b001e695.jpg  さすがに1日に1枚か2枚しか届かなくなった。
 年賀状の話だ。
 そろそろこのダラダラ感にも終止符が打たれるのだ。

 このように残尿感のように届く年賀状の相手は2つに分類できる。

 1つは、去年こちらからは出さなかったものの相手からは来たために、年明けにあわてて返信年賀状を出し、さらに今年は元日に届くように書いた相手。相手側からしてみれば、今年の発送リストから私の名は削除されていたのだろう。

 もう1つは、相手はもうあいつには出すのをやめようと私を切り捨てたものの、私からは来てしまったために余った年賀状を出しておこうということで、届いたものだ。

 お互い、出すべきか、いやもうやめていいんじゃないだろうかと迷っているわけだ。年末からの神経戦である。
 が、思い切らないとだめなんだよな……。

 そんななか今年は変わった年賀状が来た。
 A4サイズの封筒だった。差出人は大学時代の友人で、いまは本州で仕事に就いている。

 大学生のとき、私は仲間内のために毎週“かわら版”を書いていた。

 当時はワープロなる文明の利器はまだまだ普及しておらず、当然のことながら手書き。
 サイズも今ではとんとマイナーな存在になったB4サイズだった。

 どんなことが書かれているかというと、就職活動にあたっての有益な情報や試験対策について、あるいは時事問題に対する見解などはまったくなく、何曜日に誰それが学食でお茶をこぼしただの、あるいは講義中に眠ってしまい出席カードをよだれでべろべろにしただの、つまりは週刊実話をちょっと上品にしたようなものだった。

 封筒を開けると、その“かわら版”のコピーが入っていた。
 「懐かしいものが出て来たので送ります」という手紙が添えられていた。

 確かに懐かしい。が、あのころこんなおバカなことを書いていたのかと思うと、ヒジョーに恥ずかしい。ということで、まともに読むことはできなかった。

 私は高校時代の現国の成績はあまり良くなかったが(大学時代となると、現国という科目がなかったので成績を伸ばす機会を失った)、こんなときから文を書くのは好きだったらしい。らしい、というのは好きだったと宣言するほどはっきりした記憶がないからだ。

 好きなのにもかかわらず、文がまどろっこしい、あるいは言い回しがワンパターン、もしくは読みにくい、さらに文が一向に上手くならない、とどめに面白くない、といういくつかの欠点があるのは、ひとえに現国の成績が悪かったせいだろう。

 ところで、同じく大学時代の別の友人は、いつもこのブログを読んでいると毎年年賀状に書いてきてくれる。
 ありがたいことだ。
 彼も本州に勤務しているが、きっと急にアップされなくなったら私が死んだか、死んではいないまでも未払いで通信回線を止められたということぐらいは瞬時に察してくれるだろう。

 そんなわけで、気を遣ってくれる友人に感謝し、タイケ(Carl Taike 1864-1922 ドイツ)の「旧友(Alte Kameraden)」(1886)。
 タイケの作品中最も有名な行進曲であり、またドイツで生まれた行進曲の中でもとりわけ有名である。

 タイケは陸軍に楽隊員として入隊したが、作曲を始めたあとは作品が上官に認められなかったことから軍を退職、警察官に転職したという。
 軍-南ドイツ・ウルム駐屯歩兵第127「カール王」連隊-を去るときに、温かく送り出してくれた同僚に感謝する気持ちを込めて、タイケはこの行進曲に「旧友」と名づけたそうだ。
 ひどい上官に優しい同僚。こういう短い行進曲にもドラマが込められているのね……

 録音は古いが、シュテファン大佐指揮ドイツ連邦軍司令部軍楽隊の演奏を。
 1958-60録音。フィリップス。

 このCDには全部で20曲のマーチが収められているが(タイトルを見ればわかるか……)、タイケの作品としては「旧友」の次に有名な行進曲「ツェッペリン伯(Graf Zeppelin)」(別名「征服者(Conqueror)」)を聴くことができる。

 さて、寒いからタイツをはこう。私、体毛(タイケじゃなくタイモウ)少ないし(毛深くないって意味です。髪はきちんとあります)。