e1bf7fbd.jpg  ツンデレという言葉がある。
 ふだんははツンと澄ました態度を取っているのに、好意を寄せる相手と2人っきりになったときなんかにデレデレといちゃつくという意味らしい。

 あるサイトによるとわたくし、MUUSANのツンデレ度は診断の結果38であった。

 ツンデレとは関係ないが、ここで私の頭にはペンデレツキの名が浮かんだ。

 ペンデレツキ(Krzysztof Penderecki 1933-  ポーランド)はポーランドにおけるセロツキ、ルトスワフスキ、バイルトに次ぐ前衛作曲家の第4の新星として1959年に現れた。
 彼の名を不動のものにした作品の1つに「広島の犠牲者に捧げる哀歌(Tren pamieci ofiarom Hiroszimy)」(1959-60)がある。

6b737aa3.jpg  「哀歌」とあるが声楽曲ではなく52の弦楽器のための作品で、トーンクラスター炸裂の音楽。
 作曲当初から広島の原爆犠牲者に捧げるという目的で書かれたわけではない。最初の名は「8分37秒」。しかしその演奏が8分26秒だったため「哀歌8分26秒」の名前で出版された。現在の名前になったのは1961年である。

 前衛バリバリだったペンデレツキは、しかしミルトンによる神聖劇「失楽園(Raj utracony)」(1975-78)のあたりで明らかに後期ロマン主義の表現形態に立ち戻った。「このことは、かつて彼を尊敬していた人たちを落胆させた」(ロバート.P.モーガン(長木誠司監訳)「世界音楽の時代」:音楽之友社)。
 なお、ペンデレツキがネオ・ロマン主義に傾倒した際には、ショスタコーヴィチに影響を受けたという。

 ところで、春先に書店で見かけて買ってしまったものの、まだ読んでいない本がある。
e0aeae77.jpg  「失楽園」である。
 「失楽園」というのは旧約聖書のなかの創世記第3章に書かれているエピソード。アダムとイヴの物語で、禁断の実を食べた2人がエデンの園を追放されるというものである。だから、このブログの文においては黒木瞳とか川島なおみは関係ない。

 私が購入したのは「ドレの『失楽園』」(宝島社)というもの。
 「失楽園」は、17世紀のイギリスの詩人ミルトンがこの旧約聖書の創世記をテーマに書いた叙事詩であり、私が買ったのももちろんミルトンの作。じゃあドレってダレ?ってことになるのだが、挿絵を書いたのがドレなんだそうだ。訳(翻案と書かれている)は谷口江里也。

 私だって買ってすぐに読もうと思ったのだ。が、巻頭の登場人物(神)や場所の名前の一覧を目にして、その意欲はひゅるるるるるぅ~と消失してしまった。そしていま、買ってから一夏が過ぎ冬になろうとしている。庭の冬囲いもしなきゃならない季節。あぁ、失楽園。
 そのうち読みます。

 話をペンデレツキに戻す。

dd71ed3a.jpg  「失楽園」あたりから始まったペンデレツキの“後退”にがっかりした人たちもいたのは確かだろう。しかし、新たな彼の作風を驚きをもって受け止め評価する人いたわけだ。

 そこで今日は彼のホルン協奏曲「冬の旅(Winterreise)」(2008/改訂'09)。

 手元にあるCDの帯には次のように書かれている。
 
 2008年にペンデレツキ自身の指揮によって日本初演が行われたホルン協奏曲(独奏は名手ヴラトコヴィチ)は、その幾分懐古的な音使いと、ホルンの超絶技巧が相俟って、すぐさま人気作品となり、瞬く間にCDリリースも行われ、多くの人たちが「現代におけるペンデレツキの存在価値」について思いを馳せるきっかけとなりました。このホルン協奏曲は、初演時から幾分の改編を経て、2010年に録音されたもの。当時の熱狂ぶりから一歩離れた冷静な聴き方ができるのではないでしょうか?

 確かにわかりやすい。斜に構えて聴く必要もない。
 そして、なかなか良い曲なのだ。
 かつて前衛に身を置いていたペンデレツキが、自らを慰撫するような音楽だ。
 
 演奏はミル……、いや、モントンのホルン、ヴィト指揮ワルシャワ・フィル。
 他にペンデレツキの5作品も収められている。

 ツンツン(前衛)からデレデレ(素直な表現?)へ変わったペンデレツキのツンデレ度はどのくらいと判断すべきだろう?

 なお、「広島の犠牲者に捧げる哀歌」で私が持っているCDはケーゲル指揮ライプツイヒ放送交響楽団の演奏によるものである。
 1978録音。ドイツ・シャルプラッテン。

  そういえば、うちの子どが生まれたとき、哺乳ビンとかの消毒にミルトンを使っていたな……。失楽園とは全然関係ないけどさ。