d441b825.jpg  カフカの「訴訟」。

 物語は、

 銀行員ヨーゼフ・Kは、ある朝、とつぜん逮捕される。なぜなのか?判事にも弁護士からもまったく説明されず、わけのわからないまま審理がおこなわれ、窮地に追い込まれていく……。

である。

 なになに?
 こういう話、どこかで読んだことがある?
 それも最近、しかもこのブログで?

 そーなのです。
 これはカフカの「審判」のことであり、新潮文庫を読みなおしたことを取り上げた。

 読みやすいとはいえない小説である。
 そこで、“「草稿」に忠実な、最新の〈史的批判版〉をもとに、カフカをカフカのまま届けるラディカルな新訳!”という、丘沢静也訳による光文社古典新訳文庫を買ってみたのである。

 訳者はあとがきで次のように書いている。

 クラシック音楽のピリオド奏法は、自分が慣れ親しんできた流儀を押し通すのではなく、相手の流儀をまず尊重する。演奏家の「私」ではなく、作曲家の「私」を優先させる。芸術や文学ではオリジナルを尊重することが、ほとんど常識になってきている。

 また、同じく訳者による解説では、

 『訴訟』は、これまで『審判』というタイトルで邦訳されてきた。深刻な響きのある『審判』のほうが、りっぱな古典にふさわしいと思われてきたからだろうか。
 ……おどろおどろしく深刻な『審判』は卒業したい。古典新訳文庫は、Der Processの意味を捻じ曲げずに、すっきり『訴訟』というタイトルにした。なにしろ底本も、いちばんカフカに忠実であろうとしている史的批判版なんだし。


と述べている。

3724eefd.jpg  『訴訟」はカフカの未完の小説の草稿なわけで、さらに(「変身」のときもそうだったが)ピリオド奏法のことも持ち出されたからには、今日はブリュッヘン/18世紀オーケストラのピリオド演奏による、シューベルト(Franz Schubert 1797-1828 オーストリア)の交響曲第7番ロ短調D.759「未完成(Die Unvollendete)」(1822)を取り上げなければなるまい。

 にしてもこの曲、旧番号は第8番だったのだが、私にはいまだに第8番のほうがしっくりする。
 この曲はシューベルトの死によって絶筆になったわけではない。その点は、こちらもお読みになっていただければと思う。

 で、この演奏だが、ピリオドだからといってそれほど違和感はない。そんなにカサカサしていない。
 が、例えば第1楽章などでおどろおどろしさを求める人には、「訴訟」同様、向いてないだろう。

 1993録音。ライヴ。フィリップス。

 さて、新訳によって「訴訟」となった「審判」だが、語り口は平易になったが、だからといってすっごくわかりやすくなったかといえば、そうとも言えない。というのも、もともとが難解な展開だから。
 そしてまた、会話の部分では、その言葉遣いが気にかかる人もいるだろう。ちょっと品がなさすぎでは?と。