0403b97c.jpg  おとといの晩はアルフレッド氏と飲んだ。

 突然、昼すぎにメールが来た。
 内容はこんな感じだった。

 明日そちらで仕事があります。
 これからMUUSANのいる街へ向かいます。
 今日は泊まりです。


 だから?、である。意地悪なスタンスに立てば。

 私は変身した。いや、返信した。
 だって、これが何を訴えているのか、その真意が不明だったからだ。

 行くから相手をしてほしいということなのか、行くけど放っておいてほしいということなのかわからない。しかし、わざわざ教えてくるということは、私からの何らかの愛情(もしくはお仕置き)を求めていると考えるのが自然だろう。

 To A 夜はどうするの

 From A 長次郎でお待ちしております(笑)。

 長次郎?そんな名前の店はない。少なくとも私は知らない。

 私が札幌で勤務していた昨年、アルフレッド氏らと出張で帯広に来て、飛び込みで入り大正解だった店のことだとしたら、それは“正次郎”だ。

 正次郎はメニューも豊富で料理も美味い。こちらに手キンキン(←おや?誤打したが面白いので残しておこう)、もとい、転勤してきてからもよく利用させてもらっている。
 そかし、“長”でなく“正”だという指摘はとりあえずせず、私は返信した。「(笑)」というところに、誘ってほしいなあという駆け引きが含まれているように思えたからだ。しかし私は、ダイレクトに尋ねるのを避けた。慎重にうかがう。フッツジェラルドの教訓だ。

 To A あの店のメニューからミートソース・スパゲティがなくなり、私は悲しみに暮れています。

 From A むーさん、夜はあいてますか?

 ついに耐えきれなくなったようだ。ふふふ、最初から素直に言ってくれりゃあいいのに。

 To A 奇遇にも今週は今日の夜だけあいてます。

 From A では、お付き合いください。

 To A じゃあ入念に化粧してお待ち申し上げております。

 アルフレッド氏はミートソース・スパゲティの話を無視したものの、でもそういうことで一緒に飲むことになった。

 ちょっと読者の方は混乱しているかもしれない。
 いったいどんな店なのかと?

 いや、イタ飯屋ではなく居酒屋である。
 豚丼の“肉だけ”とか(もちろん豚丼もある)、餃子とか、焼き鳥とか、刺身とか、鶏の唐揚げとかがある居酒屋である。素材が良いせいだろう。どれも美味い。
 そして、ご飯物のメニューにはおにぎりや握り寿司があり、さらにざるそばやかけそば、ピザ、スパゲティもある。

 スパゲティはつい先ごろまでミートソースとナポリタンがあったのだが、このたびそれにかわり和風スパゲティとバジルソース・スパゲティになった。ミートソースがなくなったのは残念だが、和風スパゲティもなかなか美味い。

 よし、彼の希望を叶えてやろう。
 私の力では、1日だけとはいえ“長次郎”と店名まで変えさせることまではできないが、今日はそこで食事をすることにしよう。

 数時間後、アルフから電話が来た。
 「いま、着きました」
 「では、あとで正次郎の前で待ち合わせしましょう。予約しきますので」
 「オッケーでぇ~す。ありがとーございまーす」

 ということで、クープラン(Francois Couperin 1668-1733 フランス)の「居酒屋のミュゼット(Musete de taverni)」。
 クラヴサン曲集第3巻(Pieses de clavecin troisieme livre。1722出版。第3巻は第13~19組曲から成る)の第15組曲(全8曲)の第5曲で、2台のクラヴサンで演奏される。

 「居酒屋のミュゼット」はクープランの膨大なクラヴサン曲の中でも有名な1曲。
 ミュゼット(musette)というのはフランスの地方の民族楽器で、バグパイプのような仕組みだという。また、この楽器のために書かれた音楽、さらにはミュゼットの響きを模した音楽作品もこう呼ばれる。
 つまり「居酒屋のミュゼット」は、民族楽器ミュゼットの音を模したクラヴサン曲である。

 と、どっこい。大問題が起こった。
 アルフレッド氏と会う前にここまで書いたような文章の骨子を考えていたのだが、事態は急変した。

 予約するべく“正次郎”に電話をすると、申し訳なさそうに「今日は休みなんです」という。
 休みなのに出勤して来ているのが偉いと思ったが、そんなことに感心している場合じゃない。

 私はあわててアルフの携帯に電話をかけた。

 「想定外のことが起こってしまいました。“正次郎”はアルフレッドさんが来るということで急きょ本日休業にしたそうです」
 「えぇ~、ほんとですかぁ~?」
 「本当です。ついては、美味しい中華料理店があるのですがいかがですか?」
 「いいっすねぇ。かに玉もあるんですか?」
 「中華料理店ですからのりたまはないと思いますが、かに玉はあります」
 「餃子は?」
 「ゼントー!」(←「当然!」)
 「いいっすねぇ~」
 「じゃあ、藤丸百貨店の前で待ち合わせしましょう。正面入り口前に鹿の置物がありますから、それにまたがって待っていてください」
 「ぐふぐふ(←笑い声)。またがって壊れませんかねぇ?」
 「金属製ですから大丈夫です。たぶん」

 本当にまたがったらきっと誰かにひどく叱られるだろうなと思ったが、私はそんな不安を払拭し中華料理店へ電話をかけた。

 出ない……

 もしかすると、仕込みで手が汚れていて出られなかったのかもしれない。
 数分後にもう1度かける。

 出ない……

 どう考えてもこの店も休みのようだ。カニチャーハンを食べたかったのに……

 もうアルフ氏の意向を聞く時間はない。いや、時間はあるがめんどくさい。
 私は第3案として焼肉屋に電話をし、3度目の正直で、やっと営業しているこの店にヒットし、予約した。

 藤丸百貨店前に向かうと、アルフは鹿にまたがっていなかった。
 それどころか、まだ来ていなかった。
 しかし、交差点の向こう側まで来ていて、私の姿を目にすると数か月飼い主から見放されていた犬のように走って横断歩道を渡ってきた。彼の仕事仲間で私も仕事をしたことがある〇〇さん(名前はまだつけていない)も一緒だった。

 私は言った。
 「ラッシー、よく走ったね!でも、せっかく走ってくれたところ申し訳ないけど、今渡ってきた方に行くんだよ」

 はっ、はっ、はっ……
 息切れしている2人の先頭に立って、私は焼肉屋へと歩き始めた。 ……エピローグは後日執筆予定。

 とりあえず、今日はスミソニアン・チャンバー・プレイヤーズによる「居酒屋のミュゼット」を紹介しておく。前に「王宮のコンセール」で紹介したCDにカップリング収録されている(チェンバロ演奏はWeaverとSlowik)。

 1990録音。ドイツ・ハルモニア・ムンディ。

 そういえば、長次郎ってセイコーマートで売っている焼酎の名前じゃね?