3d5f4040.jpg  アントワーヌ・ライヒャ……

 「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)によると、この人は“ヨーゼフの甥”と最初に書かれている。
 いきなり“ヨーゼフの甥”って言われてもなぁ。

 じゃあ、そのヨーゼフの項を見てみると……“アントワーヌのおじでチェリスト”。
 おいおい。「循環参照が解決していません」ってエラーが出てきそうだ。

 あまり知られている作曲家とは言えないだろうが、ライヒャレイハ。Antoine(Anton) Reicha(チェコ名Antonin Rejcha 1770-1836 チェコ→フランス)は、おじのヨーゼフとともにボンに移住し、ケルン選帝侯の楽団のフルート奏者になった。おじの方はこの楽団のチェリストであり楽長を務めた(マンハイム楽派、ウィーン楽派の影響による古典派器楽曲を残しているそうだ)。

 このオーケストラにはアントワーヌと同い年のベートーヴェンがいて、2人は親交をもった(ベートーヴェンはヴィオラを弾いていた)。
 その後ウィーンで活躍し、ナポレオンがウィーンを占領したあとはパリに移り、オペラ・コミックを上演したりパリ音楽院の教授として名声を得た。
 古典派様式の器楽曲を数多く残しているほか、音楽理論家としても知られ、「旋律論」「作曲法」などの理論書を残している。
 音楽院での教え子にはリスト、ベルリオーズ、グノー、フランクなどがいる。

 そのライヒャ「死者のためのミサレクイエム。Missa pro defunctis)」(1805)。
 この曲はなかなか面白い!

 「ウルトラQ」のテーマ音楽のような“ディエス・イレ(怒りの日)”、妖怪人間ベムが暗闇から現れそうな“ラクリモサ(涙の日)”をはじめ、へぇ~、おぉ~っ、ふふ~ん!と唸らせるメロディーがたくさん。そしてなかなかドラマティックである。

 何度か引用させていただいている井上太郎の「レクィエムの歴史」(河出文庫)の内容を、ここでもまた紹介させていただく。

 4人の独唱者、4声部の合唱にオルガンをともなうオーケストラによるこの曲は、ウィーンの伝統に従った、手堅い手法で書かれている。随所に現れるフーガは、さすがと思わせる出来で、特に「コンムニオ」の最後の長大なフーガがすばらしい。「怒りの日」の冒頭は減七の和音の強調で始まるが、「呪われし者どもは退けられ」の冒頭も同じである。「涙の日」は意外なことに男声のユニゾンのアレグロで開始する。前述した作曲の動機が真実なら、こういう表現もありえたであろう。また「サンクトゥス」が短調の悲痛な叫びで終始するのも異様である。重唱と合唱による「アニュス・デイ」はとりわけ感銘深い。全体にモーツァルトのレクィエムの影響が感じられるのも時期的に見れば当然であろう。現在のところスプラフォンのCDが唯一のもののようだが、もっと注目されてよい異色作である。

 実は、私もこれを読んでCDを注文したのだが、まったくもって、“もっと注目されてよい異色作”だと思っている。
 これを知らずして過ごすのは、クラシック音楽ファンとしてはもったいない。

 文中にある“前述した作曲の動機”というのは、このCDの解説を書いているオルガ・ショトローヴァの、「ナポレオンのウィーン侵攻に続くライプツィヒ占領に対し、レイハが芸術による返答として、演奏を期待せずに書いた」というものである。
 そのナポレオンに対する抵抗運動のためか、この曲には皮肉めいた暗さ、重さが横たわっている。
 ちなみに、ベートーヴェンが交響曲第3番「英雄」を作曲したのは1803-04年である。

 フルバ=フレイベルゲル(S)、バロヴァー(A)、ドレジャル(T)、ベレ(Bs)、トゥヴェルスキー(org)、マートル指揮ドヴォルザーク室内管弦楽団の演奏。

 1988録音。スプラフォン。


 昨日の雨はすごかった……