404b07b8.jpg  再びラーメン屋の話。

 それはおととい、8月13日のことであった。

 社内は休暇をとった人のために非常に人口密度が低く、私も本意では決してないにもかかわらずどうも仕事をする気になれず、これではいかんと思えば思うほど体がだるくなってきたような気さえしてきて、やむを得ず仕事をしているふりをしながらぼーっとし、かつ、たまにはタバコを吸いに席を立つというマルチタスクに挑戦した。
 このように新月面宙返りよりも難度の高い技を使って午前中を過ごしたが、それでも地球は正確に回っていたようで、ちゃんと昼食の時間がやってきた。

 この日、オオサワ課長は夏季休暇。
 ヤマチ係長は「お盆特製愛妻弁当」持参。
 ということで、私は岸和田さん(初登場)と昼を食べに行くことにした。

 「あそこに行こうか?」と岸和田さん。
 「あそこはもう今日からお盆休みです」と私。
 「じゃあどこ行こうか?」と岸和田さん。
 「とりあえず外に出て、南東の方に行ってみましょう」と私。

 こうして私たちは餌を求めてビルを出た。

 雨にもかかわらず、いつもより遠くまで足をのばすと、アーケード街に一軒のラーメン屋があった。
 が、ひどく並んでいる。8人はいただろう。
 私はこんなところにラーメン屋があることさえ知らなかったが、岸和田さん曰く「まあまあいける味」だそうだ。

 まあまあいける店を目の前にしながらも、根性のない私たちはあっさりとあきらめ、その先の角を曲がったところにある“美珍楼”に行くことにした。その時点で、私の腹はカニチャーハンを強く要求しはじめた。

 ところが、曲がろうと思った角の先に、ラーメン屋の看板が見えた。
 このアーケード街にもう一軒ラーメン屋があったのだ。
 岸和田さんいわく、前にはなかったという。

 我々の前に忽然と現われたラーメン屋。その店先まで行ってのぞいてみる。
 席が空いている。
 入ってみることにした。

 「いらっしゃいませ」と、私よりも相当先輩の年齢に当たる女性が条件反射のように(つまりあまり感動的ではない感じで)言う。
 席に着く。
 店はこぎれいだ。岸和田さんが知らなかったのも納得できた。きっと最近になってできた店なのだ、おそらくは。

 確かに「いらっしゃいませ」と聞こえた。ということは、私たちは入店を認識されたはずだ。
 しかし、数分待っても水を持って来てくれない。注文を取りに来ない。ただ、ちょっと休憩するために入ったと思われたのなら不本意だ。

 じれたころにやっと水が運ばれてきた。
 当店No.1人気と書いている味噌ラーメンを注文する。
 780円である。
 高いと感じた。

 他に客は2組7名。店内がびっしりというわけではない。いや、小上がり席は空席で照明も消されている。なににラーメンはなかなか出てこない。

 作り手が1人というのもあるだろうが、それにしても遅い。私はあの過・妙齢女性がちゃんと注文をつないでいないのではないかと、ほぼ確信に近い疑念を抱いたほどだ。

 あんまり遅いので、私は頭の中でアニマル1の歌を歌った。
 遅いときには頭の中で歌うか、お経を唱えるしかない。しかし、私はお経を知らない。

 岸和田さんが我慢できなくなって「オレのミソぉぉぉ~っ!」と叫ぶ。ってことはさすがにせず、非効率的な動きをしているあのおばちゃんに「ラーメンまだなの?」とやや不快感を込めていう。

 おばちゃんは「いま炒めてますから」とワケのわからんことを言ったが、確かにそのときは何かを炒める音がした。
 私は味噌ラーメンにのせるもやしを主役とした野菜を炒めているのだろうと善意に解釈したが、それはまったくお人好しの発想で、そのすぐあと、私たちよりもあとに店に入ってきたおじさんに、「おまちどーさまぁ」とチャーハンが運ばれて行った。

 なにが「お待ちどうSummer」だ!
 かなりぶちぎれそうになったが(きっと岸和田さんは)、さらにその直後にわれわれにもラーメンが出て来たので、ひとまずその場はIOCに提訴しなくて済んだ。
 
 味は良かった。
 が、食べ進むと、まあ中の上かなって判定を下し直した。
 量も少なめ。もやしものっていない(のってなくてもいいけど)。麺は細麺。
 これで780円はないだろう?
 下手すりゃどっかで生姜焼き定食が食べられるし、インデアンならカツカレーを頼んでもお釣りが返ってくる。
 それに、満席でもないのにこの遅さ。
 サラリーマンにとっては、財布にも、そして限られた昼食時間に対しても不適格な店だ。

 遅い歌……

 リャードフ(Anatol Konstantinovich Liadov 1855-1914 ロシア)の管弦楽曲、「8つのロシア民謡(8 Russian Folksongs)」Op.58(1906)。
 この曲の第3曲が(訳によっては)「遅歌」である。

 8曲は、宗教歌/クリスマスの歌/遅歌/おどけ歌/小鳥の物語/子守歌/踊り歌/ホロヴィット、である。

 この第3曲「遅歌」だが、ほかに「悲曲」と呼ばれることもあるし、日本音楽楽譜出版社のスコアでは「愁いの歌」となっている。

 リャードフは役所の依頼で、バラキレフとともに全国をまわり民謡を収集したことがある。「8つのロシア民謡」もその収集活動の成果として生まれた曲の1つであり、リャードフの代表的作品の1つでもある。

 CDはシャピラ指揮クラスノヤルスク交響楽団のものを紹介しておく。
 2001録音。ブリリアント・クラシックス。
 なお、写真を載せた私が持っているCDはリャードフ以外の作品も収められている組物。

 遅い遅いと心の中でイライラした末に出てきたラーメンは5分ほどで平らげられ(岸和田さんと私はそれぞれ心の中で不満を抱えたわけで、倦怠期の夫婦のように無言で食べたのだった)、私たちは席を立ち、あのおばちゃんとおばあさんの過渡期にあたる年齢の店員にお金を払おうとした。
  
 で、「会計は別々に」って言ったのに、彼女は「1560円です」という。
 ちょいとキレかかった岸和田さんが100円玉8枚を出して「べつべつ!」と言う。
 彼女は「えっと、1560円ですけど」って言う。
 「だから一人ひとり」って岸和田さんがキレて言う。
 「あっ、780円です。えっとえっと」と、彼女は「800-780」とおつりがいくらか電卓を叩く。
 「20円!」と岸和田さんがキレきって言う。

 私は1000札を出す。
 また電卓を叩く。

 帰りにまだ行列が続いているあのラーメン屋の前を通った。
 ちょいと覗き見ると、ラーメンは650円のようだった。
 値段ももちろんだが、流行る店とダメな店の原因を見事に教えられた気がした。
 根本的に営業方針を見直さなければ、あの店、早晩つぶれるに違いない。

 で、昨日の昼も行列の壁にぶち当たった岸和田&貴公子の2人であったが……