c41c7994.jpg  木曜日。

 朝、目にした今日の星座占い。私の全体運は第12位。しかし、コメントは「今日は思わずガッツポーズを取りたくなるようなラッキーデー」。

 ワケわかんない……。

 へんなところで気遣いしてくれなくていい。言ってることが破たんしている。

 いつもと同じ時刻に家を出て、会社へ向かって歩く。

 クラクションの音がした。そちらを見ると、私の歩行速度よりも遅いくらいのスピードでタラタラ走っている車があった。明らかに車の流れを阻害している。後ろに続くタクシーから鳴らされたのだ。

 若葉マークをつけていた。
 が、それだけではなかった。運転席を見るとドライバーは晩年のクレンペラーみたいな顔をしたじいさんだった。

 私は悩んだ。

 この場合、もみじマークを付けるべきじゃないのだろうか?
 それとも両方か?
 あのじいさん、ほんとうに免許とりたてだったのだろうか?
 それとも若葉ともみじの区別もつかないくらいモーロクしていたのだろうか?
 だとしたら、末期的である。
 悲劇的なことが起こる前に、運転するのやめなさいと私は心で叫んだ。ホント、悪いこと言わないから……

 会社に着き、いつものような1日が始まった。
 そして、いつものように昼になった。

 私は河西さん、ヤマダ課長、阿古屋係長と一緒にラーメン屋に行った。

 ここのランチ・サービスはすばらしい。
 ラーメン単品の値段は650円だが、70円プラスのセットにすると、小皿のおかずと小ライスがついてくる。この日のおかずは豚肉のショウガ焼きだった。

 わかってる。人間ドックが近いことは、十分わかっている。
 が、ここでセットを頼まない方が非常識と言えないだろうか?たとえ健康概念が欠如していようとも、私にはしっかりとした経済観念が(ミクロ的だが)備わっているのだ。
 で、頼んだ。セットを。私もヤマダ課長も、私,too。

 でも、河西さんは謀反を起こした。
 タンタン麺の単品にしたのだ。
 が、河西さんを非難することは間違いである。というのも、タンタン麺の方が、単品でも私たちのセットより100円以上高かったわけだから。

 「おいしかったね」「うん、満足したね」「おなかい~っぱい」などと話しながら、私たちは社に戻った。
 が、その途中、2車線のセンター側を走っていた車がいきなり左折したのを目撃した。
 今度のドライバーは性別が瞬時に判別できないくらいのばあさんだった。
 斜め左後方を走行していた車のドライバー ― 品の良さそうな30過ぎくらいの奥様風の女性 ― はユヅルくんの得点が発表されたときに横にいた女性コーチのような驚きの顔をしていた。幸い接触はしなかったが、かわいそうに、奥さまはひどい目に遭ったものだ。

 が、その10数分後、私がひどい目に遭うことになる。

 《ふぅ。今日もちょっと食べ過ぎたかな。でもな、あれでラーメンだけって絶対心残りになるしなあ。
 おっ、あと5分で休みも終わりか。
 ちょっと口の中がネギネギしてるからガムでも食べておくか。
 クチャクチャクチャ……グギ、ゴゴ、ガキン……
 ……な、な、な、何が起きたんだ???》

 その時私は、口の中でガムが超常現象で急硬化反応を起こしたのでは、と思った。
 その直後には、事情はわからないにせよ口の粘膜の岩盤崩落が起きたと思った。
 慌ててガムを出すと、そこにはプラチナの塊が……ではなく、銀色に輝く冠に覆われた歯が!
 さし歯が土台から脱落したのだ。冠だけじゃなく、もとからとれた。
 現場は右上奥。崩落個所は歯3本分に及び、崩落した土砂、いや歯は3本が冠で連結されたものだった。若干の出血も、なぜかあった。

 どーしよー。
 これから出張に行かなければならないというのに。
 どーしよー。
 これがダメになったら、もう土台の歯も弱ってるので治せませんよと、ずっと前に宣告されていたのに。

 あぁ、占いは成就してしてしまった。
 あぁ、ガムなんて買うんじゃなかった。

 今朝コンビニでガムを買ったあと、イヤホンの片側のパッドが無くなっていて、焦って見渡すと隣のレジで会計している若い女性の足元に落ちていて、痴漢と思われないように拾うのが大変だったことを思い出した。 
 あのときから、「思わずガッツポーズを取りたくなる」不幸は始まっていたのだ。

 が、もう時間がない。とにかく出張に行かなければ。
 私は風通しがよくなった状態で、会社を出た(続く)。
 
 ショルティ/シカゴ響によるマーラー(Gustav Mahler 1860-1911 オーストリア)の交響曲第6番イ短調「悲劇的(Tragische)」(1903-05/改訂'06。その後たびたび管弦楽配置を変更)。

 この録音、エアチェックできる可能性が見通せないために、LPを購入。たぶん初めて耳にしたショルティ/シカゴ響の演奏だったと思う。

 私にとって交響曲第6番は、第1番、「大地の歌」に続く、3曲目に知ったのマーラー作品だった。

 というのも、N響が第6番を定期演奏会で取り上げ、それがTVで放映された。
 もちろん印象的だったのは終楽章で振り下ろされるハンマー。
 その半年後くらいにやっと購入できたLPがショルティ盤だった。玉光堂のオーロラタウン店で買った。

 楽曲はもちろん、音の良さに驚いた(そのころはレコードプレーヤーで聴いていたのだが)。
 冒頭のコントラバスの重低音、締まったティンパニの音……。鋭い切れ味に炸裂するサウンド。

 これで私はショルティの信奉者になってしまったのだった。
 後年、就職試験のある面接で「尊敬する人物は?」と聞かれたときには「小澤征爾さんです」って答えたけど……。だって「ショルティです」って言ったところで理解していただけると思います?

 当時この作品の推薦盤としてあがっていたのは、セル/クリーヴランド管、クーベリック/バイエルン放送響といったものだったが、偶然にもショルティ盤が店にあったことが、私のその後の好みを決定づけた。

 いまでも、この第6番(そして先日取り上げた第7番。さらには第5、第8、第9、「大地の歌」)の録音を聴くと、これまでいろいろすばらしい演奏のCDが出ているのに、やっぱり絶対に捨てがたい魅力を感じる。

 あのLPのジャケット写真 もかっこよかった。

 1970録音。デッカ。