“レコード芸術”の今年の1月号。
“海外盤REVIEW”の記事の中で、長木誠司氏は書いている。
シャイーとライプツィヒ・ゲヴァントハウスによるシリーズ。マーラーの交響曲第6番の映像も今日すでにいろいろあるが、現時点でいちばんお勧めなのはこれだろう。新校訂版による演奏で、第2楽章がアンダンテになっている。とにかくシャイーの指揮は緩急自在、楽器法のツボも押さえながら壮大なオペラのようにこの作品を演じていく。若返ったゲヴァントハウスの名手たちが、それに鋭敏に反応し、シャープだが熱血漢的なマーラーを繰り広げている。時空間をこれほど豊かに、隙間なく満たしてくれるマーラー演奏も映像もこれまでなかった。カメラもここ一番という箇所をけっしてはずさず、マーラー・ファンにとって必要かつ十分すぎるほどにとらえている。やってくれるなあという印象だ。
好んでいないのに悲劇に好かれる「悲劇的」好きの私としては、これは放っておくわけにはいかない。
さて、昨日私を襲った悲劇。
もう、この先どうしていこうかと思うようなものである。
せっかくタイヤも換えたことだし、天気も良いのでちょいとドライブに出かけた。
異変に気付いたのは、運転してしばらく経ってからだった。
フロントガラスの助手席側下部に縦に5cmほどの線が……
車を停め、外からそこを確かめる。
ヒビだった。
そこから触っても表面は異常がないが、中にヒビが入ったのだ。
心当たりは大いにある。iいや、心当たりどころか、確信的に。
ワイパー交換の時。
冬用のブレードをはずし夏用を装着しようとした際に、ブレードがついていない状態のワイパーの軸(?)を倒してしまい、フロントガラスにパシッっとぶつけてしまったのだ。
もちろんそのときも確認したのだが、薄暗かったせいかヒビはなかった。無事だと私はほっとした。
そしていま、春の力を帯びてきた陽光のもとで確かめると、ちょうどワイパーの金具がぶつかったところを中心に、放射状に何本かのヒビが走っていた。車内から見つけた縦のヒビは、それらのうちの1つに過ぎなかった。フロントガラスの下部、運転席からは見えないダッシュボードとの境目近くには、運転席側に向けて真横に10cmほどにも及ぶヒビも入っていた。
長年、1年に2回ワイパー交換をしてきたが、フロントガラスに倒してしまうなんてミスは初めてだったし、初犯でこんな被害が起こるとは思ってもみなかった。
ドライブの帰りにディーラーに行き見てもらうと、とどのつまり
① これからヒビは広がるだろう。
② ガラスを交換するしかない。
③ それもお高くて、純正品なら12万くらいかかる。
ということだった。対応してくれた方の、私に対する親切な笑顔と気の毒そうな同情の瞳の混合ワクチンが、私の失神をなんとか防いでくれた。
この車は生まれて今年で12年になる。
過去に何回か報告したように、ときどきエンジンが不整脈中の心臓のようになる。が、実によく走ってくれる。
去年の1月には追突されて、リア部分はそっくり交換修理したので少なくともそこは新品同様。
去年の夏の車検では、もう10万km超えということでタイミングベルトも交換した。ベルトだけで8万円ぐらいしたはずだ。
新しい夏タイヤを買ったのも去年の春のことだ。
来年の車検をめどに、買い換えようかと漠然と考えていたが、私の作業ミスは「いまフロントガラスを交換し、心臓の状態に懸念はあるものの、もう3年ほど乗り続ける」か、「リアやベルトやタイヤに投資したばかりで後ろ髪を引かれる思いだし、消費税も上がったばかりな上、たとえ税率が引き上げられなかったとしても現実的には資金も乏しいが、今後エンジンやサスなどの修理が必要になる可能性もあることだし、ここでガラスに追加投資するのではなく、買い換えを前倒しするか」という、極めて切羽詰まった判断をせざるを得ない状況になった。ほんの1回の「パシッ」が、こんな重大な局面を招いてしまったのだ。
妻には、「人間は一瞬のミスで大ケガをすることだってある。そういう意味では、今回は不幸中の幸いだった」と、ワケのわからない説得を試みたが、どう考えたって納得してはいないだろう。
そんなわけで、マーラー(Gustav Mahler 1860-1911 オーストリア)の交響曲第6番イ短調「悲劇的(Tragische)」(1903-05/改訂'06。その後たびたび管弦楽配置を変更)。
もちろん、シャイー/LGOのDVDを(ここまできて他のを取り上げたら、私の人間性が疑われる)。
先の長木誠司氏の文だけでもヒビ、いや、このディスクを放っておくわけにはいかないという気持ち100%になったが、さらに発売元のこんなコメントが。
ハンマー打撃にカウベル、ヘルデングロッケンみどころ&聴きどころ満載の「悲劇的」。
ライプツィヒ出身で現代アートの第一人者ネオ・ラウフ[1960-]による絵画をあしらったジャケット・デザインもおなじみとなりつつある、リッカルド・シャイー指揮ゲヴァントハウス管弦楽団によるマーラーの交響曲シリーズの最新映像。第6交響曲は2012年9月にゲヴァントハウスでおこなわれたコンサートの模様をライヴ収録したもの。(―中略―)なお、マーラーが作曲当時にリヒャルト・シュぺヒトに宛てた手紙のフレーズをタイトルに冠したボーナス映像には、国際マーラー協会による第6交響曲1998年改訂版の校訂に携わったクービクを迎えてシャイーがおこなったパネル・ディスカッションの模様を収録しています。
こうなると、観ない奴は馬鹿だって言われるような気がしてくるわけ。
で、演奏だが確かにすばらしい。
長木誠司さんの言うとおり。
演奏も画像も録音もチョーお薦め。
チョーキさんウソ言わない。書いてあることホントダッタよ!
発売元のコメントにもウソはないが、控えめなアピールだ。私が広告担当なら「悲劇の悪魔があんたに舞い降りる!」ぐらい訴えるだろう。
そして、映像。
生演奏だったら自分はここに目がいくだろうなってところを、かゆいところに手が届くようにカメラが追ってくれている。ステージを目の前にしている気分だ。
ティンパニのバチの使い分けもよくわかるし、ハープの音がこれほどはっきり聴こえるのもなかなかない。オペラやバレエ以外のDVDで、これほど満足したのは初めてだ。
2012年ライヴ。Accentus Music。