e54a34b2.jpg  おととい、つまり函館出張から帰ってきた日。

 予定では、飛行機が新千歳空港に着いたあと乗り換えのJRの発車時刻までには1時間あった。
 また、札幌に戻るSFさんも、2時からの会議に間に合えばよいというこおとで、やはり1時間後の列車で間に合う計算だった。

 だから「お昼ご飯は3人仲良く空港の中で食べましょうね」と、乙女のように誓い合い、夢膨らませていた。

 ところが函館空港に着くと、出発遅れの案内。

 私たちが乗るのは新千歳からの折り返し便。その機体が新千歳をまだ離陸していないという。あまりのショックに言い訳を聞きそびれたが、たぶん雪のせいだろう。

 それでも出発の遅れは15分で、まあ余裕はあった。

 それが、ありがちな話どおり、さらに遅れは拡大。

 空港に着いたら駅までダッシュしなきゃ乗り継げないかも、という危機的状況となった。
 遅れ拡大のアナウンスを耳にした私たちは、若くてハンサムな担任の先生がブスで意地悪な養護教諭と恋仲だったことを知ってしまった女学生のように、困惑し悲しんだ。

 結局25分遅れで新千歳空港に着き、SFさんはそのまま札幌に向かった。
 私たちは地下の新千歳空港駅まで走らずに済んだものの、ジンギスカン定食はもちろんのこと、飲食店で食事をする余裕はなく、乗換駅の南千歳のホームで駅弁を買うことにした。

290b71e9.jpg  これは私にとって思いがけない幸運をもたらした。こういうのを怪我の功名って言うのだろうか。

 大学生のとき、私は群馬のK君たちと国鉄の急行に乗ってアポイ岳登山に向かった。
 心優しい私たちは、お花の写真を撮るサークルを作ったが、その撮影旅行である。

 あのとき、“急行えりも”に乗って途中の苫小牧駅に着いたときはちょうど昼どき。

 立ち売りのおじさんと目が合い、窓越しに買った“サーモン寿司”。これが抜群に美味しかった。

 この有名な駅弁は、“まるい弁当”というところが製造販売している。
 一時期新千歳空港駅でも買えたが、今やそこは佐藤水産の弁当にとって代わられ、“サーモン寿司”は苫小牧駅とここ南千歳駅でしか買えない。となると、購入する機会は奪われたようなものだ、私にとっては。

 「生魚が苦手と言ってるわりに、なぜサーモン寿司?幕の内の方がいいんじゃないの?」と私の行動に疑問を持ち、安否を気遣ってくれている読者もいるだろう。ホラ吹き野郎と誤解されている恐れもある。
 しかし、サーモン寿司のサーモンは生じゃない。スモークサーモンなのだ。それを特製のタレで仕込んでいるという。

 確かに幕の内も美味しそうだった。かなり。
 でも、この絶好の機会を逃したら、私は二度とサーモン寿司を口にできないかもしれない。

 「ここで売っているサーモン寿司が美味しいんだ」と、私は何十年も食べてないくせに、さも通のような口ぶりで日向山課長に教えてあげた。
 「そっすか!それは楽しみ」
 課長は大いに喜んだわけじゃないが、そこそこのリアクションをしてくれた。

 昔の公衆電話ボックスを2倍くらいの広さにしたような箱の中で、おばさんが座っていた。
 つまり、そこが駅弁販売所。
 もちろん私はサーモン寿司を買った。700円だ。

 続いて日向山課長が「アタシもサーモン寿司」と言った。

 おばさんは「今ので売り切れです」と申し訳なさそうに答えた。
 私は弁当を持つ手に一層力を入れて言った。「残念だったね。別なのにすれば?」

 「そっすね」と幸い日向山課長はそんなに残念がることはなかった。そして「じゃあ、イクラ弁当!」と言い、1000円札を出した。
 が、それは1100円だった。
 本人は1000円以上するとは予想だにしてなかったのだ。
 私はちょっぴりすまない気もあったので、ポケットから100円を出してそれに足した。日向山課長はとっても恐縮していた。いいの、いいの。イクラを賞味してね。それとイクラ弁当を買う時はいくらか確認してね。

 飛行機が遅れて焦ったわりに、南千歳駅のホームに降り立ったのは乗り換えの特急が来る30分前。
 乗った飛行機がターミナルビル近くに駐機して早く行動できたのが勝因だった(バスでのお迎えなので、遠いところに停められるとやたら時間がかかる)。

 ホームの、やはりガラスで四方を囲まれた新生児室のような待合所で、私たちは弁当を食べた。列車の椅子に座ってからゆっくりと、なんて言ってると、夕飯のときになっても腹がすかないからだ。

 サーモン寿司は冷えて硬くなっていたけれど、でも口に含むと青春の味がした。鮭で青春ってのも妙だが……。
 特製タレ味のサーモンは、私の舌をしびれさせた。あぁ恍惚(エクシタシー)……

 スクリャービン(Alexander Scriabin 1872-1915 ロシア)の交響曲第4番Op.54「法悦の詩(Le Poeme de l'extase/The Poem of Ecstasy)」(1908)。

 この作品についてはここでも書いているが、要はその名のとおりエクスタシーを音楽で表現したものだ。が、それは性的、宗教的な絶頂であり、食べ物のこととは関係ない。

 今日はペシュク/チェコ・フィルの演奏。これ、あまりエロエロしていない。真面目に取り組んでいるのはわかるが、「えっ、なに?ものたりなぁ~い」ってお叱りを受けそう。マゼールとかストコフスキーのような、イヤァ~ン度は低いと言えよう。
 今回のケースに当てはめるなら、ご飯が冷え切っていなかったらもっとス・ゴ・カ・ッ・タのにぃ~、っていう感じだ。
 音はきれいで、大編成のオケの響きもきちんと聴き取れる。

 1985録音。スプラフォン。 



6f289a13.jpg  今回の行き来で浅田次郎の「プリズンホテル」(集英社文庫)の最終巻「4 春」を読み終えた。

 義母の富江は心の底から喜んだ。孝之介が文壇最高の権威「日本文芸大賞」の候補になったというのだ。これでもう思い残すことはない……。忽然と姿を消した富江。その行方を気に病みながらも、孝之介たちは選考結果を待つべく「プリズンホテル」へ。果たして結果はいかに? 懲役五十二年の老博徒や演劇母娘など、珍客揃いの温泉宿で、またしても巻き起こる大騒動。笑って泣ける感動の大団円。

 この小説の初出は1995~96年、“週刊アサヒ芸能”でだが、第4巻に“……見ましたか、『朝までテレビ』の論争でさー、大島ナギサに飛び蹴りくれちゃって、猪瀬ナオキの首しめてよー、しまいにゃ舛添先生にバックドロップ決めちまったでやんの”って下りがある。

 おぉ、イノセナオキ!

 このころ、猪瀬直樹氏は「日本の研究」という本で文藝春秋読者賞を受賞した。だから、小説の主人公・木戸孝之介が賞をとるかどうかっていう場面で、氏の名前が登場したのだろう。

 私はちっとも知らんかったが、いのせなおき氏ってそんな前から有名な人だったんですね。

 そういえば、日向山課長、バクバクとイクラ弁当を食べてたけど、感想は言ってなかったな……。ちゃんと味わわなかったのかな?