読後充実度 84ppm のお話

“OCNブログ人”で2014年6月まで7年間書いた記事をこちらに移行した「保存版」です。  いまは“新・読後充実度 84ppm のお話”として更新しています。左サイドバーの入口からのお越しをお待ちしております(当ブログもたまに更新しています)。  背景の写真は「とうや水の駅」の「TSUDOU」のミニオムライス。(記事にはアフィリエイト広告が含まれています)

2014年6月21日以前の記事中にある過去記事へのリンクはすでに死んでます。

ショスタコーヴィチ

いかにも中国らしいメロディーが節々に♪春節組曲他

e2979dc2.jpg  十勝の東側、豊頃という町に廃校を利用したショップがあるというので、このあいだ(といっても少し経ってしまったが)行ってみた。
 “とかるね”という名だ。

 行ってみて何があったかというと、雑貨屋と女性専用のマッサージサロンとカフェと骨董品屋だった。

 雑貨屋にあった木製のまな板に惹かれた。この上でチーズやパンを切ったらなんとなく雰囲気が出そうだ。しかし、価格は3000円もして、これを買ったらチーズやパンを買えなくなるし、なかなかずっしりしていて誤って足に落としたら骨折し、自分が骨董品になってしまっては困る。つまりはそういう逃避的理由づけをして我慢したのだった。

 雑貨屋は音楽室を使っていた。
ce42163a.jpg  残念ながら大作曲家の肖像画は飾られてなかった。が、もし夜中にここを1人で巡回しろと言われたら、私にはとてもできないと思った。やっぱり学校は怖い。肝を試す前に肝が縮む。実際の私は脂肪肝なわけで、少し縮んだ方がいいんだけど。

 骨董屋はいちばん奥にあった。
 かなりの数の昔のシャンデリアが天井から吊るしてあった。もちろん売り物である。私が感心したのは、その天井の丈夫さである。
 懐かしいものもあったが、私には骨董品を集める習慣がない。
 とにかく雑多な部屋だった。

 そんなわけで雑多な感じがする曲。

 香港生まれの李煥之(ファンジー リー Huan-Zhi Li 1919-  中国)の「春節組曲」(1955-56)から「序曲 ― 大秧歌」。

 春節というのは日本の旧正月。中国では最大の祭日。爆竹をバンバン鳴らしたり、とにかく大騒ぎ。
 そういうの、ニュースで見たことありますでしょ?

036d031e.jpg  「春節組曲」は4つの楽章からなり、各楽章は「序曲 ― 大秧歌」「情歌」「盤歌」「燈会」。
 第1楽章のにある秧歌とは、中国農村部の民間舞踊だそうだが、なんとも激しく派手でにぎやかである。

 いかにも中国って感じの音楽だが、最近の中国の態度はこうじゃなくなってきている。日本に対して。

 この中華音楽は芥川也寸志指揮新交響楽団の1987年のライヴで聴くことができる。
 
 もう1曲中国の作品が収められている。呉祖強(ウー ツーチャン Wu Tsu-Chiang 1927-  中国)の「二泉映月」である。この曲はもともと1970年代に華彦鈞が作った胡弓曲を原作なんだそう。

c2c453b0.jpg  胡弓の曲ってオーケストラ用にしてもやっぱり胡弓的なんだなって、聴いていてやや涙目になる(あくびをこらえるので)。
 呉祖強の作品では琵琶協奏曲「草原の小姉妹」を取り上げたことがあるが、ああいうこんな曲に心高ぶらせて、ボク良いのでしょうか?みたいな後ろめたい喜びは感じない。

 さらに、本来ならこれをメインに紹介すべきなのだろうが、ここにはショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の交響曲第4番ハ短調Op.43(1943)の日本初演の音源が収録されている。
 日本初演は1986年に芥川也寸志の指揮により、アマ・オケの新交響楽団が行なったのである。
 よくがんばったねと、褒めてあげたくなる演奏である。

 フォンテック。

46519685.jpg  春節で思い出した。
 先日、新聞に折り込まれていたチラシである。
 チラシといっても自ら“新聞”と名乗っている。
 セツセツ新聞?

 違う。

 ふしぶし新聞だそうだ。
 体の節々が痛む人への朗報が魅惑的に書かれている。

 以上である。

豚丼を出す喫茶店だってある世の中なのに…♪DSch/ミケ……

373b7e2c.jpg  木曜日、2か月前に支社の近くにオープンした店で昼食を食べた。

 ヤマダ課長と阿古屋係長と3人で、「さて、今日はどこに行こうか?」と当てもなく外へ出たのだが、はっきり言って本当に当てがなかった。
 係長が「長寿庵かざくろはどうですか?」と提案したが、長寿庵は魅力的なもののこの日の天狗がウチワを扇いだような強風では到着が大幅に遅れる恐れがあった。

 で、すごく前向きな気持ちではないものの“ざくろ”に向かい始めたのだが、そうだそこに店があるではないか!と行き先を変更したのだった。

 なぜ最初から目指さなかったのかというと、ヤマダ課長がオープン直後にそこに一度行っており、メニューが実に充実していなかったという苦い経験をしていたからだ。係長も行ったことがあるそうだが、そのときの印象がまったく残っていないようであった。

 が、「そこは未体験なの」という私に配慮してくれて、“ざくろ”ではなく、その店“ジェロ”(偽名)に決めた。

 “ざくろ”というのは居酒屋だが、ランチもやっている。なぜか夜利用したことはない。
 昼は、空気の缶詰のようにいつもすいている。
 昼のメニューは1種類しかない。そのものずばり“日替わり定食”だけ。しかも内容は一切開示されていない。出てくるまで秘密のベールに隠されている。

 「1つ」(1人の場合)とか「4つ」(4人の場合)とおばちゃんに言う。あとはどんなものが運ばれてくるかドキドキしながら待つしかない。大嫌いなおかずかもしれないし、そうでないかもしれない。が、大好物が出てくる予感がまったくしないのが不思議だ。

 数週間前に行ったときは、焼いた鮭の切り身にあんがかかったものだった。他にはホウレンソウのおひたし、大根の煮物など、畜肉は一切なし。
 私にとっては不満だったが、健康的なメニューであることは確か。
 寺に修行に来た気分でよく噛んで味わった。

 あのとき私は、なぜ“ざくろ”の母さんがその日のメニューをオープンにしていないのかのヒントを得た。あとから来店した3人組の客。彼らに日替わりが運ばれてきたとき、私が目撃したもの。それは、魚が私たちと同じ鮭ではなく、白身魚を焼いたものだったからだ。
 つまり前夜の食材の在庫一掃セールってわけね。

 さて、“ジェロ”に入る。
 客は1組(2人)のみ。
 
 「お好きなところにどうぞ」と女性店員(店員はその人1人。察するに店の奥さんだろう)に言われ、とはいっても3人バラバラでお好みの場所に座るのも変なので、4人掛けテーブルにまとまって座る。

 メニューを見る。
 パスタ3種類に牛すじカレーしかFOODはない。しかもいずれもなかなか上質なお値段。

 私は「ランチメニューはここにあるだけですか?」と一応問う?もしかすると日替わりランチなるものがあるかもしれないからだ。

 「えぇ、ウチはカフェですので」
 微笑みながらその店員が答えるが、目には「何か不満かい?」という威圧感があった。
 団扇加平?店主の名が?
 なんて、おちゃらける雰囲気は皆無だった。

 3人とも牛すじカレーにした。
 というか、育ち盛りの男の子にとって、これ以外の選択肢はなかった。

 味はまあまあだったが、コストパフォーマンスはよろしくない。インデアンカレーだったら2皿食べてもお釣りがくる。
 価格的に、そしてカフェと主張している点から、コーヒーもセットになっているんじゃないかと前向きに考えたが、その考えは無駄に終わった。

 店を出たあと、私たちは満たされない気持ちで社に戻った。
 特に私は、「あんたたちの来るようなとこじゃないのよ」という意味が込められているような、「ウチはカフェですので」という言葉に憤りを感じていた。しつこくも……

 ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の「ミケランジェロの詩による組曲(Suite on Verses by Michelangelo Buonarrotti)」Op.145a(1975)。バス独唱とオーケストラのための作品だが、前年の1974年に書かれたバス独唱とピアノのための同名作品Op.145の編曲版である。

 ミケランジェロは、ご存知のとおりルネサンス期の彫刻家だが、数多くの詩も残している。
 ショスタコーヴィチが用いたテキストは、A.エフロスがロシア語に訳したものである。

 次の11曲からなる。

  1. 真理
  2. 朝
  3. 愛
  4. 別れ
  5. 憤り
  6. ダンテ
  7. 放逐(追放)された者
  8. 創造
  9. 夜(対話)
 10. 死
 11. 不滅(不死)

 ショスタコ―ヴィチらしい暗さ、怖さ、もの悲しさ、屈折感といった気分に満ちた作品。そしてオーケストラはしばしばハッとするような美しさを放つ。
 最晩年の作ながらさほどポピュラーではないが、ショスタコのすべてが凝縮している。

 コチェルガのバス独唱、ユロフスキ指揮ケルンWDR交響楽団の演奏を。
 1996録音。ブリリアント・クラシックス(原盤カプリッチォ)。

 この日の夜。
 本社から2名の方が出張で来ていたので、夜をお供した。
 痔の手術の話やミセスロイドの話に花が咲いた(←さっぱり事情がわからないだろうが、今後それがネックになる危険性はまったくない。わからないままにしておいてよい)。

 場所は“夢想”(仮名)という居酒屋。料理も美味しく満足したが、トイレが男女共用で、しかも1つしかないのがネック。だって、一度行き出したら何度も行きたくなるうえ、すぐに切羽詰まるほどの状態になる私だから……

 ジェロ……もう行かない。

とやかく言わず今日はこれを食え!♪プレヴィンのDSch/Sym6

e5097707.jpg ・ 親子丼
 ・ 天ぷらソバ(ライス付)
 ・ 目玉焼きカレー&スープ
 ・ チキンカツ定食
 ・ チャーハン
 ・ 野菜炒め定食
 ・ カツ丼
 ・ 目玉焼き定食
 ・ かに玉丼

 これは職場の最寄にある“キッチンおひる”の最近の日替わりメニューである。
 冬以外、私がここを利用することはあまりない。単品メニューの充実していないラインナップと殺伐とした雰囲気のせいだ。
 しかし、冬は出歩くのが億劫だし、空腹のまま寒空の下を歩くと行き倒れになる可能性も高い。
 もちろん真夏の炎天下でも行き倒れになる可能性はあるが、倒れたあと雪の下に埋もれてしまって発見されるのが遅れる心配はない。
 いや、正直なことを言うと、冬場だって私の利用頻度は、“おひる”にとって優良顧客とは程遠いものだ。が、店の前を通ることが多いので日々貼り出されている日替わりのメニューを知ることはできる。

 日替わりの価格は520円(仮称)。
 じっくりご覧いただきたいのだが、いくつかの良心(もしくはいい加減さ)が伝わってこないだろうか?

 親子丼とカツ丼が同価格である。
 カツ丼がお得プライスと考えるべきか、親子丼が割高とみなすべきか……

 これらに対して目玉焼き定食というのはどう判断したら良いのだろう?
 ナゾー様のように、目玉が4個もあるのか?
 そんなわけはないだろう(この定食を目にしたことがないので常識的推測だが)。もしそうだったら豪華というよりも嫌がらせだ。あぁ、ナゾー様というのは黄金バットに出てくる悪の親玉。古いね……
 あっ、いま思い出したがある研修施設に行ったとき、そこの朝ご飯のメニューに“目玉子”と書いてあった。目玉小僧みたいでなんか変……

 目玉焼きもカツ丼や親子丼と同じ価格。どうしても“おひる”で昼食を食べるしかないときにその日の定食が目玉焼きだったら、ついてないな、やられたな、もの悲しいなって思いに襲われ、午後の仕事は暗い気分で取りかからざるを得ないだろう。
 今日は当たりかな?
 そんな本日の運勢占いみたいだ。

 目玉焼きカレー(目玉はひとつ)。
 ここのお世辞にも充実しているとは言えない単品メニューにも目玉焼きカレーがある。が、それは450円である。
 ところが、栄誉ある“日替わり”という位置づけにされ、それに伴ってスープがつくと70円アップとなる。これは「日替わり定食は割安」という概念を根本から揺るがす。
 
 ってことで、ほかにも不思議な突っ込みどころはあるがSTAP、いやSTOPしておこう。
 余談だが、日替わりメニューは手書きである。私は“親子丼”と書かれているのを一瞬“精子丼”と読み間違ったある。いや、ボク、欲求不満ではないないと思うのだが……

 暗い気分といえば、ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の交響曲第6番ロ短調Op.54(1939)の第1楽章は、かなりズドーンである。もちろんただ暗いわけではない。深い叙情性をたたえている(作曲者自身がそのように語っているのだから間違いないだろう)。
 このシンフォニーは先日取り上げた「フィンランドの主題による組曲」と同じ年に書かれている。

 今日はプレヴィン指揮ロンドン交響楽団の演奏を。
 プレヴィンのショスタコ演奏についてはこれまでも取り上げてきており、どれもとても水準の高いものだと私は思っている。
 この第6番もすばらしい。力のこもった演奏だ。ただ、第1楽章では“叙情性”がやや乏しい感じがしないでもない。たとえば私が推すペトレンコと比べると、男性的で骨太である。それはそれで魅力だが、絹糸を紡ぐような繊細さはあまりない。
 反面、終楽章はノリノリで、聴いたあとに「この曲やっぱい体がズンチャズンチャしちゃうジャン」なんて、焼肉のたれの名前みたいなことをつぶやいてしまう。

 1973-74録音。EMI。
 シベリウスの第2交響曲とのカップリング。ここに載せたCDジャケット写真は裏面のもの。

 なお、かに玉丼のカニは蟹じゃなくかにかまぼこであることは申し上げるまでも無かろう。って、申し上げてるじゃん……

 今日は4月4日。ついでに4:44に目覚めたら何となくすごいかなと思ったけど、目覚めたら5:03だった。残念ながら19分寝坊してしまった。

私は時間ストレスに弱い人間♪DSch/フィンランド組曲

74a87987.jpg  先週の土曜日に出席した会議。その結果によって、私は来週のスケジュール変更を余儀なくされた。
 土曜から月曜日にかけ、私はそのことで頭がいっぱいだった。
 朝ご飯も茶碗1膳しか食べられなかったほどだ。

 なんといっても、予約していた(歯がはずれる以前に)日時にかかりつけの札幌の歯科医院に行くことが困難になった。

 土曜日の午後。会議終了後にあわてて電話をした(幸いまだスタッフが出てくれた)。
 「〇〇日の午前中、健診の予約はとれませんか?」
 「申し訳ありませんが、その日はあいてないです」
 「そ、そ、そうですか」

 私は北2条の交差点、のそばの電柱の下にたたずみ、手帳とにらめっこした。

 再び電話をかける。
 今度は別な人が出た。
 「先ほども電話したのですが、では、△△日の夕方はどうでしょう?」
 「えっと、いま◎◎に代わりますね」
 ◎◎さんというのは、私の担当をしてくれている衛生士さんだ。
 しばらく保留音。
 「すいませんが、その時間は予約とれないです」

 その声は◎◎さんのものではなかった。「代わりますね」と言った人が代わらずに再登場したのだった。◎◎さんがでてくれなかったことに、少なからず疎外感をおぼえた。

 失意のまま私は帰路に着いた。
 その途中で気づいた。
 健診は予約がいっぱいかもしれないが、今ここで優先すべきはとれた歯の治療だ。治療なら衛生士さんじゃなく医師が行なう。もしかすると予約が入るかもしれない。
 が、そんな閃きが起こったのはすでに夕方。もう電話をかけても、嫌がらせとしか思われない時間だ。

 月曜日。
 いさんで電話しようとしたが、そこにまた、さらに会議の日程が変わるかもしれないという情報が。これじゃ電話しても無駄だ。コロコロ変わってしつこくてやかましいやつだと思われるだけだ。
 いや、実際悪いのは私だ。歯を脱落させた私が悪いのだ。
 私の身勝手なお願いに過ぎないのだ。

 でも、私だってそちらの都合にあわせて訪問したいと思っている。そこは信じてほしい。
 ただ、行く時間が制約されていて、なかなか思うようにならない。
 予約の入ってない時を狙って行きたい。
 暇があればの話だが……

 ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の「フィンランドの主題による組曲(Suite on Finnish Themes)」Op.56a。
 1939年に作曲されたがその後楽譜が行方不明となり、2001年になって発見されたという。
 ウィキペディアでは「7つのフィンランド民謡」となっている。

 ソプラノとテノールの独唱、小オーケストラのための作品で、次の7曲からなる。

 1. 祝日は若いみんなのために(オーケストラのみ)
 2. 空は青く澄みわたり(S)
 3. ある夏の夜、私は森へ(オーケストラのみ)
 4. この村の娘たち、ティリュリリュレイ(S,T)
 5. イチゴは実る、赤い実に(T)
 6. 暇があればの話だが(S,T)
 7. ぼくの彼女は器量よし(S,T)

 この作品について私は詳しいことを知らないが、聴いている分にはまあ民謡って感じである。たぶん、これは民謡のオーケストラ編曲版という作品なのだろう。ショスタコはロシア民謡についてもこういったことをしていることだし……

 素朴でなんとなくホッとする曲だ。

 パロ(S)とカタヤーラ(T)の独唱、アシュケナージ指揮ヘルシンキ・フィルの演奏を。
 2013録音。ONDINE。

 昨日。

 ようやっと会議の日程が決まり、歯医者さんへ電話する。
 「〇〇日で予約がとれる時間はありませんか?健診と治療のセットが無理なら、せ、せ、せ、せ、せめて治療を。歯がとれてしまったのです」(かけるたびに新たな声に聞こえるので、私としても初めて訴えるがごとく話した)。

 「えっと、治療は下旬まであいてないんです」
 「ふぇっ?ちょっとの合間に診てもらうこともできませんか?」
 「はい、それはちょっと……」

 温厚でない人ならここで、薄情者!、人でなし!、客をなんだと思ってるんだ!、などと悪態をつくところだ。
 が、逆に考えればそれだけ評判が良い歯科医院ってことになる。
 そこで診ていただけるなんて、私待ちます、何日も何カ月も何年も、って気になんとなくなってくる。

 下旬の会議が開催されそうな日に予約を入れた。
 会議の日程がずれたらアウトである。

 そして、いまのところまだ応急処置で接着した歯はきちんとついている。

自動エントリーじゃないわけで…♪ハイドン/p協Op.21

ebba4133.jpg  私の昼食の話の続きである。

 18日(水)。
 本社から偉い方-A氏としよう-がやって来て、まずは昼食。

 ところがこの日の私はなぜかおなかがピーピー。
 腹部が貧乏なのではなく(むしろ繁栄している)、朝から下りっぱなし。
 あっ、お食事中の方いらっしゃいましたか?だめですよ、食事しながらネットやってちゃ!

 昼食の場所は、市内のそば屋。すっごい有名というわけではないが美味しいと評判(われわれの間では)の店。A氏と同行者2名。こちらは数で勝負ってわけじゃないが5名。合計8名。

 「Aさん、何になさいますか?」
 「そうですね……では五目そばを」

 実は私も密かに五目そばに目をつけていた。偶然にもA氏と私の目の付けどころは一致した。が、何度も繰り返すが(もう箸は置いたかな?)、この日の私はひどい下痢だった。ごぼう天という揚げ物が入っているものを口にするのは、肛門にグリースを塗るのに匹敵する。そこで私は料金的にも一歩引きさがり、かしわそばに宗旨替えしようと考えた。

 「Aさん、五目そばですね?他に五目そばの人は?」
 何人かがだらしない中学生のように手を上げた。その数6人(宣言済みのA氏は挙手せず)。

 んっ?つーことは私以外のすべての民が五目に制圧されたということだ。

 こうなると、私だけがかしわかしわとゴネるわけにはいかない。いや、意思を貫くことは大切だし可能だ。だが、7杯の五目そばが出てきたあとも、しばらーくかしわそばだけが出来上がって来ないなんていう最悪最低絶望的な状況にならないとも限らない。私は肛門に力を入れて民意を尊重することにした。
 でも、そばは美味しかったし、ごぼう天はおなかに悪さをしなかった。
 なお、私とA氏の狙いが最初に一致したことと、ほかの人びとまでもが五目にしたことの理由がわかった。メニューのそこに“当店イチオシ!」と書いてあったのだ。
 
 19日(木)
 前日のお下りモードは治った。前日はあんなにひどかったのに、少しも痩せていないことが腹立たしい。
 この日は本社から別な偉い方-B氏としよう-がやって来た。
 午前中に到着し、そのまま車で1時間ほどの取引先へ。
 まずは昼食ということで、着くや否やそのまま店に案内してくれた。
 店に入るや否や、先方の部長が「日替わり定食!」と宣誓した。

 やがて運ばれてきたのは、厚切りベーコンと温泉玉子、豚肉のすき焼き風という、例えば健康な男性でももし90歳だったなら絶対に食べきれないほどのボリューム。

 とても美味しいベーコンだった。地元産なのだろうか?
 厄介だったのはベーコンの横に落とし盛られた温泉玉子。
 向かいに座った取引先の専務の行動を見ていたが、温泉玉子は手つかず。
 私はベーコンに絡ませながら食べようと崩してしまったが、なかなか絡まず、皿にノターっと広がってしまった温泉玉子をすくい取ることはできなかった。まさか、皿を持って直接口でずずーっとすするわけにはいかない。実に難しい食べ物だった。
 ボリューム満点ながら私は完食。ただし温泉玉子以外は。

 そんなわけで現在の体重は70.4kg。
 まずい……

 阿古屋係長は私よりもずっと食がいい。でもすごくスリムだ。
 若いから代謝が良いせいだろうか?
 うらやましい限りだ。

 その阿古屋係長が新車を買った。
 自転車じゃなく、自動車である。
 先日納車になった。
 
 「ETCは付けたの?」
 「はい。でも、まだカードが届いてないんです」
 「カードが発行されるまで、ちょっと時間がかかるからなぁ」
 「ええ。……、はい、……あっ、カード申し込んでないんです」
 「申し込まないぶんには、きっとずっと届かないね……」
 「そ、そうですよねっ!ずっと届かないですよね。あっはははは!」

 このように阿古屋係長はナチュラルに面白い。ナチュラルテイスト製法で育てられたのだろう。
 そして、ハイドンのコンチェルトのように明るい。

 ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809 オーストリア)のピアノ協奏曲ニ長調Op.21,Hob.ⅩⅧ-11(1782以前/'84刊)。

 ピアノ協奏曲とは言っても、実際にはチェンバロまたはフォルテピアノを独奏楽器として書かれた作品。終楽章である第3楽章は“ハンガリー風ロンド”として有名だ。

 この作品については、これまでアックスアルゲリッチの演奏を取り上げているが、今日はキーシンのピアノ独奏による演奏を。
 溌剌さと甘美さのバランスがとても良い。
 スピヴァコフ指揮モスクワ・ヴィルトゥーゾ。
 1988録音。ソニークラシカル。

 このCDには他にショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)のピアノ協奏曲第1番ハ短調Op.35(1988録音。上記メンバーにトランペットのカンが加わる)、シューマンのピアノ協奏曲(ジュリーニ指揮ウィーン・フィル。1992ライヴ)も収められている。

 ショスタコーヴィチの方は、作曲者の若い時期の作品にふさわしい若々しくダイナミックでアクロバット的演奏。すごい演奏だが、迫力というか気迫はアルゲリッチに譲る。
 シューマンも好演だが、ときおり音楽の流れがもたつくというか、どんくささを感じる箇所がある。ピアノじゃなくてオケ側の問題のような感じだが。

 ところで4月1日からETC割引が変わる。
 平日朝夕割引についてはETCマイレージクラブに登録していないと対象にならない。
 ただし、すでにETCマイレージクラブに登録済みの場合は、あらためての登録は不要。つまり自動エントリーってわけである。

 にしても、数年前にはETCをつけりゃ高速無料とか言ってなかったっけ?

病気のお姉さんを誘ってはいけません♪ムソルグスキー/死の歌と踊り

cee37f49.jpg  死が忍び寄って来て、最後は息を引き取る……

 こういう内容の歌のなかで有名なのはシューベルトの「魔王」だ。
 先日とある居酒屋において、“お品書き(お飲物)”を開いたときに“魔王”の文字を目にしてそんなことを思った。
 私、飲みながらも物思いにふける危ない人では決してないのだが……。その証拠に、私はハイボールを頼んだ。証拠になってないか……

 だが、「魔王」(もちろん焼酎じゃなく歌曲の方)に勝るとも劣らない怖~い内容の歌をムソルグスキー(Modest Petrovich Mussorgsky 1839-81 ロシア)が書いている。
 4曲からなる歌曲集「死の歌と踊り(Songs and Dances of Death)」(1882出版)だ。

 作曲されたのは1875年。ただし第4曲のみ完成は1877年。

 晩年のムソルグスキーは酒浸りだった。ボロディンはそれを大いに嘆いていた。
 ムソルグスキーの友人で画家のレーピンはこう書いている。

 氏素性に恵まれ、美しく、洗練されたマナーの近衛将校、淑女らとの機知に飛んだ会話を得意とする紳士、際限のない駄洒落屋……が、突然、持ち物を、エレガントな衣服さえも売り払って、安っぽいサロンに入りこむと、たちまち周囲のありきたりの連中と同化し、赤いジャガイモのような鼻を持った、子供のように幸せな人物が周囲と区別がつかなくなるのは、全く信じがたいほどである。……本当にこれが彼なのだろうか?かつては一点の非の打ち所もない服装をし、上流社交界の一員だった人物、香水をつけ、食物に凝り、潔癖そのものだった男性なのだろうか?外出のたびに、V・V(スターノフ)は、地下の安酒場で、ボロを着て酒びたりになっている彼を連れ出そうと試みた。
   (「H.C.ショーンバーグ「大作曲家の生涯」:共同通信社)

 「死の歌と踊り」の歌詞は、1873年から同居していた遠縁にあたる若い伯爵ゴレニシチェフ=クトゥゾフによる。ムソルグスキーには女性にまつわるエピソードが不自然なほど残っていないが、ホモだったかというと、その根拠もないという。
 しかし、この若い伯爵とどのような関係にあったのかは、ふつうに考えるとチョメチョメだったように思われる。

 各曲は、

 1. 子守歌
 2. セレナード
 3. トレパーク
 4. 司令官

で、このタイトルだけを見る分にはなんにも怖いことはないが、歌詞の内容はゾゾゾのジェジェジェだ。

 第1曲「子守歌」は、病気の幼な児のもとに“死”がやって来て死の子守歌を歌う。母親が払いのけようとするが、子供の命は奪われる、というもの。

 第2曲「セレナード」では、病気の若い女性に“死”が忍び寄り、セレナードを歌って誘うという内容。

 第3曲「トレパーク」は、吹雪の夜に死神が酒に酔った老いた農夫とトレパーク(ウクライナの農民舞曲)を踊る、というもの。農夫は、夏が来て花が咲き、畑に太陽の光が降り注ぎ、鳩が飛ぶ夢をみて死んでゆく。

 第4曲「司令官」では、激戦あとの夜の戦場に“死”が現われ勝利宣言をし、戦死者たちに死者を讃える宴に誘うもの。最後に「もはや誰もよみがえらない」と歌われる。

 今日は伴奏部分をショスタコーヴィチが管弦楽編曲(1962)した版による演奏を。
 当然のことながら、ショスタコーヴィチ作のオリジナルの曲を聴いているかのような響きだ。

 アレクサーシキンのバス独唱、ショルティ指揮シカゴ交響楽団による、1997録音のもの。
 DECCA。

テン…おなかテンパる誕生日かな…♪DSch/Zoya

d20d928e.jpg  オリンピックフィギュア男子。
 羽生結弦が金メダルをとったのはご存じのとおりだが、ちゃんとは観てなかったものの銅メダルをとったのはカザフスタンのテン(こう書くと、カザフスタンに生息するイタチ科の動物みたいだが、カザフスタンにテンはいるのだろうか?)。

 そのカザフスタンのテンが使っていたのがショスタコーヴィチの曲だった。「ボルト」とか「馬あぶ」のメロディーが聞こえてきたが、その時私は電気カミソリでひげを剃っていたのでよくわからなかった。

 話は変わるが、ミネルバ法律事務所のコマーシャル。
 前々からうすうす思っていたが、あのMr.ミネルバ氏、歩き方がなんか笑える。
 以上。

 テンとは関係なく、ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の「ゾーヤ(Zoya)」Op.64(1943-44)。

 L.O.アルンシタム監督の映画のための音楽。

 ゾーヤというのは人の名前。18歳の党員なんだそうで、映画は彼女の悲劇を描いているそう。詳しいことはわからないので、それがどういったレベルの悲劇なのか見当もつかない。人前でおなかが鳴ってしまったレベルなのか、それとも彼女にふられてしまったのか、はたまた命にかかわることなのか?……

 どうやらこういう話らしい(勝手にリンクしてすいません)。

 私が持っているCDはムナチャカノフ指揮ベラルーシ放送交響楽団、ミンスク室内合唱団による組曲版Op.64a(6曲)。アトヴミヤン編によるもの。

 アトヴミヤンはショスタコの映画音楽を蘇らせるべくいくつもの編曲を手がけてくれている。
 が、このCDでは“arraged by Levon Avtomyan”となっている。アトヴミヤンならAtovmyanのはずなんだけど……。表記ミスと考えてよろしゅうございますかね?

 合唱が入るのは第1曲のみ。
 映画音楽なので明るい曲、哀愁を帯びた曲、悲劇的な曲があるが、皮肉めいたところはまったくない。むしろ、素直に親しみやすさを追求した音楽。逆にいえば深みがないとも言えるのだろうが、私には純粋に楽しめる。

 1995録音。DELOS。
 「若き親衛隊」とのカップリング。

 テンはテンでも、全日展では架空受賞者がいるって問題になってるな。
 私には書道は縁のない世界だけど……

 そしてまた、どうしてかはわからないけど、昨日の私は昼食後にいきなりおなかがゴロゴロしだして大変だった。さらに夕方ごろからは異常におなかが張ってポンポコ・テンパり状態。ブ

 今朝もまだなんか変だ。

深い感動がハンパな鐘の音で…♪プレヴィンのDSch/Sym13

ff55e128.jpg  どうやら変な夢をみた。

 内容はほとんど覚えていない。
 覚えているのは、どこかの店にいて、冷凍ストッカーがあって、その横でおじさんが「残りあと一杯だよ!」と叫んでいる。
 中を見ると、タラバガニが一杯だけ入っている。
 「598円でいいよ!」
 そう言われ、私は小銭れを開けて500円玉と100円玉1枚で600円を払う。
 おじさんは2円お釣りをくれた。と思ったが、それは和同開珎2枚だった。
 文句をつけようとしたら、もう私は自宅にいて(といってもまったく見たことのない家だ)、裸のまま手に持っているカニを見ると、それはとっても小さなズワイガニになっている。
 騙された!

 覚えているのはそれだけで、ただただ、困惑した重い気分だけが目覚めたときに残っていた。

 そのいやぁ~な気分を引きずるわけじゃないが、ショスタコーヴィチ(Dmitry Shosyakovich 1906-75 ソヴィエト)の交響曲第13番変ロ短調Op.113「バビ・ヤール(Babi Yar)」(1962)。

 この曲については何度か取り上げているが、本日は知る人ぞ知る名演、プレヴィン指揮ロンドン交響楽団、同合唱団、ペトコフ(Bs)のものを。

 プレヴィンというと、老いても若い姉ちゃんと結婚したりして、ちょいと嫌な男ってイメージがあるが(私個人の見解です)、彼が指揮する演奏はなかなかちゃんとしたものが実に多い。
 
 この「バビ・ヤール」も、実に感動的。
 どっちかというと“バービー人形”好きっていう彼のイメージ(どんなイメージじゃい?)とは違って、相当シビアに曲を作り上げている。怒りや不満も激しく爆発する。が、乱れることなく常にピシッと決まってる。

 うん、すばらしい演奏ではないか!
 実際、いくつかのサイトでレヴューを読むと、なかなか評判が良い。
 なぜ、この演奏がもっと話題にならなかったのかと嘆き悲しむ声もあるほど。

 しかしこの演奏、聴いた後、私の心に余韻が残らない。
 「よくできた演奏だったなぁ」で終わってしまう。
 ジャケットの絵のような人間の苦悩がずっしりと伝わって来ない。

 きっと、最後の最後、鐘の1打があまりにも弱いせいだ。
 スコアでの指示は確かにppだけど、はかなく終わるというよりも中途半端な感じがする。
 私にとっては、この鐘の扱いがせっかくの名演を台無しにしているように感じちゃうのであった。

 1979録音。EMI × Tower Records/Excellent Collection。

 今日は急きょ函館まで出張に行ってくる。

複雑な曲を複雑に感じさせないテク♪ペトレンコのDSch/Sym4

4f1d9ab3.jpg  昨日のタコ天に続き、今日はタコ酢。じゃなくて、タコし。

 すなわち、ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の交響曲第4番ハ短調Op.43(1935-36)。

 発売後すぐにお褒めの声がほうぼうから湧き上っている、ペトレンコ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルによる演奏について、今日は書かせていただく。

 タコ之友とも言っても文句を言われる筋合いはないくらいショスタコ好きの私だが、彼の交響曲の中で、第4番は深くフレンドリーな関係には至っていない。
 あの捉えがたい混沌の世界、人なつこさのない冷たさが、私に距離を置かせているのだ。

 だが、ペトレンコの演奏はカオスを巧みに整理してくれている。
 優秀で美人でちょっとHっぽい家庭教師のお姉さんに三角関数の難題の解法を教わったときのように、モンモンとしたものが氷解するのだ(イメージ表現にほかなりません)。
 コフマンの演奏も整然としていたが、ペトレンコのはそれに加えて張り詰めた緊張感が緩むことはないし、皮肉めいた箇所も真剣に皮肉っている。へらへらして皮肉ることはしないのだ。おやっ?じゃあHっぽいお姉さんは違うな……

8ae934d3.jpg  プラウダ批判で身の危険まで感じたショスタコーヴィチは、初演直前でこの曲をお蔵入りさせてしまった。もしこのときに初演を強行していれば、党のお偉いさんがたは「なんだ、この騒音みたいなモノは」と怒り、それこそショスタコはどこかに連れて行かれちゃったに違いない。

 この実験的、冒険的な音楽を、ペトレンコは錯綜した情報をわかりやすく図示して理解させてくれるように聴かせてくれる。

 野蛮な表現はない。淡泊ではないが上品。上品に激しい。

 岩下志麻ににらまれたら怖い。逃げ場のない緊張感にさらされるに違いない。でも、吉永小百合ににらまれてもあまり怖くない(だろう)。
 ペトレンコの演奏は岩下風だ。
 コフマンのは吉永風に思う。どこかほんわかしたところが残っているという点で。
 ちなみに私は、岩下志麻の方が好きである。

 音を潜める箇所が、これまた精緻。
 とにかくハイ・レベルな演奏。個々の奏者も巧いが(特に木管)、オケとしての集合体のレベルも高い。
 とにかく、この難解なシンフォニーを長く感じさせないのがすごい!

 2013録音。ナクソス。写真下のスリーヴ入り。

 にしても、もしショスタコが何の妨害、障害もなく作曲活動ができたとしたら、第5番以降の交響曲は残されたものとはまったく異なった作品になったんだろうな……

父よ、これでええんだべか?♪MSchによるDSch/Sym10

ee6c1713.jpg  ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)が映画のために書いた音楽に、「マクシムの青年時代」Op.41(1934-35)、「マクシムの帰還」Op.45(1936-37)というのがある。さらに「ヴィボルグ地区」Op.50(1938)を合わせて、「マクシム三部作」というのだそうだ。

 私はいずれの映画も音楽も知らないが、きっとマクシムには青年時代があって、そのあとはどっかに行ってたのだが帰って来て、ヴィボルグという地区というのがあったんだろう。

 私にはマクシム(マキシム)というとコーヒーくらいしか頭に浮かばないが、スラヴ系に多い人名なんだそうだ。

 ショスタコーヴィチの息子の名もマクシム(マキシム)だ。
 1938年生まれ。マクシム三部作を書いていたころにタコ妻の妊娠・出産が重なる。

 指揮者でありピアニスト。
 むかし来日したときにTVで観たことがあるが、とても真面目そうで良い人っぽかった。

3018eae3.jpg  そのマクシムが振った父親の交響曲第10番ホ短調Op.93(1953)。
 このCDの裏面に載ってるのマクシムの写真は、若い頃の神経質そうな感じはなく、すっかりワイルド。ゲルギエフの真似してんじゃないだろうな?

 作曲者の息子だから、作品の良き理解者であるとは必ずしも言えないのかもしれないが、とはいえそういう定評がある指揮者だから、この曲も作曲者の意図が反映されていると考えた方が自然。

 だが、他の演奏者のものに比べ大きな違いはない。
 逆に言えば、そうメジャーな指揮者じゃないのに、すごく力のこもった、というよりも作品に心の芯から感情移入している感じがする人間臭い演奏(ショスタコ臭いって言うべきか?)。
 重厚かつパワフルだがオーバーになるところはない。やっぱり誠実な人なんだろう。関係ないかもしれないが……。残響が多いのはマクシムの人柄とは……関係ない。

 悲しみがしみじみと伝わってくるが、それもわざとらしくない。
 なんかジーンとさせられるのが不思議(特に第3楽章)。そしてまた、第4楽章の後半は、怒り爆発という感じ。マクシムさん、すっご~い! 
 D-Es-C-Hの動機が、「父よ!」と呼んでいるように聴こえてしまう。
 
 10番が嫌いでない方にとって聴いて損はしない、というよりも、機会があればぜひとも聴いて欲しい1枚。少なくとも息子は父の作品を立派に世に伝えていることに間違いはない。
 オーケストラはロンドン交響楽団。
 
9d61665d.jpg  1990録音。alto(原盤:フェニックス・ミュージック)

 さて、現実の季節に追いついた。
 読んでいる本のことだ。
 浅田次郎の「プリズンホテル」(集英社文庫)の第3巻「冬」に入った(つまり「ペテロの葬列」はまだ後回し)。

 阿部看護婦長、またの名を〈血まみれのマリア〉は心に決めた。温泉に行こう。雪に埋もれた山奥の一軒宿がいい……。大都会の野戦病院=救命救急センターをあとに、彼女がめざしたのは―なんと我らが「プリズンホテル」。真冬の温泉宿につどうのは、いずれも事情(ワケ)ありのお客人。天才登山家、患者を安楽死させた医師、リストラ寸前の編集者。命への慈しみに満ちた、癒しの宿に今夜も雪が降りつもる。

 自宅のあたりも雪が降り積もり続けているのだろうか?
 こちらキムチ、じゃなかった、勤務地はえらく寒いが雪は少ない。
 耳あてをつけての通勤姿は、自分で言うのもなんだが、かわいらしい。

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