872332f1.jpg  簡潔に先日の出張について復命させていただきます。

 このたびの私の出張は、取引先の方々の視察研修に同行するというものでした。

 月曜日の朝。そこそこの人数にもかかわらず、参加者は誰1人として時間に遅れることなく全員が集合いたしました。これが保育園の遠足なら、1人か2人は熱を出してお休みするところですが、さすが大人です。
 私に至っては集合時間の1時間前に到着してしまいました。すでに大人を通り越して老域に入っているのかもしれません。

 この日の目的地は東京です。
 団体なので飛行機のお尻の方に集中的にシット・ダウンさせられましたが、途中で具合が悪くなる人もおらず、機内で「どなたかお医者様はいらっしゃいませんか?」と客室乗務員の手を煩わせることもありませんでした。さすが、みんな大人です。
 そうそう、シット・ダウンで思い出しましたが、昔私が飼っていた犬は、「シット・ダウン!」と命ずると、だらしなく口を開けて私に飛びついて来ましたが、あれはなぜですか?

 さて、今回の研修旅行では、交通機関や飲食場所等をすべて旅行代理店が手配して下さり、添乗員も同行してくださいましたが、羽田空港に着くとさっそくターミナルビルの中のレストランで昼食をとりました。
 いわゆる幕の内弁当っぽいものでしたが、私はこの手の出張の時にはいつもここに案内されるので、この弁当もすでに4回目です。でも、ふだんの昼食では、同じ店で文句を言いながらも高頻度でカレーライスを食べている身としては、4回なんてまだまだ子どものようなものです。にしても、毎回まったくおかずが同じという一貫した姿勢には頭が下がります。

 昼食後は貸し切りバスで最初の研修先であるA社に向かいました。
 そこの方々と今後の在り方について意見を交わしました。今後の在り方って言っても、皆さんにはなんのことかわからないでしょう。けど、難しい問題ですのでわからないままにしておいてくださって結構です。興味も持ち合わせてないと思いますし……

 そのあとは同じバスで品川のホテルに行きました。
 この日の夜はA社の方々との懇親会でしたが、少し時間があったので、私は品川駅に行ってみることにしました。
 というのも、翌日は品川駅から新幹線に乗るので、あらかじめ所要時間を計っておこうという予習意欲と、持参した本も明日には読み終えそうなので新たな本を買うのが目的です。でも、以前東京に住んでいたくせにどうやら反対側に進んでしまったらしく、やがて目の前に高輪台駅が現われました。
 これ以上先に進んだら遭難する。
 そう思って私は、勇気ある撤退をしましたが、クソ暑い中、骨折り損のくたびれもうけだと思いました。だいいち、所要時間は添乗員さんにまかせておけばいいことでした。すいません、添乗員さん。出すぎたマネをしてしまいました。

 汗だくでホテルに戻ると、ロビーの一角にドゥダメルの名がありました。これは速報でご報告申し上げたとおりです

 懇親会も終わり、私はコンビニでハムサンドを買って部屋に引きこもりました。
 なぜサンドイッチを買ったかというと、宴会の後半というものはお酒を注ぎまわる人々で席がぐちゃぐちゃになります。となると、最後のご飯物はなかなかまともに食べられません。だからおなかが減っていたのです。

 翌朝。
 私たちは徒歩で品川駅まで行きました。
 新幹線で名古屋へ向かうのです。駅構内に本屋があるのは知っていましたが、団体行動です。しかも凄い人の波です。北海道では最大級と言われる十勝毎日新聞社の花火大会のときのようです。いや、それ以上です。
 ですから私はおとなしくホームにたたずみ、そして望みがかなえられないままのぞみに乗りました。

 名古屋に着くと、またここから貸し切りバスで移動です。このバスで最終日まで移動しました。
 この日はまずB社に行きました。そこの施設を視察しました。そのあとはそこの近くのレストランで食事をしました。料理はふつうでしたが、ボリューム満点でした。

 午後は亀山の方に向かいました。シャープの工場が見えましたが、私たちとは関係ないので遠目から眺めただけで、予定通りC社の施設を視察しました。が、説明を受けた部屋が蒸し風呂のように暑くて、私はぼーっとしてしまいました。みんなも死にそうな顔をしていました。でも、誰1人倒れ込まなかったのは、さすが大人です。

 この日の泊りは松阪市です。めったに宿泊する街ではありませんが、今回のような施設の視察だとふだん行かないような街に泊まることも起こるのです。

 で、こういうことで、松阪牛を食べてみようと計画しました。
 たいそうお高いのですが、みんな無理をして、絶品の松阪牛のすき焼きを食べてみることにしたのです。
 すっごく有名だという、でも私はちっとも聞いたことがなかった名前の専門店に行きました。私は似た名前の醤油メーカーは知っていますが、関係ないですけど、やっぱり似た名前だと今でも思っています。
 さて、この老舗は大きなビルでした。私はつげ義春の「ねじ式」に描かれている金太郎飴ビルを思い出しました。 
 とろけるような肉……かと思いきや、違いました。これが1人前1万円以上とは納得いきません(コースですが、ほかには小皿のものが2皿でしたから、実質すき焼きそのものの値段といえるでしょう)。
 肉は、かたくはありませんが、とろけるような柔らかさもありません。
 脂っこくないのは成長期を終えた私たちにはむしろ良いのですが、こんなに高い料金に見合うとは思えないお肉でした。その証拠に、誰1人「う、う、う、うまい!」と叫び卒倒する人はいませんでした。卵のカラザも取り除かれていませんでしたし。

 これなら札幌とかにあるすき焼き店で高めの、といっても半額で済むと思いますが、そういう肉を注文した方がずっとずっとジューシーです。いや、今回食べた肉はジューシーではなく赤肉と呼ぶべきものでした。
 とはいえ、「ホンモノのすき焼きは、実はこういうものなんだ!」と叱られると、私は反論できません。けどひどく期待外れでした。仲居さんは“A5の肉”と言ってましたが、あれがA5の肉なんて信じられないです。あっ、A5って大きさじゃありません。A5判の紙の大きさってことではないのです。肉質のランクでA5っていうのが最高だそうです。
 ちなみに飲み物もひどくよいお値段でした。
 何事も経験とはいえ、コスト・パフォーマンスが著しく低くて悲しいです。
 だから、そのあとは大人のくせしてみんなでキャッキャッ言いながらカラオケを歌いました。

 さて、話をちょっと戻しますが、ホテルにチェックインしたときに周辺に本屋がないか尋ねましたが、フロントのお嬢さんに「この辺にはありません」と言われました。お嬢さんを疑ったわけじゃないのですが、それでも駅の方に向かって散策してみました。本屋どころかコンビニもありませんでした。
 私が山羊だったら餓死したと思います。

f27611fc.jpg  3日目。水曜日。
 この日はD社を訪問したあとに、久居という街で昼食をとりました。
 ファミレスのような店でしたが、たいへん美味しかったです。
 午後は奈良のE社の施設見学。泊りはJR奈良駅前。夜の会食まであまり時間がなかったですが、駅に隣接するスーパーの2階に本屋があり、私はようやっと今夜から読むものをゲットできました。買ったのは浅田次郎の「日輪の遺産」(講談社文庫)です。
 私は次郎さんの本をこの先いくつか読んでみる気になっていたのです。
 夜は宴会料理。
 そのお店に行く途中に、写真のような看板を見かけました。手ぶれしていてごめんなさいですが、冬眠米だそうです。5年も保存してあったそうです。防虫と防カビ対策もしてくれているようです。
 私には、薬をかけられた古々々々々米のように理解せざるを得なかったのですが、わざわざ看板を出しているくらいですから、そうではなくて、価値あるお米なんでしょうね、きっと。

 そのあとは、日本酒を飲んでしまってけっこう酔いました。それゆえ、せっかく買った本を開くことなく、そのまま天使のような寝顔で眠ってしまいました。

 4日目。最終日。
 早い時間にホテルを出発。みんな疲れがたまってきているのに、やはり集合に遅れる人はいません。すばらしいことです。

 米原にあるF社を訪問。
 そのあとは彦根城の横のレストランで食事。彦根城はそこの窓から見えました。有名なお城なのに見学できず残念でした。
 あとは伊丹空港に向けてバスはひたすら走るのみ。京都を抜け、吹田に入り、太陽の塔の不気味なフェイスを横目で見て、空港に着きました。
 そこから羽田経由で帰ってきました。

 ふだんの出張では、朝食をコンビニ商品で済ますことが多い私ですが、今回はすべて朝食付きだったことと、1人ぼっちじゃなかったので、引きこもらずに朝食会場に行きました。そして、バイキングで置かれている味のりは市販のものと違い3枚入りの包装である、ということを今回の視察研修で学んだのです。
 以上、報告を終わりますが、簡潔にならなかったこと、お許し願います。

 期待外れとまでは言わないが、2台のピアノ版の伊福部昭(Ifukube Akira 1914-2006)の「リトミカ・オスティナータ(Ritmica Ostinata)」(1961)は、オーケストラ版のような興奮を呼び起こさない。

 この2p版は、伊福部が1971年に「ピアノと管絃楽のための『リトミカ・オスティナータ』」を改訂した際に、同時に作られたという。
 オーケストラ演奏ではなかなか演奏機会がないという事情で作られたのだろう。
 が、オーケストラ版を知っている者にとっては、やはり満足できない。
 
 この演奏は第1ピアノは山田令子、第2ピアノはゴードン。
 さらに第2ピアノには補助奏者としてロウが加わっている。
 つまり独奏ピアノ+伴奏ピアノ2。
 というのも、オーケストラ・パートを担う第2ピアノの譜は、「書かれた音を全部1人で弾くのは音域的に無理な箇所がいくつかあった」(山田)ためだという。

 演奏は悪くない。
 ただ、ピアノに伴うのがピアノなわけで、「ラウダ・コンチェルタータ」のピアノ・リダクション版のようには成功していないと感じるのだ。
 
 2010録音。RAIZON。

 私は山田がオーケストラ版で録音する機会があることを強く望む。そのための資金援助はまったくできないけど。

 ひどく暗い朝だ。
 雨が降るようだ。
 庭いじりはできなさそうだ。
 いずれにしろ、9時に床屋の予約を入れてあるので、行って来る。