悔やみ申し上げます。