339601ca.jpg  18世紀の後半は、万事に釣り合いを求めた時代であった。音楽においてこの時代は、フーガや、巨大で複雑なバロック形式を好まず、良いメロディーの音楽、単音的音楽、人々を楽しませ、知性にあまり大きな負担をかけない音楽を要求した。

 これはH.C.ショーンバーグの「大作曲家の生涯」(共同通信社)のなかの、“ハイドン”の章の最初の方に出てくる文章である。← “の”が多いのぅ。

 文はこう続く。

 ヨゼフ・ハイドンはこの時代を代表する作曲家であり、最も尊敬され、民衆の好みに最も近かった。彼は典型的な古典主義作曲家であり、1732年から1809年に至る長い人生の間に、新しい音楽思想と共に成長し、いかなる人にもまして新しい音楽思想を形成した。彼は彼なりに代表的な啓蒙時代の人物であり、宗教的で大胆で知的で冒険的であったとはいえ、いずれも度を過ごさず、(遥かに抑圧が強く危険で反逆的であった人物の)モーツァルトに比べ、それほど革命的ではなかった。ハイドンに関しては、万事が知的にも情緒的にも釣り合いを保っていたのである。

 ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809 オーストリア)の名は有名だ。
 小学校のうちにこの名は習う。音楽室には肖像画がかけられ、“交響曲の父”という肩書がつけられている。
 でも、ハイドンの曲をしょっちゅうどころか、そこそこ聴いている人は極めて少ない。
 名前ばかり、肩書ばかりが有名で、曲はあまり知られていない。

 それは、ショーンバーグが指摘している点に尽きる。
 釣り合いすぎて、面白みや刺激が感じ取りにくい音楽なのだ。
 だが、ハイドン自身には何の罪もない。
 勝手に“交響曲の父”と有名人にされてしまった不幸がある。

 そのハイドンのオラトリオ「四季(Die Jahreszeiten)」Hob.XXI-3(1801)。
 彼のオラトリオ「天地創造」とともに、魅力的な自然描写に満ちあふれていると言われる作品である。

 4部(つまり春夏秋冬)44曲から成る。台本はイギリスの詩人トムソンの「四季」をもとに、G.v.スヴィーテンが翻訳し作り上げた。
 小作人シモン(バス独唱)、シモンの娘のハンネ(ソプラノ独唱)、ハンネの恋人の若い農夫ルーカス(テノール)が登場人物となっており、田園における自然および生活の賛美を中心とした内容になっている。

 長い曲だが、ハイドンの良い面が集約された音楽と言える。
 ストレス・フリーの健康的な、そして心が温まるもの。
 のちの時代の交響詩のような音楽描写とは異なるが、それぞれの季節の“気持ち”がよく伝わってくる。
 「春」のなかでは彼の有名な交響曲第94番「驚愕」のメロディーも登場する。

 躍動感があり、鮮やかに季節季節の喜びを讃えるショルティの演奏を。
 1992年のライヴ録音で、オケはシカゴ交響楽団。独唱はツィーザク(S)、ハイルマン(T)、パーペ(Bs)。合唱はシカゴ交響合唱団。
 デッカ。

 ところでハイドンが若いころに研究したのは、C.P.E.バッハの音楽だったという。
 C.P.E.バッハ、あなどれない!

 さて、今しがた管内出張から戻った私だが、昼に1件、来客と会ったあと、午後のJRで札幌へ出張する。
 明日の用務は昼からなので、午前中は雪かきと雪下ろしにいやいやながら精を出すつもりだが、何かの間違いでそんな作業が必要ないくらい雪がわずかしか積もってなければいいなぁと、超非現実的な願望を抱いているところである。