このあいだの土日に自宅に帰ったときに咲いていたバラ。
その写真を自己満足的にご覧いただいたが、まだいくつもの株がつぼみを持っていた。
で、毎年この季節、それらも開くだろうと期待してしまうのだが、ある日急に冷え込み、そのつぼみは固く閉ざされたまま石のようになり、やがて落ちてしまう。
ということは、もう良くは出さないで、株に力をつけさせるためにつぼみを切り落としてしまえばいいのだが、でも、欲深い私にはそれができない。
プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953 ソヴィエト)のバレエ「石の花(The Stone Flower)」Op.118(1948-49)。
「ロメオとジュリエット」、「シンデレラ」に続くバレエで、プロコフィエフにとって最後となったバレエである。
ストーリーはバジョーフによるウラル民話集「孔雀石の小箱」のなかの「石の花」と「山の女 神」によっており、孔雀石の花瓶に飾るための石の花を彫ろうと、石工のダニーロは婚約者のカテリーナを残して山に入るが、そこいいる銅山の女王が彼を誘惑する。誘惑に応じないダニーロ、そしてやっかいな男に言い寄られた迷惑千万を被り、「待ってらんないわよ」とばかり意を決して山に彼を迎えにくるカテリーナ。2人の愛を強さを目の当たりにした女王は2人を祝福して無事、地上に帰す。
なんていうか、あらすじだけを読むとやれやれって感じであるが、銅山の女王って決して悪い奴じゃないことがわかる気がするような気配を感じる。銅山に女王が居るってこと自体、ちょっぴり滑稽だけど。
“石の花”っていう言葉だけ聞くと、おっかない女王がお怒りになって花に息を吹きかけると花は石になってしまいました。まぁ、怖い!っていうような話かと思っちゃうが、それは単に私が雪女の話とごっちゃになっているからか?
あるいは温泉好きなら湯の花をまっさきに思い浮かべるだろう。これからの季節、紅葉をみながら温泉なんていいんじゃない?私は湯あたり体質なので、温泉は苦手だけど。
あっ、そうそう、せっかくの機会だから皆さんにお願いしておこう。 もし私が意思を表明できないような病を患ったとき、医者が温泉で療養してくださいと命じても、私に成り代わって断固拒否していただきたい。
でないと、湯船の中で鼻血を出して倒れるだろう。
そういえば、「ごっちゃ」で思い出したが、先日あるスーパーの惣菜売り場で“ごった煮”と表示された、おでん様のものが売られていた。
わからんでもないが、“ごった煮”と正々堂々書かれると、なんか購買意欲が冷めてしまう。
「石の花」でプロコフィエフは「ロメオ~」や「シンデレラ」以上に民族色を強めている。もちろん原作のせいもあるのだろうが、作曲したころにまたまたリアリズム批判を受けたことが大きい。
なお、この作品はプロコフィエフの生前に演奏されることはなく終わった。
全4幕から成るが、ここでは抜粋盤(7曲)を(私は全曲を聴いたことがない)。
N.ヤルヴィ指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏。
1992録音。シャンドス。
あの「十月革命20周年カンタータ」とのカップリング。
石の花じゃないが、今年植えた芽キャベツは結局1個の収穫もなく終わった。
肥料をあまりやらなかったこと、農薬をかけなかったことによる食害が原因だろう。
わかりにくいかもしれないが、ブルーベリーくらいの大きさの“芽”のまま石のように固まってしまった。
なんつーか、ただただアオムシを養殖してやった感じだ。
農薬をかけなかったのは、たまたまアブラナ科植物に薬害が出るといわれるスミチオンしか手元になかったからで、無農薬栽培に目覚めたわけでは、全然ない。
来年はマラソン乳剤をバンバンかけてやる!
村上春樹氏、例年のごとく騒がれていたけど、ノーベル賞はとれなかったですね。
勝手に騒がれるの、嫌でしょうね、本人は。
同感です!変な盛り上がりですね。マスコミもバッカみたいです。