91a9cc48.jpg  由香里が、翌日、もう一度少女の病室を訪ねると、千尋はパジャマの上にガウンをはおった姿で病室の窓際に座り、文庫判の『ノルウェイの森』を熱心に読んでいた。漢和辞典や『雨月物語』しか読む本がないのでは寂しいだろうと思って、昨日の帰りぎわに由香里が残していったのである。千尋の本を読むスピードはなかなかのものらしく、すでに上巻を読み終えて、下巻にかかっていた。
 ……中略……
 「面白い、それ」
 「ええ。主人公のワタナベ君の性格だけは、ちょっと好きになれないけど……。いま、レイコさんの打ち明け話が終わったところ」
 レイコさんは、運命のいたずらから、数度にわたって理不尽な精神的打撃に見舞われ、精神病院で療養することになるキャラクターだった。
 「入院中に読むには、あんまりいい本じゃなかったかもしれないわね。たまたま持ってたのが、それしかなかったの」
 千尋は首を振った。ていねいに栞をして、本を閉じる。
 「そんなことないわ。人はいっぱい死ぬけど、それほど嫌な気分にならないもの。何ていうか、現実とは違って、ワンクッションおいたような、独特の雰囲気があって」
 おそらく千尋の直面している現実は、小説より過酷なものなのだろうと、由香里は想像した。


 貴志祐介の「十三番目の人格(ペルソナ) ISOLA」のなかの一節である。

 村上春樹の「ノルウェイの森」は、驚異的な売り上げを記録し村上自身困惑するほどのヒット作となったものだが、そういえば去年だかおととしに映画化されたものは興行的にどうだったのだろう?

 おととし、あの3.11があった。
 去年から中国との関係がぎくしゃくしている。
 村上春樹はいま、何を書いているのだろう?いや、いま何か書いているのだろうか?
 「1Q84」からずいぶんと経ってしまったが……
 あっ、余計なお世話もいいとこですね、すんません。でも、新しいの、待ち遠しいんです。

 13ってことで、そして作曲当時作曲者がサナトリウムで療養生活を送ったり再入院したりしたこともあって、ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の弦楽四重奏曲第13番変ロ短調Op.138(1970)を取り上げる。

 単一楽章の弦楽四重奏曲だが5つの部分から成り、構造としてはA-B-C-B-Aのシンメトリーな形をとる。

 この曲はベートーヴェン四重奏団の創始者メンバーの1人で、病気のために1966年に退団したヴィオラ奏者のボリソフスキーに献呈されている。そのため、ヴィオラが主役的に活躍する。

 非常に陰鬱で気重な音楽であるが、抗しがたい魔物的引力を持つ。
 井上頼豊によれば、この曲は“人間の運命についての物語”であり、交響曲第14番の“生と死のテーマ”の継承であり、“人間の運命についての物語”だという。

 両端のAの部分、つまりサンドイッチでいえばパンの部分はアダージョで、ズドンと重く、ドボンと暗い。
 レタスのあたるB部分は、スケルツォ風で、けっこうな不協和音が炸裂。
 メインのハムにあたるCは変奏曲。楽器のボディーを叩いたりするが、面白がっているような雰囲気はない。

 まぁ、気持ちがスキットしない時、入院中の方、産前産後などには聴かない方が良いだろう。

 ルビオ四重奏団の演奏がなかなか良い。
 2002録音。ブリリアント・クラシックス。

 ちなみに、彼の交響曲第13番も変ロ短調という調性である。

 あと、特に関係ないが、北海道のルスツリゾートのスキー場の3つある山のうちの1つが、Mt.Isolaという名前である。994m。でも、読み方は“マウント・イゾラ”だそうだ。