bcffff91.jpg  先週の今日は東京にいた。

 木曜日の午後に着いて、夕食は“陳麻婆豆腐”という店で食べた。私が自主的に選択したのではなく、出張メンバー全体での食事であらかじめ予約されていた。
 ただでさえ暑い東京で、そしてただでさえ辛さにはあまり強くない私が、激辛料理によって冷水の入ったコップの表面のようになったのは言うまでもない。

 翌日は朝早くから用務をこなしたが、朝早くからこなした恩恵で昼前には第1次業務は終了。いったん解散となったが、さて、1人ぽっちの昼食をどうしようかと考えながら東京駅-オアゾの丸善で本を買ったのだ-から銀座方面へと歩いてみたが、結局どこにも入店する決心がつかず、気づいてみれば泊まっているホテルのそばに到達していて、結局ローソンで鶏そぼろ弁当を買って、しかも勇気を奮って店内のレンジで温めまで実行し、ホテルの部屋で食べた。

 夕方になって第2次業務をこなすため、夕刊配達人のように行動を起こし、打ち合わせをし、そのまま会食へ。

 その日は肉だったが、頭の中はなぜか彼のことでいっぱいで、いや違った、カレーのことでいっぱいで、結果的に翌日の昼は帰りの飛行機に乗る前に空港でカレーを食べたのだった(あまり辛くなくて何よりではあった)。

 そして、東京から戻ってきた日から1週間経った今日、私は札幌の家に帰って来ている。昨日の夕方に帰ってきたのだ。途中、夕張あたりは雨が強く、たぶん初めての体験だと思うが、ワイパーを最速で使った。
 そんなわけで今日、皆さんにとってはどうでもよいことだろうが、9時になったら床屋に行って来る。

 さて、交響組曲「東京」(1986)。英語で書けば“TOKYO”。
 FM東京の開局15周年を記念して委嘱された作品で。4人の邦人作曲家の合作である。

 曲は4つの楽章から成り、それぞれの作曲者とタイトルは次のとおり。

 第1楽章 外山雄三(Toyama, Yuzo 1931- 東京)
     「こもりうた(Komori-Uta)」
 第2楽章 三枝成彰(Saegusa, Shigeaki 1942- 兵庫)
     「Summer
 第3楽章 石井眞木(Ishii, Maki 1936-2003 東京)
     「秋のヴァリアンテ(Herbst Variante)
 第4楽章 芥川也寸志(Akutagawa, Yasushi 1925-89 東京)
     「Allegro Ostinato

 各楽章について、それぞれの作者が書いていることをかいつまんで紹介しよう。

 「こもりうた」
 計画のはじめに、東京の四季を考えようか、という話があたつぇいか、第1曲は春と、という思い込みがしばらく消えなかった。
 都心の夕焼けの美しさのことを考えていたら、子守唄が、忘れられない幼児体験の中にあることに気づいた。

 「Summer」
 学生時代はチャイコフスキーを疎遠にしていたが、「ロミオとジュリエット」に接して驚いた。甘さだけのロマン派というイメージが、一瞬に砕け散った。ワーグナーのオーケストレーションにも驚かされる。2人とも、まさにオーケストラを鳴らす術を心得ていると言えるだろう。
 今回の私の作品は、まさしく2人の偉大な作曲家への挑戦である。

 「秋のヴァリアンテ」
 私は今回、西洋音楽の流れの内で〈秋〉-晩年-というイメージを感ずる、ある西洋音楽史の一時期(19世紀後半~20世紀初頭)の〈様式〉を借用し、短い曲を書きそれを現代的に変形するという手法で、〈東京の秋〉をイメージする曲を創ろうと図った。
 〈秋のヴァリアンテ〉では、〈主部〉は〈変形〉の内に埋没しているが、曲の最後に、そのほぼ全貌が現われる。

 「Allegro Ostinato」
 この曲は、とくに東京の何かを描写しようとしたものではありません。私のふるさとであり、これからも離れることはないであろう、わが愛する東京、そして私の心に染みついている都会というもののイメージをごく自然に画きながら、いわば「讃歌」として、また組曲の最終曲として作られたものです。

 三枝だけ兵庫県生まれではあるが、生後すぐに東京に移っている。
 つまり、4人とも東京出身の作曲家ということになる。

 外山が四季のことに触れているが、結局のところ春夏秋冬という組曲にはならなかった。
 また、合作の楽曲というのはどうしても統一感がなくなる。そりゃそうだ。個性豊かな4人の作品を“東京”というキーワードだけでまとめることにはハナから無理がある。

 したがって、それぞれを独立した作品として聴いた方が良いだろう。
 あくまで、記念イベントとしての組曲。そうとらえたほうがよさそうだ。

 各作曲者が自分の章を振った東京都響の演奏で。
 1986録音。ソニークラシカル。

 まったく、先週の東京はサマーだったぜ……