f628ef59.jpg  今ではもう名前も思い出せないガキ大将は、冷蔵庫のドアを開けて、誰かに中に入るように言った。誰もが尻込みした。

 貴志祐介の「十三番目の人格 ISOLA」のなかの一節である。

 私も子供のとき同じような経験をしたことがある。
 もちろん私のように知的で繊細で優美な人間がガキ大将であるはずがなく、冷蔵庫に入る側の立場だ。

 4歳ぐらいのころ、私は札幌の創生川沿いに住んでいた。川向こうには藤女子高があった。
 いまのように広い創生川通りという道路がのちにできるなんて、まったく想像もできないようなのどかな街だった。だいたいにして、年に2回ほどだったと思うが、近くのホシ・スーパーだかで何百円以上買うたびに、景品としてヒヨコがもらえた時代だ。いまどきスーパーで、1000円お買い上げごとにヒヨコ1羽プレゼントなんてやったら、ほぼ全員が喜ばないだろう。

 河原に小さめの冷蔵庫が捨てられていた。
 中はからっぽ。
 そこに入れと言われた。すぐに開けてやるからと。
 私は入った。ドアを締められると真っ暗で、とても怖くて私は叫んだ。
 幸い、約束通りすぐに戸は開けられたが、当時、このように不法に(いや法律なんてなかったのかもしれない)捨てられた冷蔵庫に入って閉じ込められ、窒息死するという子供の事故がしばしばあったようだ。
 ということで、私は暗闇から復活した。

1e56f4eb.jpg  さて、「十三番目の人格」は貴志の処女作である。
 私は彼の最近の作からさかのぼる形でこの小説に行きついたが、処女作からしてすごいね。さすがだ。
 そして、終わり方が、とても意表をついていた。こういう終わりは予想していなかった。

 ところで、こういう一節もある。
 バーのピアニストが、アンドリュー・ロイド・ウェバーの曲を弾き始めた。『オペラ座の怪人』の中の『ミュージック・オブ・ザ・ナイト』だ。

 ロイド=ウェッバー(私はウェッバーと表記したい)の名は、「天使の囁き」にも出てきた。
 たぶん、作者はロイド=ウェッバーが、あるいはイギリスのミュージカルのファンなのだろう。

 ミュージカルとは、アメリカで発展し完成された音楽劇のことで、ヨーロッパのオペレッタ(喜歌劇)がルーツである。

 なのに、どれに“・ソー”がつくと、つまりミュージカル・ソーになるとまったく違うものになる。
 ミュージカル・ソー(musical saw)というのは“音楽のこぎり”。西洋のこぎりの反り具合を加減して音程を変える“楽器”で、ヴァイオリンの弓で弾く。

 そんな珍しい“楽器”を使った曲を。

 実は前にも取り上げたことがあるが、黛敏郎(Mayuzumi Toshiro 1929-97 神奈川)の「トーンプレロマス55(Tonepleromas 55)」(1955)。ウィンド・オーケストラのための作品である。

 トーンプレロマスというのはヴァレーズが作った言葉で、トーンクラスターのこと。
 黛は、「人間の息を利用する管楽器と、手によるアタックを生命とする打楽器のアンサンブルが発する音のエネルギーの集積は、〈トーンプレロマス〉という言葉にいちばん相応し、効果をあげてくれることだろう」と述べている。
 
 ミュージカル・ソーの妖艶な響きと炸裂する打楽器、管楽器の叫びとそれに混じるサイレンの音……そして変形された「マンボ5」の登場……
 いやぁ、おもしろいです。

 CDは岩城宏之指揮東京佼成ウィンドオーケストラの演奏のものが出ている。ミュージカル・ソーは萩原誠。
 1998録音。佼成出版社。