97e2f90e.jpg  話はさかのぼるが、去る6月1日は、こちらのある町でイベント式典があり、それに出席していたべリンスキー侯が私のところに顔を出してくれた。さすがの侯爵も、この日ばかりは臨時シャトルバスのご利用であったようだ。

 数か月ぶりに会ったが、べ侯(以下ベコウと記す)は相変わらず元気そうであった。
 心なしか一回り小さくなったような気もしたが、もしかするとダイエットの効果が現われていたのかもしれない(はじめたばっかりのはずではあるが)。その点に触れると、場合によっては何とかダイエットの話を熱狂的に始める可能性もあったので、私はまったく触れなかった。話題としては、ベコウの部下であるアルフレッド君のことになった。

 ベコウ 「アルフレッドはときおりMUUSANに連絡をよこしますかの?」
 私 「まったくです」
 ベコウ 「困ったもんですな」
 私 「まったくです」
 ベコウ 「何か伝えておくことは?」
 私 「まったくありません」

 という実り多き会談となったのだが、しかしながら、運悪く会議中だった私は、この会話をほんの5分ほどで打ち切らなければならなかった。
 さらに残念なことは、べコウはこの日札幌に帰るということだった。もし泊まっていくなら、「夜露に気をつけて」ぐらいのアドバイスができたのに残念だ(その後偶然か、それともベコウに命令されたのか、アルフ君から6月4日のブログにコメントが入っていた)。

 実はこの日、ベコウと同じ用務でナシニーニ氏(以下、ナッシッシと記す)も当地に来ていた。
 そしてこの夜、義理堅い私はナッシッシと食事を共にした。

 1軒目は居酒屋。
 豚丼の肉だけ(つまり“豚丼ぬき”みたいなものだ)、焼餃子、えっとえっと、あとは何を頼んだか覚えてないが、そこそこ食べた。食べた以上に飲んだけど。
 この店はピザもそばも、さらにはナポリタンもメニューにあるのだが、この日は仕上げにそれを頼むのをぐっと我慢した。
 なぜなら、そのあとはそば屋に行って締めようという企みが私にあったからだ。

 そのそば屋の名は長寿庵。
 はっきり言ってごくふつーの、どこの街にもあるようなそば屋なのだが、私はなんとなく好きだ。

 私は天かしわそばを頼んだ。ふつうのかしわそばにすれば、まだ体には優しいのにそんなことをしてしまった。いや、頼む直前まで、口内では「かしわ」という言葉が準備されていた。それなのに、それなのに、ぎりぎりのところで咽頭がクーデターを起こした。そんなわけで、カロリー増強、揚げ物入りそばを発注。

 でも驚くべきはナッシッシだ。氏が、その体型に似合わずけっこう食欲が旺盛なことは、長い付き合いで知ってはいたものの、“すたみなそば”なる私にとっては未知のメニューを頼んだのには、ある種の感動さえおぼえたものだ。

 すたみな……
 どんなものが出てくるのだろう?アイヌネギとかキムチとかがのっているのだろうか?あるいは、スッポンエキスでも入っているのだろうか?

 出てきたものは、はっきりは記憶していないが(私はかしわの天ぷらに力を注ぐのに精いっぱいだった)、ここのそば屋で用意できるあらゆるトッピング素材を盛り付けたものだったような気がする。かしわ、天かす、山菜、大根おろし、よく見えなかったがカツも潜んでいたように思える。そしてそれらの上に、最後にぽとりと割り落とされた黄色に輝く生卵。
 すっごいですねぇ。あたしゃ、昼でも完食できないかも。そもそも生卵は苦手だし。

 でもね。いくら“長寿庵”とはいえ、酒を飲んだ後の、それも22時近くに、こんなボリューミーなものを食べて長生きできるとは思えない。そして、さすがのナッシッシ1/3ほどは残していた。体調が悪かったのだろうか?

 そんなこんなで、私は楽しい夜を過ごさせてもらった。

 ナシニーニ氏に限らず、お酒を飲んだ後にそばやラーメンを食べたくなるのは非常に良くないことだ。頭では十分わかっているのだが、あまりにも美味しく感じてしまう思い出がよみがえり、軽はずみにもときどきその欲望を抑えきれなくなってしまう。

 ということで、モーツァルト(Wolfgang Amedeus Mozart 1756-91 オーストリア)のカンツォネッタ「これほど軽はずみはない(Piu non si trovano)」K.549(1788)。

 2ソプラノ、バスによる三重唱。器楽は3本のバセットホルンという編成。詞はメタスタージオである。

 もっとも、この曲の詩の内容は食欲とはまったく関係のないものだけど……

 モーツァルトのこういった声楽小品というのは積極的にアプローチしない限りなかなか聴く機会がない。そして、積極的に聴こうという気にもなかなかなれない。
 でも、村上春樹が「スプートニクの恋人」で「すみれ」を取り上げているように、なかなか侮れない。

 私もたまたま購入したブリリアント・クラシックスの「管楽器のためのセレナード&ディヴェルティメント集」のセット物に収められていたので、この「これほど軽はずみはない」という面白いタイトルの作品に出会う機会があった。
 そんでもって、このCDセットには、ノットゥルノ「私は貪欲な運命を黙って悲しもう(Mi lagnero tacendo)」K.437(1787?)なんて曲なども入っているが、これも別に食欲と関係する内容ではない。
 愛!なのである。

 私の持っているCDセットは、ロッテルダム・フィルの管楽ソロほかによる演奏で、2001録音。ブリリアント・クラシックス。

 “ナッシッシ”って、略どころかすっごく入力しずらったわい。

 そのナッシッシの部下の檜さんが、昨日私のいる支社に顔を出してくれた。
 あいかわらずフレンドリーで、立ち話ながらもなかなか楽しい一瞬を過ごさせてもらった。