a49dc7d9.jpg  いけないことだとわかってはいるが、先日飲んだ帰り道、やってしまった、私は。
 どうも空腹でしょうがないような気がして-考えてみるに、居酒屋ではたいして食べなかったのは事実だ-コンビニに寄った。

 このときは温かいソバが無性に食べたかった。

 ほらほら、私のために並んで待っているではないか!レンジで温めるソバが。これってホントに便利で、なかなか美味しい。

 おや、2種類ある。

 1つはかき揚、もう1つは山菜そば。
 私が山菜ソバを選択する可能性はほとんどない。
 この日も本能の赴くままにかき揚ソバを買った。

 家に帰ってレンジに入れて、ネギやらかき揚がのってい中蓋をとって500Wで3分30秒。

 ピー、ピー、ピーという音が、予想通り3分30秒後に鳴り渡り、私はやけどに気をつけるようにとの注意書きに忠実に従って丁寧に取り出し、トッピングを乗せた。

 最初の一口分を箸で持ち上げたときに、私は驚愕の事実を突き付けられた。
 ツユにまみれているが、この麺はソバではなく、明らかに白いうどんだ。
 ゴミ袋に中に捨てられクシャおじさんの顔のようになっている包装フィルムを、ヌリカベのように広げて品名を確認すると……おやおや、ちゃんとかき揚うどんってかいてるじゃあないの!

 ソバが食べたかったのに……。
 なのに、なのに白いウドン。強引に略せばシロン。

 にしても、買う時になにをとち狂ったのか!?
 さらに、中蓋を外した時になぜ気づかなかったのか?(そこで気づいたところで先へ進むしかないが)。やれやれである。
 ウドンはウドンで、美味しかったけどね……

 C.P.E.バッハ(Carl Philipp Emanuel Bach 1714-1788 ドイツ)の「6つのソナタ」Wq.63。副題は「正しい鍵盤楽器のための試論(Zu Versuche uber die wahre Art das Clavier zu spielen)」Wq.63(Wq.はヴォトケーヌ(ヴォトケンヌ)による作品目録(1905出版/1955改訂)の番号)。

 「6つのソナタ」H.70~75(1753)と「6つの新しいソナティナ」H.292~297(1786)の12曲から成る。なお、H.はヘルムによる作品目録(1989出版)の番号である。

 ずいぶんと仰々しい副題がついてるが、もっとわかりやすく訳せば「正しいクラヴィーア奏法の試み」である。で、これ実は教本の名前。世界三大クラヴィーア教本の一つに数えられる歴史的名著なんだそうだ。この本に載っている練習用の作品がこの12曲である。

 「6つのソナタ(6 Sonaten)」は18曲の練習曲を3曲ずつまとめて6曲のソナタとみなしている。また、「6つの新しいソナティナ(6 Sonatine nuove)」は第3版(1786)の際に初心者のために加えられたもので各曲とも単一楽章から成る。

 ソナティナの方は6曲合せて11分ほどのもの。ソナタは短いもので6分強、長いものではこの時代にしては長大で14分弱にも及ぶ。

 バロック期と古典派の中間の時代に書かれたこの曲、なんだか去勢された少年のような、あるいは声変わりしていないオッサンのような、どっちつかずのやじろべえ的魅力がある(私が去勢男子や声変わりをしていないオッサンが好きだという意味ではない。誤解のないように。そもそもそういう人に会ったことないし)。
 練習曲と甘く見ちゃいけない、なかなか聴かせてくれる作品だ。

d4321bd3.jpg  ホグウッドのクラヴィコードによる演奏を。
 クラヴィコードは鍵の奥に取り付けられた金属の小片が弦をたたいて発音する矩形の鍵盤楽器。チェンバロともピアノとも違う、独特の音を持つ。

 この演奏で圧巻なのはソナタ第6番の第1楽章。
 激しいなんてもんじゃない。鍵か何かがぶつかる音が生々しい。
 1980録音。オワゾリール。
 なお、先にソナティナが、そのあとにソナタが収録されている。
 
 ウドンといえば、村上春樹の「辺境・近境」(新潮文庫)の中の「讃岐・超ディープうどん紀行」は実に面白い。
 が、安くて美味しくても、私はもっと落ち着いた環境でうどんをすすりたい。

 昨日は14時過ぎに仕事を終えて帰宅。
 帰宅後すぐに車のタイヤをスタッドレスに交換。
 昨シーズン新たに購入したブリジストンのアイスパートナーだが、確かにお店の人が勧めてくれただけあって、制動力としては安価な割に運転していてヒヤっとしたことは一度もなかった(今年の春に同じ店に夏タイヤを購入しに行った際、「アイスパートナー、なかなか良いです」と言ったら、その整備員さんは「だって、ブリジストンですもん」と答えた)。

 そのあと近ごろずり落ちやすくなっていたメガネの調整をしに行き、帰って来たらもう晩酌をしなきゃならない時刻になってしまっていた。
 明日はもう月曜だ。