b7e00b8e.jpg  誰かがヨーゼフ・Kを誹謗したにちがいなかった。なぜなら、何もわるいことをしなかったのに、ある朝、逮捕されたからである。

 こう始まり、そして次のように終わる。

 Kの喉には一人の男の両手が置かれ、もう一方の男のほうは小刀を彼の心臓深く突き刺し、二度そこをえぐった。見えなくなってゆく眼で、Kはなおも、二人の男が頬と頬とを寄せ合って自分の顔の前で決着をながめている有様を見た。
 「まるで犬だ!」と、彼は言ったが、恥辱が生き残ってゆくように思われた。


 カフカ(Franz Kafka 1883-1924 オーストリア)の「審判(Der Prozess)」である。
 ほぼ30年ぶりに私は「審判」を読み直してみた。理由は特にないが、私のブログのある記事に寄せられたコメントにムクムクと動機付けがなされたのかもしれない(おゃっ?偶然にも今日は6月9日。ムク……)。

 この文庫本-原田義人訳の新潮文庫。昭和53年8月15日11刷となっている。価格は320円。これは税別でも税込でもなく、このころは消費税はわが国にはなかった-を読んだのは、はっきりと覚えていないが高校生か浪人生のころだったと思うが、読んではみたものの何が何だかさっぱりわからなかった。が、独特の言い回し(訳回し?)に魅かれるものはあった(そして、このころカフカの小説を立て続けに読んだはずだ)。

 そして、出生と成仏が両端にあるスケール上で、私の目盛は明らかに成仏側にある今、これを読み直してみたわけだが、う~ん、やっぱり難しい。
 とにかくくどくどと理屈っぽい話がたくさん出てくる。それが教訓なのかどうかもよくわからなかったりしちゃう。

 場所の描写では、ときに夢の中の出来事のように状況が切り替わるようなところがある。ドアを開けるとまったく別な次元の世界が広がるような……
 「変身」のときも感じたが、カフカの小説に出てくるこの国、この時代の建物の部屋の構造や広さがよくわからないので、それが本当の建物での出来事なのか、それとも暗喩なのかがわからなくなる(アパートの1室を使っている審理室に、いったいなぜあれほどの人が入れるのだろう?)。
 いずれにしろありえないような場所でありえないことが起こったりして、かなり病んでいる、というか非現実的なところがある。村上春樹の、それこそたとえば「海辺のカフカ」のような別な世界かと思わせるところもある。春樹作品ほどじゃないが、すぐに女性といちゃつくし。 
 不可思議な小説だ。
 よくわからないが、でも、引き込まれた。少なくとも昔読んだよきよりは理解できたように思っている。
 
 この小説が主に書かれたのは1914年8月から年末にかけてで、第1次大戦が始まった直後のことだった。文庫カバーの裏表紙には“外界の秩序の不可解ないかがわしさを十分わきまえながら、同様に不可解な従順さで秩序の中に入れられることを切望している男を寓意的に描き、ナチス登場に象徴される次代の精神状況を予見したといわれる長編”と書かれている。

 カフカがまだ「審判」を書き始める少し前にカレンダーを戻す。

cc6f527a.jpg  1914年の5月5日に、ベルク(Alban Berg 1885-1935 オーストリア)は、ウィーンで上演された劇作家G.ビューヒナーが書いた未完の戯曲「ヴォイツェック」を観て、これをオペラにすることを思い立った。
 ベルク自身が3幕から成る台本を書き、題名は「ヴォツェック(Wozzeck)」とした。
 その後ベルクが徴兵されたこともあり、スコアが完成したのは1922年だった(Op.7)。

 ビューヒナーのこの戯曲は実話に基づいている。1821年にヴォイツェックという元兵士が情婦を殺すという事件があり、それをもとに書かれたのである。

 オペラの筋は、貧しい兵士のヴォツェックは小遣い稼ぎのためにちょっと頭がおかしい医者の人体実験のモデルとなる。また、貧乏でやけくそになっている彼の妻のマリーは夫の上官と浮気をする。人体実験で精神に錯乱が起こったヴォツェックは、妻の浮気を知り殺害。自らも池に入って死んでしまう。あとには幼い子供が残される、という救いようのない悲惨極まりないもの。

 ベルクはシェーンベルクに師事し、その師とともに無調音楽を経たのちに十二音音楽にたどり着いた。
 その“ゲンダイオンガク”の響きと(といっても、ベルクの十二音技法には調性が折り込まれているという)、そもそものストーリーから、決して喜びを感じるような音楽ではない。

 H.C.ショーンバーグは「大作曲家の生涯」(共同通信社)のなかで、次のように書いている。

 ベルクが、このオペラを古典的および前古典的形式に作曲したことは、特徴的である。この表現主義的無調オペラは、作曲者自身によって「ソナタ」(第1幕は提示部、第2幕が展開部、第3幕は再現部)と形容された。第1幕(5場)は組曲、狂詩曲、軍隊行進曲、子守り歌、パッサカリア、ロンド、を含んでいる。第2幕(5場)は、ソナタ楽章、幻想曲とフーガ、ラールゴ、スケルツォ、ロンド(前奏曲付き)という、5楽章からなる交響曲と言ってよい。同じく5場からなる第3幕は、1つの主題、音、リズム、和音、調性に関する一連のインヴェンションである。
 『ウォツエック』を聴いて、このような構成に気づく者はほとんどいない。初演は、137回という前代未聞の入念なリハーサルののち、エーリッヒ・クライバーの指揮で、1925年にベルリン国立歌劇場で行われた。聴衆から好まれたとは、とうてい言えない作品だったが、上演前後の大騒ぎのおかげで、ヨーロッパの他の歌劇場も競って取り上げた。批評家は「芸術の堕落」「音楽的大混乱」だと攻撃したが、同時に崇拝者や擁護者もいた。これほど力強く、独創的なオペラであれば、物わかりの良い聴き手を自陣営に引きつけるのは、当然のことである。より鋭敏な聴き手は、ベルクの「狂気」が秩序立っていることに気づいた。……


 重い、暗い、冷たい……
 だがすごい曲だ。

 この曲ではケーゲル指揮の録音がすばらしいと言われているが現在は廃盤(私も未聴)。
 そこで、やはりこれまた名演との声が高いブーレーズ指揮パリ・オペラ座管弦楽団、同合唱団の演奏を。
 キャストはベリー(ヴォツェック(バリトン))、シュトラウス(マリー(ソプラノ))ほか。
 1966録音。ソニークラシカル。

 いやぁ、すまんね。日曜日なのに暗い話で。
 では、明るい話題を。

 1914年といえば伊福部昭の生年でもある。
 おぉ、今年は生誕99年ではないか!
 おめでたいね!

 あちこちの小学校で運動会があるのだろう。
 6時になったら、方々から花火の音が聞こえてきた。
 まるで花火大会のように。