dfae0292.jpg  タバコを買うときは、自動販売機よりは駅の売店やコンビニでのことが多い。
 人好きなわけではなく、自販機にお金を入れたのに“売ってあげます”という各ボタンのランプがつかず、おや?と思っていると、案の定100円玉1枚が引っかからずに釣銭口に落ちていて料金不足になっていたり、タスポをタッチするのが面倒だからだ。

 が、先日はスーパーの店先にある自販機で、浮気もせずにずっと吸いつづけているセブンスターを買った。なぜセブンスターが410円ではなく440円なのかずっと口に出せない疑問と不満を心に抱えているが、いまそのことはどうでもいい。

 500円玉を入れると、今回は何のエラーもなく機械に飲み込まれ、セブンスターのボタンを押すとカタンという排出された音がし、続いてチャリンと釣銭が落ちる音がした。昔の自販機なら、例えば60円のお釣りなら、50円玉1枚と10円玉1枚が、チャリン、(ギュイィィ~ン)、チャリンと2回落ちる音がしたが、そして運が悪い場合は、チャリン、チャリン、チャリン、チャリン、チャリン、チャリン(ギュイィィ~ンは省略)と10円玉で6枚ってことがあって、自分が日本一不幸に見舞われたような気分になったものだが、今の機械はコインがいっぺんに落ちるので、チャリン1回である。それを知らずに、まだ全部出てきていないなとたたずんでいると、とんだ無駄な時間を費やすことになってしまう。

 釣銭話でずいぶんと行を費やしてしまったが、さて、老人のように腰をかがめてタバコを取り出そうとすると、なぜか感触が違う。
 薄汚れた透明のカバーを開けて取り出し口の中を見ると、なんとセブンスターのほかに2個のタバコがある。メビウス(旧姓マイルドセブン)の10mgと6mgだった。

 取り忘れだろうか?

 ふつう2個まとめ買いするとしたら、同じ銘柄を2個買うものだ。ところが、同じメビウスながらも、別な種類だ。
 では、10mgと6mgはそれぞれ別な人が買い、それぞれが偶然にも取り忘れて行ったのか?
 まさか……

 私はセブンスター以外の銘柄は吸わない。が、メビウスはセブンスターの近縁だから吸っても違和感はあまりないかもなと、この瞬間前向きな気持ちになった。
 さぁて、このまま自分のものにしてしまおうか?

 いや、そんなことは犯罪だ。
 小学生のときに300円が入った財布を拾って交番に届け、褒められたことがあったっけ。
 でも、このタバコ2個で820円だ。あの時の約3倍の拾いものだ。
 いいのか、そんなことをして。
 あのときの、私の人生における輝点である善行を、ここで無にしてよいのか?

 と同時に、別な疑念がわいてきた。

 これは罠じゃないか?
 最近、パンの中から針が出てきたっていう犯罪が多いではないか?
 昔は“毒入り危険 食べたら死ぬで!”っていう菓子が置かれていた事件もあった。
 青酸入りコーラを飲んで死んだ人もいた。
 宮部みゆきの「名もなき毒」もTVドラマ化された。

 つまり、このタバコは毒が入っていたり、あるいは爆竹が埋め込まれていたりするのではないか?そういえば、よく見ると6mgの方のパッケージの角が1つつぶれている。
 もし毒が入っていたとしたら、それはたいそう健康に悪い。下手すれば死に至るほど悪い。ただでさえ体によくない嗜好品なのだ。取り返しのつかないことになるだろう。

 そんなわけで、私はスーパーのカウンターに行き、「これタバコの自販機に残ってました。取り忘れのようです」と届けた。
 なんて正直者!なんて小心者!なんて疑い深い男!

 店員は「そうですか。ありがとうございます!」と言ったが、愉快犯による犯行の可能性があるなんてこれっぽっちも思っていないようだった。なんか不愉快になった。

 J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)の「私はしばしばパイプによいタバコをつめて(So oft ich meine Tabakspfeife mit gutem Knaster angefullt)」BWV.515。「『アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳第2巻』よりのアリアと歌曲(Arien und Lieder aus dem zweiten Notenbuch der Anna Magdalena Bach)」BWV.508-518の中の1曲である。

 バッハは1707年にマリア・バルバラと結婚した。彼女との間には、今日でも作曲家として名が残っているヴィルヘルム・フィリーデマンとカール・フィリップ・エマヌエルが生まれている。しかし、マリア・バルバラは1720年に急死してしまう。
 その翌年にバッハが再婚した相手がアンナ・マグダレーナで、宮廷歌手であり音楽の才能も高かったという。彼女との間には13人の子が生まれたが、そのなかではヨハン・クリスティアンが有名である。

 バッハはアンナ・マグダレーナのために音楽帳(楽譜集)を作ったが、それは家庭内で演奏を楽しむためだったようだ。そしてまた、ここに収められた作品はバッハ自身の作だけではない。いろいろなところで使われている有名なメヌエットもこの音楽帳に含まれている。

 独唱と通奏低音のための11曲のアリアと歌曲(BWV.508-518)は1725~40年の作とされているが、このうちBWV.515から518は疑作、すなわちバッハの作かどうか疑問とされている(BWV.515については、ゴットフリート・ベルンハルト・バッハ(J.S.バッハとマリア・バルバラの間に生まれた第4子)の作とも言われる)。

 この「パイプのタバコ」の第1節の歌詞(英訳されたもの)は以下の通り。

 Whene'er my trusty pipe
 With fine tabacco I fill,
 And look forward to passing a pleasant hour
 Then it shows me a dismal picture,
 And adds the sobering moral
 That I'm really not up to much.

 要するに、タバコを吸う歓びを歌い上げているわけで、もちろんバッハは愛煙家であった。

 ところでBWV.515には、BWV.515aと515bという2つの作品がある。515aの方はクラヴィーア曲で、515bは歌詞入り伴奏版だそうだが、私が持っているCDはチェンバロの伴奏でバリトンが歌っているにもかかわらず、CDでの表記はBWV.515aとなっている。

 リンデのバリトン、レオンハルトのチェンバロ。
 1966録音。ドイツ・ハルモニア・ムンディ。