2ced5eb0.jpg  何がどう作用するのかわからないが、ちょっとした道外出張でも戻ってくると、あぁこの曲は北海道の風土にマッチするなぁという曲がある。

 たとえば、今週(先週といった方が正しいのか?)はたった2泊の東京出張だったのに、かすかにホームシック、北海シックになり、帰りの飛行機ではボロディンを聴いてきた。サービスのオニオンスープも飲んだ。

 なぜか?
 聴きたくなったんだもん。
 理屈ではわからないが、北欧やロシア、北海道で生まれた楽曲に、私は総じて郷愁をおぼえるのだ。ただ、ロシアはロシアでも、チャイコフスキーの作品はそうでもない。西欧化されているからか、あるいは私がホモじゃないからだろう。

 ボロディンが好きだ。
 好きな作曲家はたくさんいるが、ボロディンも好きだ。
 残念なのは、彼が残した作品がごく少数だということだ。
 音符を書くのは趣味で、化学式を書くのが本業だったから仕方ないが、でもとても残念だ。

 ボロディン(Alexander Borodin 1833-87 ロシア)の交響曲第2番は間違いなく傑作だ。
 メロディーの魅力、抒情性、力感……。
 それは★がいくつか与えられたフランス料理店や割烹なんかで出される、洗練されてはいるが本当に旨いのかよーわからん料理じゃなく、田舎料理とかあるいはB級グルメのような人間の魂の根源を揺さぶるものだ。

 そして、第2番には及ばないかもしれないが、交響曲第1番変ホ長調(1862-67)だってもっともっと広く聴かれる価値がある作品だ。

 この曲にはシューマンの影響が表れていると言われる。そこんとこは私にはよくわからないが、2番よりヨーロッパ的な響きではある。

 この交響曲は習作のようにみなされている傾向があるが、どうしてどうして、本格化はしてないかもしれないが、持っているパワーはまぎれもなくロシア国民楽派のものであり、美しいメロディーとズンズンくる力感は、酢酸イオンが水素イオンを捕らえるがごとく心を捉える。ロシア国民楽派でもこれはボロディンでなければ生み出せなかったものだ。

 第2番との人気の差は、散漫な印象があることか?最初の交響曲ということで、いろいろな要素を整理しきれなかったのかもしれない。
 あと、個人的には大太鼓とシンバルが用いられてないことか……(←半分冗談。半分本気)。

 第1楽章の最初に現れる陰鬱でもの悲しいメロディーが、一転して明るく無邪気に跳ねまわるこの変貌。この部分からして私の右心房を刺激する。
 ここからは曲が終わるまで、ずっと心地よく過ごすことができちゃうってわけ。
 
 エルムレル指揮ボリショイ劇場管弦楽団の演奏で。
 いやぁ、正直なところ、エルムレルってまぁバレエなんかではいい味出す指揮者だよな、くらいに思っていたが、このボロディンの交響曲集の演奏は恐れ入った!上品さと土俗さのバランスが見事だ。

 2000年録音。ブリリアント・クラシックス。

 先週の木曜日、何年かぶりに秋葉原に行った。
 すっかり街が変貌しているのに驚き、とまどった。
 いやぁ、迷いそうになったわい。
 ラジオ会館がなくなっていたし、その代わりというか、隣接する場所には「大人のデパート」ってのができていたし。
 昔は秋葉原にあるデパートっていったら、秋葉原デパートだったのにな。
 あそこの2階で何回かカツカレーを食べたことがあったな……