バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)の「フーガの技法(Die Kunst der Fuge)」BWV.1080(1745-50/51刊)は、いろんな謎をもった作品だ。
ただでさえかわいげのない曲なのに、この謎のせいで一層敷居が高くなっている。
多くの人に広く愛好されるなんてもってのほか、みたいなオーラも発散している。
まずいちばんの謎は、自筆譜と最初に出版された楽譜(初版)とで曲順が違うこと。
写真はベーレンライター版スコア(音楽之友社刊。現在は入手困難。廃刊?)にある、自筆譜と初版、そしてその後のいくつかの版に収録されている曲と曲順が載っているページ。
この書き方がまた決して親切っぽくないが、とにかくこのような違いがある。
初版にあるのは、異稿とa,bの2曲からなるものを1つと数えると、「コラール」も含め20曲。
その各曲を初版の配列順に記すと、次のとおりとなる(カッコ内はバッハの手稿の番号)。
1.(Ⅰ) 原型主題による単純フーガ(4声)
2.(Ⅲ) 原型主題による単純フーガ(4声)
3.(Ⅱ) 転回主題による単純フーガ(4声)
4.(-) 転回主題による単純フーガ(4声)
5.(Ⅳ) 変形主題とその転回に基づく1種類の時価による反行フーガ(4声)
6.(Ⅶ) 変形主題とその転回に基づく2種類の時価による反行フーガ(4声)
7.(Ⅷ) 変形主題とその転回に基づく3種類の時価による反行フーガ(4声)
8.(Ⅹ) 2つの新主題と変形主要主題による三重フーガ(3声)
9.(Ⅴ) 新主題と主要主題による二重フーガ(4声)
10.(Ⅵ*) 新主題と変形主要主題による二重フーガ(4声)
*) 第1~11小節を欠く短縮稿(10a)
11.(ⅩⅠ) 2つ(3つ)の新主題と変形主要主題による三重(四重)フーガ(4声)
12(a,b*).(ⅩⅢ) 主題の変形による投影フーガ(4声)
*) 手稿ではaとbの2つのフーガが上下に書かれている。
初版では左右に並列され、順序が逆になっている。
13(a,b*).(ⅩⅣ) 変形主題とその転回による投影フーガ(4声)
*) 手稿ではaとbの2つのフーガが上下に書かれている。
初版では左右に並列されている。
(10a. 初版では14番目に収録されている10番の異稿(Ⅵ)。)
14.(ⅩⅤ) 反行と拡大によるカノン(2声)
14a.(ⅩⅡ) 反行と拡大によるカノンの異稿(2声)
15.(Ⅸ) 8度のカノン(2声)
16.(-) 10度のカノン(2声)
17.(-) 12度のカノン(2声)
19(a,b).(ⅩⅥ) 変形主題とその転回による2つのクラヴィアのための投影フーガ(13番の異形。2声)
18.(ⅩⅦ) 3つの新主題(第3主題はB-A-C-H)による未完フーガ(4声)
コラール* オルガン・コラール「汝の玉座の前に今や歩み寄り」
*) 口述筆記として不完全な形で現存。
元来「フーガの技法」に属するものではない。 初版では、19番目と18番目が逆になっているが、第19曲は第13曲(a,bの2曲)の異稿。なぜ第13曲にだけ2台のクラヴィア用の異稿が存在しているのも謎。
そして第18曲は未完だが、初版では筆が絶たれる三重フーガの最後のB-A-C-Hの旋律に入らずに、もともとは「フーガの技法」とは関係のないコラールが置かれる。これまた謎。
バッハの深読み研究家・プラウチュによれば、1~18のフーガやカノンは“詩編”のはじめの18篇を音楽的に解釈したのだという。初版に印刷された挿絵がそれを示しているというのだが、詳しくは礒山雅氏の「J.S.バッハ」(講談社現代新書)をご覧になっていただきたい。
第18曲の未完のフーガは、そこでバッハが休止して絶筆となったわけではない。
しかし、突然音楽が断たれ、聴き手が静寂の中に放り出されるところは何度体験しても衝撃的だ。だから、マゾじゃないが、私はこのB-A-C-Hで終わる演奏が断然好きだ。
コレギウム・アウレウムの演奏は、録音は古くなったがその刺激はいまだに色あせていない。
収録曲は初版に従っているが、第13曲のあとにクラヴィアによる異稿が演奏されているため、全19曲である。
そして、最後は第18曲。9分ほど音楽が進んだところで突然幕が下ろされる。
ん~、ゾクゾクぅっ!
1962録音。ドイツ・ハルモニア・ムンディ。