601ab93e.jpg  いまさらながらとしか言いようがないが、「終わらざる夏」の次に読んだ浅田次郎作品は「鉄道員(ぽっぽや)」(集英社文庫。表題作ほか全8篇の短編集)。

 巷で言われているように私も涙した、ってことはなかった。

 「鉄道員」の舞台は北海道。国鉄、そしてその後のJR北海道の、たぶん名寄あたりを起点とする支線の終着駅に勤める老駅長の話である。

 この中で以下のようなくだりがある。

 国鉄が分割民営化されたとき、全国のJRはみな同じような社名を名乗った。だが、北海道のそれに、「鉃」という奇妙な文字が採用されたことは余り知られていない。「鉄道」ではなく「鉃道」なのだ。
 多くの赤字路線を抱え、はなから困難な経営を強いられたJR北海道は、縁起をかつぐというよりむしろ祈りをこめて、「金を失う」と書く「鉄」の字を避けたのだった。「鉃道」 ― なんとも据わりの悪い字ではある。


 みなさんはこのことをご存じだったろうか?
 私は知っていたような気がする。「そうだったのか!」ではなく「聞いたことあるな」と思ったので……。たぶん、新聞か何かで読んだんじゃなかろうか?
 でも、「鉄道員」を読むまでそのことは忘れていた。失われた記憶……

 そんな祈りを込めた社名だったのに、JR北海道はめちゃめちゃの状態になってしまった。金を失うどころか……

 JR北海道の車内誌に載っている、JR北海道グループの広告である。
 ほらね、先が出てないでしょ?“失”じゃなくて“矢”でしょ?

 そういえば、JR北海道では枕木をコンクリート製のものに急ピッチで交換していくらしいけど、となると古い枕木は大放出されるのかな?安けりゃガーデニングでもっと使うんだけど。

 あんまり関係ないけど(そして、決して皮肉なんかじゃなく)、チャイコフスキー(Pytr Il'ich Tchaikovsky 1840-93 ロシア)の交響曲第6番ロ短調Op.74「悲愴(Pathetisvh)」Op.74(1893)。

 作品についてはこちらをご覧いただければと思うが、今日ご紹介するのはバーンスタイン/ニューヨーク・フィルの演奏。

 このシンフォニー、有名なのに自分の好みに合う演奏となるとなかなか探すのがたいへん。帯に短したすきに長し、なんてふだん使わない言葉をつぶやいてしまったりする。

feb9231f.jpg  チャイコフスキーなんだからやっぱりロシア(ソヴィエト)の演奏家によるものがいいんじゃないかと思いがちだが、たとえば昔から定評のあるムラヴィンスキー/レニングラード・フィルの録音は、どうも私にはしっくりこない。

 「悲愴」というタイトルにこだわる気はあまりないが、演奏がどの程度おセンチかという部分で好みが決まるんじゃないかと思う。

 で、バーンスタイン/NYPが「悲愴」(あるいはチャイコフスキー)という組み合わせはなんだかミスマッチのような気がするが、彼らしいドラマティック(一歩間違えれば“くさい”)演奏。
 第1楽章もやや遅め(たっぷりと歌う)が、なんといっても第4楽章。通常は11分ほどの演奏時間だが、バーンスタインのこれは17分もかかっている。
 それだけみても、正統的というか一般的というかまともな演奏ではなく、典型的な名演とは言えない。もう老牛の歩み。止まる寸前、倒れ込みそう。

 しかし、この遅さながらも弛緩してると感じさせないのは、迫真の演技、いや演奏ゆえに違いない。
 私は、たとえばムラヴィンスキーの規律正しき冷徹軍隊風アプローチよりも、対極にあるこちらの方がはるかに好きだ。私自身は、そんなに感情どっぷりのものは好まないはずなんだけど、なんか変だな……

 1986録音。グラモフォン。
 
 最晩年のベートーヴェンの7番のテンポと同様、このころもうバーンスタインの体調もけっこうすぐれなかったのかもしれない。
 いつまで振れるかわからない。だからゆっくりと噛みしめるように……。
 って、でも、指定の速度を守ることは、やっぱり大事なことなんじゃないかとは思う。

 追加報告
 昨日、札幌でずぅ~とかかっている歯科医院の担当衛生士さんと電話で話すことができた。現在私が置かれている状況では、やはり治療に回数と期間を要するだろうということで、こちらの歯科医院で治療する方が良いというアドバイスをいただいた。
 ありがとうございます。
 そうさせていただきます。
 歯医者さん検索をしなきゃ。社の女性社員が自分が通っている良い歯医者があると教えてくれたが、それはセンセーがハンサムだからという理由だった。突き詰めていくと……
 でも、ハンサム同士が顔を近づけることはあまりにもビューティフル・シーンになっちゃうから、そこに行くのはやめようと思う。