ad2e274d.jpg  私がまだ学生のとき、音楽関係(といってもクラシック音楽ではない)の仕事をしていた母の姉の娘、すなわち“いとこ”がLPをくれたことがある。この場合の漢字表記は従姉弟が正しいと思われる(他に、従兄妹、従兄弟、従姉妹がある)。

 それはドビュッシーの歌劇「ペレアスとメリザンド」の全曲盤だった。

 演奏はボド指揮リヨン管弦楽団。ソリストはコマン(メリザンド)ドルモア(ペレアス)、バッキエ(ゴロー)他。断っておくが、「ほほぅ、メリザンド……コマン……」なんて変な考えはしなかった。

 そのLPは通常販売品ではなく“見本盤”と印刷されていた。
 おそらく彼女は業界関係者からどんな経緯かは知らないがこれをもらい、かといってクラシックにはなんの興味もないので聴く気もなく、そうだこれをあげたら感謝するだろうと私にくれたのだった(と思う)。

 “見本盤”というのはどういうことだろう?
 正式に発売される前に音楽評論家などに配られるものなんだろうか? 

 オペラにはまったく興味がなかった私。
 そんな私だったので、このLPが送られてきたときも特に喜んだ記憶はない。

 でも、私にとって初めて全曲を聴き通したオペラが、それまでのオペラとはまったく違う形の非伝統的とも言える「ペレアスとメリザンド」だったわけだ。なんだかメリハリがないけど、きれいな音楽だなとは思った。

 ドビュッシー(Claude Debussy 1862-1918 フランス)の「ペレアスとメリザンド(Pelleas et Melisande)」(1902初演。パリ)は、ベルギーの作家メーテルリンクがフランス語で書いた同名の戯曲を若干変更して用いたオペラ。5幕から成る。 

 どんな話かというと、ペレアスとメリザンドの禁断の悲恋物語。

 時代は中世ヨーロッパ。場所はアルモンド王国。いや、英語がまだよくわからない子供がアーモンドチョコレートの箱を見て口に出したのではない。
 “アルマーニュ”というドイツを指すフランス語と、世界を意味するフランス語“モンド”の合成語である。う~ん、モンド・セレクション。

 独り身だがもう若くはないアルモンド王国の王太子ゴローは、日暮れの森の中で見つけた若く美しい女性メリザンドを城に連れ帰り妻にする。
 その後メリザンドはゴローの弟の若き王子ペレアスと知り合う。2人の仲は次第に深まる。
 メリザンドは妊娠し、ペレアスは遠くへ旅立つことを決意する。その前夜にペレアスはメリザンドに会いお互いに愛を告白するが、そこにゴローが現われ嫉妬のあまりペレアスを斬り殺す。メリザンドも斬られ瀕死の状態になり、赤ん坊を産んだ後に息を引き取る。

 テーマとしてはありがちなもの。連れ帰って妻にするってのがすごいが……
 ところがドビュッシーが描いたものは“どろどろ愛”というよりは、プラトニック・ラブといったもの。

 にしても、透明な音響世界。 
 義理の姉との禁断の愛がテーマなのに、ドロドロさは皆無。
 歌唱についてもそれまでのオペラのように朗々と歌い上げるようなものはなく、歌というよりは言葉と音楽の禁断の融合といったもの。

 1回聴いただけではなかなかしっくりと来ない音楽だが、それでも全体的に青みがかったようなトーンに新鮮さを感じるはず。
 そして何度か聴くうちに、このときに「新しい音楽」が生まれたことが実感できるに違いない。
 なお、印象主義音楽の代表作と言われるドビュッシーの「海」が着手されたのは「ペレアスとメリザンド」のすぐあとの1903年。完成は1905年のことである。

 ついでに言わせてもらうと、私は第3幕のイニョルド(ゴローと先妻との間にできた子ども)が登場する部分がとっても好きである。

 私が持っているCDは現在のところ1種類だけ。
 デュトワ指揮モントリオール交響楽団、同合唱団、アンリ(ペレアス(T))、ルガズ(メリザンド(S))、カシュメル(ゴロー(Br))他による演奏。
 1990録音。デッカ。

 この美しい音響世界を、他の演奏でも聴いてみたいと思っている近ごろの私である。