30394ab7.jpg  “上から読んでも山本山。下から読んでも山本山”というキャッチフレーズのコマーシャルが昔あった。

 上から読んでも下から読んでも(あるいは、文頭から読んでも文末から読んでも)同じ読みになる文を回文という。
 でも、今さら言うのもなんだが、山本山の場合、下から読んだらマヤトモマヤだから回文じゃない(下からっていうのは、縦書きだったから)。

 正統的な、そして有名なものは“新聞紙(シンブンシ)”“竹藪焼けた(タケヤブヤケタ)”“やずややずや”なんかがある。

 ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809 オーストリア)の交響曲第47番ト長調Hob.Ⅰ-47(1772)には「パリンドローム(Palindrome)」というあだ名がついている。パリンドロームというのは回虫とか回春とかではなく、話の流れからお気づきのように“回文”のことである。

 この交響曲は4つの楽章から成るが、メヌエットである第3楽章の楽譜が後ろから読んでもふつうに読んだものと同じになるように書かれている。だからこのような名がついた。

d7dac1dc.jpg  音楽においてこのテクは突飛なものではなく、逆行カノン(蟹行カノン)というものである。
 掲載した楽譜はJ.S.バッハの「音楽の捧げ物」BWV.1079のなかの逆行カノンである(音楽之友社刊)。
 この曲の場合は、原譜の旋律に対して、終わりから逆に読んだ旋律が対位旋律となっている。楽譜の最後に鏡に映ったように書かれているソプラノ記号が逆行カノンであることを示している(ただし、定旋律は途中で多少変形されている)。

 ハイドンの交響曲第47番は、第3楽章にこのような工夫(ユーモア)が施されているが、他の楽章もなかなか面白い。
 第1楽章はいかにもハイドンらしい明るいものだが、跳躍する音が印象的。また終楽章ではホルンがアッと驚く不協和音を吹き鳴らす。
 ハイドンって、なかなかやる人なのだ。
 
 ヴァイル指揮ターフェルムジーク・バロック管弦楽団の演奏で。
 1993録音。ソニークラシカル。

 そうそう。
 日曜日に自宅に帰ったときのことを書いたが、そのなかでコンビニのおにぎりや惣菜を食べたことを書いた。
 なぜ?
 家には妻がいるはずなのに、招かざる帰還者として扱われているのか?なるほど、そっかそっかと、心ない納得をした方もいるかもしれない。

 しかし違うのだ。
 実はワケあって、単身赴任はやめたのだ。
 今回は私1人だけが自宅に帰ったために、あのような食生活となったわけだ。いや、自分で作ればいいんだけどさ……
 つまり、妻が私を虐げてるわけではない。ハイドンが置かれていた状況と私とは違う(彼の妻は悪妻だった)。
 その点、誤解なきようご報告する次第である。