8b19707d.jpg  ふふん、ふんふん、ふんめるぅ~っ!

 てことで、みなさんはフンメルという作曲家をご存知だろうか?
 ピアノを学習している方、学習の域を超えて弾いている方にはおなじみの名前かもしれない。

 フンメル(Johan Nepomuk Hummel 1778-1837 オーストリア)は、当時はハンガリー生まれの作曲家でありピアニスト。

 8歳のときにはウィーンでモーツァルト家に2年間住み込んでピアノを学んだ。
 1787年にピアニストとしてデビュー。1789年からヨーロッパ各地で演奏会を開き、神童として賞賛された。

 1793年にウィーンに戻り、ウィーン音楽院でハイドンやサリエーリから作曲を学んだほか、8歳年長のベートーヴェンと親交を深めた。

 そのフンメルのピアノ協奏曲第4番ホ長調Op.110「別れ(Les adieux)」(1814)。
 3つの楽章から成る、ロマンティックなコンチェルトだ。
 なお、三省堂の「クラシック音楽作品名辞典」(井上和男編)では、この曲、「変ホ長調」と表記されている。

 フンメルは1825年に演奏旅行でパリを訪れたが、この地での最後の公演で、すでに完成させていたこの曲を弾いた。その際に、この協奏曲に「別れ」という副題を付けたのであった。
 曲は流麗で、ピアノは実に華やかに活気ある動きをする。
 やや散漫な感じはあるものの、再評価される価値がある作品だと思う。
 なお、上述のような経緯で命名されたので、「別れ」といっても悲愴感はあまりない。

 ここではカンのピアノ、バイセル指揮ハンブルク交響楽団の演奏を。
 1973録音。VoxBox。

 H.C.ショーンバーグはフンメルについてこのように書いている。

 (クレメンティのほかに)もう1人の魅力ある過渡期の人物は、フンメルで、モーツァルトの弟子として18世紀に活躍を始めながら、強いロマン主義的傾向を有する作品をいくつか書いた。ウィーンでは彼は、ベートーヴェンのただ1人のライバルと目され、19世紀前半においては“不滅の音楽家”であることが当然視されていた。彼の『ピアノと管楽器のための七重奏曲』は、和声の面でシューベルトよりも「モダン」かつ精巧で、ピアノ曲のスタイルはショパンと直接繋がるものだった。フンメルは『イ短調』を初めとするいくつかのピアノ協奏曲を残しており、ショパンの『ホ短調協奏曲』は、フンメルに負うところ極めて大である。フンメルの作品は20世紀のレパートリーの中には、ほんの僅かしか入っていないが、極めて創意に富んだ作曲家であり、リバイバルの価値は十分ある。 (「大作曲家の生涯」:共同通信社。1977)

 「ふんふんふん」といえば、鹿の糞を連想する方も少なくないだろう。
 先日の出張先で、シカのルイベを食べた。シカのすき焼きも、タタキも食べた(←“タヌキ”と読み間違えた人が少なからずいそうだ)。
 全般的に私は生ものは得意じゃないが、タタキはまったくクセがなく柔らかくすばらしい味だった。

 さて、このあと、8時過ぎにサツエキ発車のJRで戻る。 

 そうそう、JRといえばこんなメールが届いた。

 1通目
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 ■ ※誓約※
 ■JR旅客鉄道として貴方様に嘘は申しません。985万円を時間を一切かけることなく本日貴方に振込むことを宣言します。誰もが知っている大企業として嘘は言えません!


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 ■ 処罰
 ■ 残念ですが審議会にてあなたに対しての処罰が決定しました。


 ワケわかんねぇ……