b5fef1a7.jpg  今回の札幌での会議には、私の勤務地での取引先の方々も何人か出席したが、そのうちの1人は狩猟を趣味としている。つまり狩りである。ハンターである。

 獲物は鹿。
 今度食べにおいでと、私を誘ってくれる。ありがたいお話だ。

 そういえば、10年ほど前にドイツに出張したとき、訪問した先の方が近くのレストランで昼食をごちそうしてくれた。
 シカ肉料理とイノシシ肉料理のどちらがいいか尋ねられ、私はイノシシを選んだ。われら一行の1人がシカを頼むときに、シカを英語で何というか一瞬わからなくなり、「バンビ!」と答えてドイツ人たちに大笑いされた。
 以上、思い出話を終わる。

 L.モーツァルト(Leopold Mozart 1719-87 オーストリア)の「シンフォニア・ダ・カッチャ(Sinfonia da caccia)」ト長調(1755)。cacciaというのは狩りのことで、つまりは「狩りの交響曲」ということになる。

 レオポルト・モーツァルトはヴォルフガングの父親。
 ザルツブルクの大司教の宮廷楽団でヴァイオリニスト、作曲家、副楽長を歴任した。前古典派の様式の多くの作品を残しており、シンフォニアも69曲残している。

 レオポルトは一族の中で最初の音楽家だが、実は聖職者になるべくイエズス会系のギムナジウム・聖ザルヴァートル幼稚園→同ギムナジウム→リュケ-ウムと進んだ。ところが17歳のときにリュケーウムでの残り2年の在学期間を残して退学する。その退学の理由はわかっていない。
 その後レオポルトはベネディクト派の大学であるベネディクティーナ大学に入っている。ところがここも退学してしまう。出席日数が足りなく退学処分となったらしい。これを機に聖職者への道を捨て音楽家を目指すが、聖職者になりたくないがために退学になるように企てたとも考えられる。

 1739年に大司教のもとでのヴァイオリン奏者として迎えられ、頭角を現していった。結婚は1747年。1756年にはウォルフガングの父としてでなく彼の名を残すことになった「ヴァイオリン奏法」を出版した。
 1756年にウォルフガングが生まれるが、その3年後、息子の才能に気づいたレオポルトは自らのキャリアを捨てて息子の教育と売り込みにすべてを注ぐことになる。息子には学校に通わせることなく、彼が音楽だけでなくあらゆることを教えた。
 が、息子のための道を選んだものの、やがて息子は父から離れてゆくことになる。

 レオポルトが残した多くのシンフォニアのなかでも「シンフォニア・ダ・カッチャ」は代表作と言えるもの。
 第1楽章で4本のホルンが狩りの際のファンファーレを思わせることからこの名がある。編成は4本のホルン、弦楽、ティンパニ、通奏低音で、3つの楽章から成る。

 ヴァイナル指揮カペラ・イストロポリターナの演奏を。
 なかなか躍動的でキレのいい楽しい演奏。これが格安で買えちゃうんだから、まったくもって世の中捨てたもんじゃない。
 1989録音。avex。

98292ace.jpg  ちなみに、レオポルトのシンフォニアには「新ランバッハ交響曲」というのがある。
 この曲は一時期ウォルウガング・アマデウス・モーツァルトの作とする説があったが、現在は父であるレオポルトの作であると断定されている。

 さて、貴志祐介の「青の炎」(角川文庫)を読み終えた。列車で移動中に多くを読めたとはいえ、私としては異例の速さ。ストーリーも面白かったし、読みやすい小説だった。

 あらすじは、

 櫛森秀一は、湘南の高校に通う17歳。女手一つで家計を担う母と素直で明るい妹との三人暮らし。その平和な家庭を踏みにじる闖入者現れた。母が10年前、再婚しすぐに別れた曾根だった。曾根は秀一の家に居座り、母の体のみならず妹にまで手を出そうとしていた。警察も法律も家族の幸せを取り戻してはくれないことを知った秀一は決意する。自らの手で曾根を葬り去ることを……。日本ミステリー史に残る感動の名作。

というものである。

 この小説は“倒叙推理小説”に分類されるもの。倒叙推理小説が何かは、この文庫の解説をご覧あそばせ。

 にしても、私は秀一の考えに共感した。秀一のような勇気はまったく持ち合わせていないけど……