c19889e2.jpg  先日出張で札幌に行ったとき、時間の合間を縫って、前の部署で仕事上の付き合いがあった人物と会った。

 その数日前にメールが来て、「ちょいと教えていただきたいことがあるのです。札幌へ来ることがあったらお時間をつくっていただけませんか?」という内容だった。
 要するに過去のある出来事について、経緯がわかっているなら教えて欲しいということだ。

 たまたまタイミングよく、別な会議で札幌へ行く用事があったので、会うことにした。

 話は脱線するが、列車が動き出す前のキュンともプシュンとも聞こえる、ブレーキが解除されたときのたぶんエアが抜ける音が、私は好きだ。
 いや、列車に乗ったときにあらためてふと思っただけだ。

 その「ちょいと教えていただきたいこと」はもちろんビジネスの話であり、ここで紹介すると守秘義務違反になるかもしれないし、でも実際はそれほどのことでは全然ないのだが、そもそもここに書いたところでちーっとも皆さんにとっては面白くないだろうから(私にとってもウホウホするような話ではない)、ここでは取り上げない。

 ただその人、K.K.さんとは、札幌時代にも何度か飲んだこともあり、すっごく相性が良いってわけじゃないが、そこそこ話が盛り上がり、彼の奥さんは歳上だってことも知っているくらいで(聞いてもいないのに教えてくれた)、それだから私がクラシック音楽好きなことも彼はもちろん知っていて(聞かれてもいないのに教えた)、今回も私の日常生活のことを気遣ってるのか、単なる気まぐれなのかわからないが、「で、単身ですよね?いまでも部屋でマーラーをガンガン聴いてるんですか?」と、なぜかニッと笑って、これまたなぜか指でVサインを出しながら、聞いてきた。

 「ヴィアイシーティーオアールワイ。サインはヴイ!」という歌を思い出した。
 子どものころ観ていた「サインはV」の歌だ。

 子どもながらも、私は主役の岡田可愛がかわいいと思っていた。中山真理はすごいなって思った(何がかはよくわからないが、良い意味で)。范文雀は嫌いだった。
 いずれにしろ、子どものころ素敵なお姉さんだなぁ、こんなお姉さんに「ぼくちゃん、かわいいわねぇ」とぎゅっと抱きしめてもらえたら、どれだけ鼻血が出ちゃうんだろうと思った女性が、みーんなばあさんになってしまっていると思うと、その現実に心が痛む。
 新藤恵美なんて大好きだったのに……

 私はK.K.さんに答えた。
 「でも、最近はハイドンを聴きたくなったりします」
 これはウソではない。が、すっごい真実でもない。でも、Vサインを見た瞬間にとっさにその言葉が出てしまったのだ。

 「わかります。わっかります!だんだんそういう風になりますよね」

 本当にわかるのだろうか?
 彼はいつ、私が赤ちゃん返りしつつあることを見抜いたのだろうか?
 それよりなにより、K.K.さんもクラシック音楽を、ハイドンを、聴くのだろうか?

 ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809 オーストリア)の交響曲第88番ト長調Hob.Ⅰ-88(1787)。
 この曲は「V字」のニックネームで呼ばれることがある。
 というのも、ロンドンで出版される際に、出版社が整理番号でVとつけたためで(表紙にVの字が印刷されていたらしい)、鳥がV字形に編隊を組んで飛んでいる様子を描こうとしたとか、音楽でVの字を表現しようとしたとか、そんなことはまったくなく、ニックネームと作品の内容とはまぁっっっったく関係ない。私にオバマとあだ名をつけるようなものだ。

 私が学生のころ、何度か札響のコンサートでこの曲を聴くはめになった。
 たいていはプログラムの2曲目に置かれていて、メイン・プログラムを聴く前の修行のような感じだった。
 耐え忍ぶってたいへんなことだ。とにかく苦痛だった。うとうとしてきて気づくと脚は開脚、Vの字状態。スキー・ジャンプなら褒められるかもしれないが、コンサートに臨んでいる姿勢としては両隣の客に対する迷惑行為もしくは迷惑体位である。

 なんでこんな退屈な曲を何度も取り上げるのかと思ったものだが、実は88番っていうのはハイドンの交響曲のなかでもとりわけ完成度が高いのだそうだ。だから、未熟な若造の私には苦痛でも、この曲を待ち望んで足を運び、うっとりしていたご年配の方は数多くいたのだろう(あくまで推測の域を出ないが)。

 金子建志編「オーケストラの秘密」(立風書房)の中には、こう書かれている。

 88番《V字》は凝縮度の高い傑作だ。2楽章はオーボエとチェロ・ソロで始まる(シューマンが交響曲第4番の2楽章で継承)が、その優美な雰囲気を《驚愕》同様ffトゥッティが直撃する。3楽章のトリオでは、ファゴットやホルンの空5度によるバグ・パイプの模倣が楽しい。ファゴットが道化役的に先導する4楽章は、古典落語に匹敵するハイドン流ユーモアとギャグの真骨頂。

 ここに書かれている「《驚愕》同様~」というのは、88番の第2楽章においてもトランペットとティンパニが登場し、聴き手を驚かすことを言っている。

 で、私もいまになって「こりゃあ溌剌としていて、案外と刺激的なところも多く、なかなか味のある曲だ」と、たまに以上に聴くようになっているが、これはK.K.氏の指摘する赤ちゃん返りということではなく(その要素も少しはあるが)、良い演奏に巡り合ったためと言える。

 交響曲第88番は第89番(ヘ長調Hob.Ⅰ-89)とセットで書かれた。
 エステルハージ家のオーケストラにいたトストというヴァイオリン奏者が退団してパリに行くことになり、パリで演奏するためにトストはハイドンに作曲を依頼したのである。このため88番と89番はセットで“トスト交響曲”と呼ばれることがある。

 ちなみに第89番の方は「W字」というニックネームを持っているそうだが、私はそのような表記をCD等で見かけたことはない。エレベーターガールのことを“エレちゃん”と呼ぶくらい一般的でない。
 また、88番の作曲に力を入れ過ぎて時間が足りなくなったのか、89番の方はやっつけ仕事のようなところが多く、演奏されることも少ない。

 88番の演奏も、なんてたって、ヴァイル/ターフェルムジーク・バロック管弦楽団の演奏が、今の私のお気に入り。
 たるんだところがなく、農協直売所で買った新鮮なレタスのようにシャキシャキしている。
 1994録音。ソニークラシカル(VIVARTE)。