いよいよ明日だ。
筑波大学とか明治大学などの入学式である。
でも、それは私には地球の裏側のことのように関係のないことで、個人的な重要事項として人間ドックの受診日なのだ。
問診票も記入した。
便もちゃんと2回分採取した。
漏れないようキャップもがっちりしめた(漏れないようにあんまり強くしめると、逆にキャップのねじ込みがバカになって悲惨な結果を生む。絶妙な締め具合が要求される。ほら、強く締めつけないでくださいって説明書きにもあるではないか!。でも、注意されなくても、少なくとも私は“再び開けない”)。
おっと、心配無用。載せた写真は使用前の容器である。引き続き食事を続けたまえ。
残された懸案事項は、明日の朝、尿検査コップに必要な量を膀胱に確保したまま臨めるかだ。
先日、札幌の某CD店に立ち寄ったときのこと。
私が棚の前に近寄ったにもかかわらず、1人の男性がちょっと体をずらすでもなくドンと棚の前で場所を占拠したままだった。
これだけでも同じクラシックを聴くものとして残念であり遺憾に思い、“音楽の友”なんてしょせん雑誌の名前であって現実的にはそんな関係なんて築けないものさ、なんて感じたのだが、そんなことよりこのおやじ、異彩、いや、異臭を放っていた。
何て表現したらいいのだろう。鼻をつくパラジクロロベンゼンの芳香に、鼻をつんざく酢酸臭を加味し、鼻がねじまがる2-ノネナールの臭いを化合させたような臭いである。
私は早々にその場を立ち去った。
何も買わないどころか、何も見ずに逃げるように。
店も予想外の理由で私分の売り上げを逃したことになる。
店を出て地下街に入り、立ち食いそば屋からの香りで鼻腔を慰めた。
そんな話題とは意外と関係なく、今日はおやじのマニフィカト。
おやじのマリア賛歌である。
おやじとは、J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)のことだ。
ほら、このあいだカール・フィリップ・エマヌエル・バッハの「マニフィカト」を取り上げたでしょ?
なんですと?知らないですと?じゃあ、ここを読みなさい。大変なお手数を強いることになるかもしれないですけど……。
その、カール・フィリップ・エマヌエルの父親、つまりエマヌエルの正統的、伝統的、血縁的な意味でのおやじが書いた「マニフィカト」のことを言いたいのである。私は。故意にわかりにくくしているのも私だけど。
J.S.バッハの「マニフィカト(Magnificat)」ニ長調BWV.243。
この作品は1723年に作曲されたが、そのときの作品は変ホ長調。BWV.番号は243a。全16曲。
これが1728~31年に改訂されて、ニ長調BWV.243となった。
原作は降誕祭第1日目用のものだったが、バッハはそこからクリスマス用の4つの楽章を除き、演奏機会がクリスマス時に限定されないものとした。したがって改訂版は全12曲。
現在演奏される版は、通常はこの改訂版である。
華やかで爽やかな曲。次男C.P.E.バッハの「マニフィカト」と比べても、古臭さは感じない。
親子していい味出してると、親子丼が食べたくなる私である。 コープマン/アムステルダム・バロック管弦楽団、同合唱団の演奏も、くどくどしたところがなくすがすがしく音楽を進めていく。
独唱はラーションとマグヌスのソプラノ、バルトズのアルト、テュルクのテノール、メルテンスのバス。
1998録音。エラート。
あらためて考えると、あのおやじの臭いの原因は単純なものだったのかもしれない。
風呂にずっと入っていないというだけの。
ところで、昨日の北海道新聞朝刊に人間ドック学会が数値の見直しをしたことが載っていた。ゆるくなったのだ。
“健康な人の”ってところが気にさわるが、でもこれだったら私、血圧の薬なんて飲まなくても全然平気な気がするのだが……
明日、相手(ドックのスタッフたち)が、この件に関してどのような持論を展開するか、やや楽しみである。
J.S.バッハ
4月のある金曜日(注:今日は、3月のある金曜日である)。
この日の昼ごろ、3人の死刑囚が十字架を背負ってゴルゴダの丘にのぼり、自ら背負った十字架にはりつけになった。
その中の1人がイエス。3つ並んだ十字架。イエスは真ん中だった。
イエスが絶命したのは午後3時ごろ。
日が暮れたあと、まだそこに居残っていた何人かの男たちは、上の者に指示されてイエスの遺体を十字架から降ろした。降ろされた遺体は亜麻布に包まれ、彼らによって近くの岩穴に運ばれた。そして中に収めたあと、穴は重い岩で塞がれた。
この墓の入口にピラトは見張りをつけた。ピラトは最終的にイエスを十字架にかけることを決断した総督である。そう、見張りをつけたのだが……
3日目の朝、イエスの最期を見届けたマグダラのマリア、聖母マリアの義理の妹で小ヤコブの母マリア・クレオパ、大ヤコブとヨハネの母であるマリア・サロメの、3人のマリアが墓のところに行ってみると、彼女たちに天使がイエスがよみがえったことを告げた。
その後イエスは使徒たちの前に姿を現わし、一緒に食事をし、教えをのべ、40日後に昇天した。
イースターから50日目。使徒たちは奇蹟を見る。
聖霊降臨である。
「皆が一堂に会していると、突然、激しい嵐の吹くような音が天から聞こえ、家中に響き渡った。すると、舌が分かれた炎のようなものが現われて、一人ひとりの上にとどまった。かれらは聖霊に満たされ、霊の語らせるままにさまざまな国の言葉で語りはじめた」(使徒行伝第2章)。
以上がイエスの死と復活、そしてイエス・キリストがユダヤ教徒から世界の救い主になったお話である。
先日イオン・ショッピングセンターに行った。その際、真鱈とか冷凍ピラフを手にしたものの、気持ちが盛り上がらず買うまでには至らなかった。
でも、ついでにセンター内の玉光堂という名前だけ見ると日本酒販売店のように思えなくもない、でも北海道民なら乳児以外知らない人はいないというくらい有名なCDショップがここにも店を出していて、しかもここはイオンであってコープさっぽろじゃないにもかかわらず、コープマンの「復活祭オラトリオ」のCDを買った。なんとなく話が見えてきたか?
バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)の「復活祭オラトリオ(Oster-Oratorium)」BWV.249(1725/改訂1732-35)。初演は(カンタータとして)1725年。詞はC.F.ピカンダーによるものと考えられている。10曲からなる。
復活祭(イースター)はイエス・キリストが死刑に処せられたその3日後によみがえったことを祝う祭り。春分(3月21日)のあとの満月に続く日曜日がその日に当たる。
ほれ、今日の春分の日にふさわしいと言えなくもない記事ではないか!
「復活祭オラトリオ」はパロディーである。
こう書くと、なにか小ばかにしてるんじゃないかと誤解されるかもしれない(そう誤解することを多少狙っている私がここにいる)。
バッハは世俗カンタータの音楽をしばしば再利用して教会カンタータに使った。こういうやり方をパロディー手法というのである。
「復活祭オラトリオ」(「急ぎ走りて,いざ来たれ(Kommt,eilet und laufet)」というタイトルも持つ)のもとになっているのは、1725年4月1日に初演された復活節用カンタータである。ただし、このカンタータにも元があり、それは1ヵ月半ほど前の2月23日に演奏された世俗カンタータ「逃れ去れ,消えうせよ,汝ら心のわずらいよ(Entfliehet,verschwindet,entweichet,ihr Sorgen)」BWV.249aである。
「羊飼いカンタータ」とも呼ばれるこの世俗カンタータは、ヴァイセンフェルス公の誕生日祝賀用として作曲されたのだった。
つまり、「復活祭オラトリオ」は「羊飼いカンタータ」のパロディなのである。
なお、ピカンダーは実名をクリスティアン・フリードリヒ・ヘンリーツィといい、1728年にライプツィヒで自作の周年教会カンタータ台本集を刊行している。彼はバッハに自分の台本を使ってもらうことを期待したが、実際、バッハが作品で用いた台本の作者で最も起用されたのはピカンダーだという。
コープマン指揮アムステルダム・バロック管弦楽団、同合唱団、ラーション(S)、マグヌス(A)、テュルク(T)、メルテンス(Bs)の演奏である。玉光堂で私が買ったのは。
1988録音。エラート。
昨日の夕方に車で自宅に移動。
順調なドライブだった。そのときのエピソードについても触れたかったのだが、よく考えたら順調だったゆえに、みなさんが抱腹絶倒するような話題はなかった。が、しつこい私は数日のうちに話題にしてきっとあなたを笑顔にしてみせる。……って、このごろ流れているダイエーのCMみたいだな。
土曜日に、ほかならぬ私のオチンチンの先から飛び出した砂状結石。
その後続編が展開されるのでは?そう期待し、他人の不幸の報告レポートにワクワクドキドキしている読者は少なくないと性悪説の私は信じている。
しかしながら日曜日は変化なし。
月曜日は午前中にアルフレッドとオーダマンボ両氏(以下、2人併合して戦隊メンバーのようにオーダレッドと呼ぶ)とともに取引先へ。
そこでの打合せを終えたあと私は札幌へ移動した。翌日の会議に出席するためである。
一方、オーダレッドも同じ列車で札幌へ。帰宅するためである。
この日も私の体、私の陰部、私の尿管は異常なし。トイレに行くたび砂かけ婆のような気持になったものだが、陣痛も排尿痛もなし。
火曜日。
午前中の会議に出て、会議の終わりに出たちょっと貧相な弁当を食べ、帰りのJRに乗る。
JRに乗るとなんとなくおなかがニヤニヤと痛む。ニヤニヤとというのは笑ってるんじゃなくてシクシク痛むという意味だ。
もしかすると結石の残党が尿管につまったのではないか?もしそうだとすると、痛みはどんどん強くなり、もんどりうたねばならないようなことになり、脂汗たらたらで苦しんでいる姿をワゴン・サービスのお姉さんに発見され、「大丈夫ですか?」「だいしょーふじゃないれす」「車掌に知らせます」。やがて「お客様のなかにお医者さんはいませんか?」というアナウンスが流れるが、でもあいにく墓石専門の石屋しか乗ってなくて、乗務員総意のもと、じゃあ緊急停車しようと決断したが、折り悪く山の中の新夕張と占冠の間を走行中で、線路に鹿が侵入することはあっても救急車なんて来られるわけなく苦しみはひどくなるばかりで……という想像をしたが、もしかすると弁当を早食いしたせいかもしれないと心新たに考え直すと、ひどく根拠ある理屈のような気がしてきて落ち着きも取戻し、痛みも治まった。つまり泌尿器科系の鈍痛ではなく、膨満感を伴う軟便傾向ってわけで、にしても食ってすぐに出したくなるなんて、小枝にとまって木の実をついばみながらも粗相ingしている野鳥と同じだ。
さて、無事に帰着した私はその日の夜も会合があり、2軒目の会計を誰がするかということで無言の綱引き、駆け引き、さりげない陰謀に褒め殺しがあったが、結果的に私が負けた。不本意ながら出血大サービスしてしまった。
でも、帰宅して放出した尿はきれいで、出血の兆しはなかった。
以上、おとといまでの経過観察報告とする。
J.S.バッハの展開した多方面にわたる制作活動の中で、彼がいわばその全世界をことばと音の中に封じ込めている一つの独自の領域がある。それがカンタータ作品である。
フェーリクスはこう書いている(「バッハ 生涯と作品」杉山好訳:講談社学術文庫)。
なるほど。それは頭では理解できる。
しかし、私はそんなに歌ばっかり聴きたいってほど声楽作品マニアではない。嗜好も経済的余裕も(バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)には教会カンタータだけでも200曲ある)。野鳥はカナリアになれないのだ。
けどそのなかの管弦楽部分は聴きたい、楽しみたい。
そんなわがままな私を満足させてくれたディスクを今日はご紹介。カンタータのシンフォニア集である。
しかも演奏も録音も良い。その上、なぜ綱引きしているのかさっぱりわからないとくれば、見逃す手はない。
モーツァルトのオペラ序曲集やワーグナーの楽劇の前奏曲集といったディスクはけっこうある。だから、カンタータの序曲(もしくは間奏曲)にあたるシンフォニア集がもっとあってもよさそうなものだが、案外とないのだ。 子どもが幼稚園児のとき、私も運動会の父兄参加競技という余計なご配慮企画に出さされたことがある。綱引きのこともあった。手の皮はむけるは、綱を引くリズムが合ってないという非難の視線を浴びせたり浴びせられたりするは、翌日は全身筋肉痛で(子どもは代休だっていうのに……)、ろくなことはなかった。
が、写真のこの人たちは楽器を弾くことを生業としているのに、手の皮がべろ剥けする危険も顧みず綱引きしている。いや、よく見ると表情にまったく真剣みがない。なんだこれは?どういうことを意図した写真なのだ?全世界綱引き振興協議会に叱られるぞ。
まあいい。
とにかくシンフォニア集なのだ(一部、コンチェルトなどの名称の楽曲もある)。19曲収められている(写真参照。収録曲をここに記述するのをさぼったという非難は浴びたくない)。
発売元のユニバーサル・ミュージックはこのように訴えている。
ダントーネの表現の多様さを感じさせてくれるバッハの管弦楽曲。
シンフォニアはバッハ時代、声楽作品中に挿入された合奏曲を示す用語で、イタリアのオペラ中での管弦楽のみ楽章を称していました。バッハのカンタータも、オペラの序曲のように第1曲に演奏されることがありますが、中には2曲のシンフォニアが挿入されている場合もあります。それらがソナタ形式やコンチェルト形式で書かれていたり、また他の協奏曲や世俗曲などから転用された場合も多くあります。古楽鍵盤演奏の第一人者、オッターヴィオ・ダントーネ率いるアッカデーミア・ビザンティーナは、それまで主にイタリア様式で書かれた作品を、斬新なイタリア的自由な発想を取り入れ、新鮮な響きが生まれました。アッカデーミア・ビザンティーナは、1983年にイタリアのラヴェンナで結成され、17-8世紀の作品の解釈における演奏・解釈、たしかな技術によって世界的に最も高い評価を得ています。オリジナル楽器を用いて聞かせる情熱的で個性的な演奏が聴き手を魅了してやみません。
ユニバーサル ミュージック/IMS
そんなわけで、演奏しているのはダントーネ指揮アッカデーミア・ビザンチーナ。
2011録音。デッカ。
私だって決して無計画じゃない。
日常生活では計画未達、目標未達が習慣化しているかもかもしれないが、未達になるということは逆に言えば計画も目標もあるということだ。
先日、マンションの郵便受けに1枚のチラシが入っていた。
大きな文字を見た最初は金融会社のものかと思ったが(「ご利用は計画的に!」)、某新興宗教のものだった。
ところで、私が大学時代に所属したゼミの教授は熱心なクリスチャンだった。そしてまた、その下にいた講師はまったくの無宗教者だった。
それは良いとして、その熱心なクリスチャンの教授でも「中学生のころまでは、兄がときどき家に持ち帰ってきたキリスト教関係の雑誌は、暗い感じがして好きになれなかった」と言っていた。
昔、街角で手渡されたイラスト満載の勧誘パンフレット。その宗派が何だったのかは知らないが(なかに“マルモン教会”とか“アホバの証人”とけなすような表記があったので、少なくともモルモン教やエホバの証人以外のものだったのだろう)、あれに載っていたイラストも暗 ~い雰囲気全開だった。でも、大切に保管しときゃよかったと悔やまれる。
そんなこんなで、今日はバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)のコラール。
レオンハルトが1988年に録音したオルガン作品集で、ここには「教理問答書コラール(21のコラール前奏曲。Katechismus Chorale)」BWV.669-689(1739刊)と「27のコラール編曲(27 Choralbearbeitungen)」BWV.714-740(?)から抜粋して収録されている。またほかに、「トッカータ ニ短調」BWV.913(1708以前)と「前奏曲とフーガ ホ短調」BWV.533(1708以前)も収められている。
なんというか、なかなかマニアックな選曲。つまりはバッハ・オルガン名曲集ではない。
が、あまり聴かれないものでも、そして編曲物もあるが、やはりバッハはバッハという荘厳かつ堂々とした音楽が鳴り響く。
ちなみに発売元も、次のように書いている。
バッハが教会オルガニストの地位に就いていた期間は比較的短いものでしたが、生前は作曲家としてよりもオルガンの名手、オルガン鑑定の専門家として広く知られていました。レオンハルトは、チェンバロだけでなくオルガンの超名手でもあり、アムステルダム市のフランス改革派教会付オルガニストを長年務めるほど、バッハのオルガン作品にも精通しています。ここでは大曲・名曲主義に流されないレオンハルト独自の視点から、バッハのあまり知られていない作品が選ばれ、オルガンの銘器を弾いての名演が繰り広げられています。
ものは言いよう、いや、書きようって感じもしないではないが……
ドイツ・ハルモニア・ムンディ。
でも、この手の音楽って「よし、聴いてみるぞ!」っていう能動的な姿勢、つまりはあらかじめ再生計画を立てないと(倒産するみたいね。違うの。playの計画ってこと意味なの)、なかなか思いつきでCDをかけることはない。少なくとも私は。
それだけ気難しく威厳があるってことだが、なんとまぁオルガンの響きが美しいことよ!
誕生日だ。高島彩の。
でも、私の誕生日でもある。こんなに風が強い悪天候の日にもかかわらず……
そこで、全然誕生日とは関係ないがバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)の「ミサ曲ロ短調」BWV.232。
偉大なる作品なのである。私はちっとも偉大じゃないが、でも敬虔な気持ちでさらに1つ歳を重ねようじゃないか!
数々の賞賛の声をご紹介しよう。残念ながら私へ、ではなく、ロ短調ミサへの。
バッハ通はよく、《マタイ受難曲》より《ミサ曲ロ短調》の方がすごい、と言う。たしかに、「究極」とか「永遠」とかいう言葉がいっそうぴったりくるのは、この《ミサ曲ロ短調》の方であろう。
この曲はラテン語の典礼文に作曲されているため、けっして親しみやすいとはいえない。だが、私は、だからこそ歌詞を重んじて、じっくりと聴きこんでほしいと思う。きっと多くの発見があるはずだ。
礒山雅「J.S.バッハ」(講談社現代新書)
ロ短調ミサは実用のミサとして書かれたわけではない。プロテスタントの教会で重要な任務についていたバッハがカトリックの典礼音楽であるミサ曲を書く必要はないのだから。それに、誰かに捧げるために書いたわけでもない。つまり、バッハが自分自身のために書いた、この時代には珍しいアーティスティックな作品だ。
鈴木淳史他「クラシックCD名盤バトル」(洋泉社新書)
熱心なルター派の信徒であったバッハが晩年に纏め上げたカトリック式のミサ曲は、宗派を超えた音と祈りの小宇宙である。
福島章恭他「クラシックCDの名盤」(文春新書)
《ミサ曲ロ短調》はバッハの最も完成された境地を示す最後の作品となったばかりでなく、同時にミサ曲制作の領域で彼の培った創作経験の総括的集約と、パレストリーナからフックスにまで及ぶあのカトリック教会音楽様式の神髄たる「古様式(stile antico)」の、ミサ曲ジャンル史上極めて独創的な開花でもあった。つまりこの《ミサ曲ロ短調》は、モンテヴェルディがかつて「第一作風(様式)」と呼んだあの様式史の系譜をその長大なルーツとして出現したのだ。
W.フェーリクス(杉山好訳)「バッハ 生涯と作品」(講談社学術文庫)
曲は4部に分かれている。
第1は「キリエ,グローリア(Kyrie,Gloria)」。12曲。
1722年から'33の間に書かれた。
バッハがドレスデンの宮廷作曲家になろうとして、1733年に請願書をつけてザクセン選帝侯爵フリードリヒ・アウグスト2世に送ったもの。
第2は「ニケーア信経(Symbolum nicenum)」。「クレド(Credo)」である。9曲。
作曲は1747年から'49年の間。
第3は「サンクトゥス(Sanctus)」。1曲(井上和男編「クラシック音楽作品名辞典」による。次の「アニュス・デイ」の第1~3曲を「サンクトゥス」に含めることもある)。 1724年作曲。
第4は「オザンナ,ベネディクトゥス,アニュス・デイ,われらに平安をあたえたまえ(Osanna,Benedictus,Agnus Dei et Dona nobis pacem)」。5曲。
もたれることなく清澄な名演、レオンハルト指揮ラ・プティット・バンド、オランダ・コレギウム・ムジクム・バッハ合唱団によるものを。
独唱は、プールナール(S)、ロランス(Ms)、ヤーコプス(C-T)、エグモントとデル・カンプ(Bs)。
1985録音。ドイツ・ハルモニア・ムンディ。
よし、この日の出のように頑張るぞ!←意味不明。
バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)の「フーガの技法(Die Kunst der Fuge)」BWV.1080(1745-50/51刊)は、いろんな謎をもった作品だ。
ただでさえかわいげのない曲なのに、この謎のせいで一層敷居が高くなっている。
多くの人に広く愛好されるなんてもってのほか、みたいなオーラも発散している。
まずいちばんの謎は、自筆譜と最初に出版された楽譜(初版)とで曲順が違うこと。
写真はベーレンライター版スコア(音楽之友社刊。現在は入手困難。廃刊?)にある、自筆譜と初版、そしてその後のいくつかの版に収録されている曲と曲順が載っているページ。
この書き方がまた決して親切っぽくないが、とにかくこのような違いがある。
初版にあるのは、異稿とa,bの2曲からなるものを1つと数えると、「コラール」も含め20曲。
その各曲を初版の配列順に記すと、次のとおりとなる(カッコ内はバッハの手稿の番号)。
1.(Ⅰ) 原型主題による単純フーガ(4声)
2.(Ⅲ) 原型主題による単純フーガ(4声)
3.(Ⅱ) 転回主題による単純フーガ(4声)
4.(-) 転回主題による単純フーガ(4声)
5.(Ⅳ) 変形主題とその転回に基づく1種類の時価による反行フーガ(4声)
6.(Ⅶ) 変形主題とその転回に基づく2種類の時価による反行フーガ(4声)
7.(Ⅷ) 変形主題とその転回に基づく3種類の時価による反行フーガ(4声)
8.(Ⅹ) 2つの新主題と変形主要主題による三重フーガ(3声)
9.(Ⅴ) 新主題と主要主題による二重フーガ(4声)
10.(Ⅵ*) 新主題と変形主要主題による二重フーガ(4声)
*) 第1~11小節を欠く短縮稿(10a)
11.(ⅩⅠ) 2つ(3つ)の新主題と変形主要主題による三重(四重)フーガ(4声)
12(a,b*).(ⅩⅢ) 主題の変形による投影フーガ(4声)
*) 手稿ではaとbの2つのフーガが上下に書かれている。
初版では左右に並列され、順序が逆になっている。
13(a,b*).(ⅩⅣ) 変形主題とその転回による投影フーガ(4声)
*) 手稿ではaとbの2つのフーガが上下に書かれている。
初版では左右に並列されている。
(10a. 初版では14番目に収録されている10番の異稿(Ⅵ)。)
14.(ⅩⅤ) 反行と拡大によるカノン(2声)
14a.(ⅩⅡ) 反行と拡大によるカノンの異稿(2声)
15.(Ⅸ) 8度のカノン(2声)
16.(-) 10度のカノン(2声)
17.(-) 12度のカノン(2声)
19(a,b).(ⅩⅥ) 変形主題とその転回による2つのクラヴィアのための投影フーガ(13番の異形。2声)
18.(ⅩⅦ) 3つの新主題(第3主題はB-A-C-H)による未完フーガ(4声)
コラール* オルガン・コラール「汝の玉座の前に今や歩み寄り」
*) 口述筆記として不完全な形で現存。
元来「フーガの技法」に属するものではない。 初版では、19番目と18番目が逆になっているが、第19曲は第13曲(a,bの2曲)の異稿。なぜ第13曲にだけ2台のクラヴィア用の異稿が存在しているのも謎。
そして第18曲は未完だが、初版では筆が絶たれる三重フーガの最後のB-A-C-Hの旋律に入らずに、もともとは「フーガの技法」とは関係のないコラールが置かれる。これまた謎。
バッハの深読み研究家・プラウチュによれば、1~18のフーガやカノンは“詩編”のはじめの18篇を音楽的に解釈したのだという。初版に印刷された挿絵がそれを示しているというのだが、詳しくは礒山雅氏の「J.S.バッハ」(講談社現代新書)をご覧になっていただきたい。
第18曲の未完のフーガは、そこでバッハが休止して絶筆となったわけではない。
しかし、突然音楽が断たれ、聴き手が静寂の中に放り出されるところは何度体験しても衝撃的だ。だから、マゾじゃないが、私はこのB-A-C-Hで終わる演奏が断然好きだ。
コレギウム・アウレウムの演奏は、録音は古くなったがその刺激はいまだに色あせていない。
収録曲は初版に従っているが、第13曲のあとにクラヴィアによる異稿が演奏されているため、全19曲である。
そして、最後は第18曲。9分ほど音楽が進んだところで突然幕が下ろされる。
ん~、ゾクゾクぅっ!
1962録音。ドイツ・ハルモニア・ムンディ。
ベートーヴェンで気持ちをリセットした(私は)ので、バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)の大作を。
「6つの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ(6 Solo a violino senza basso accompagnato)」BWV.1001-1006(1720)。この曲については2008年と2010年というけっこう前に取り上げているが、私にとってはそれだけ畏れ多く、とっつきにくく、多少正直な気持ちを吐露するならば退屈な6曲なのだ。
構成している6曲は、
1. 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調BWV.1001(4楽章)
2. 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番ロ短調BWV.1002(ドゥーブル付の4楽章)
3. 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調BWV.1003(4楽章)
4. 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調BWV.1004(5楽章)
5. 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調BWV.1005(4楽章)
6. 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調BWV.1006(7楽章)
で、これらの中には他に編曲、転用されたものもある。
なおドゥーブルとは、和声進行を変えずに旋律的装飾を加える変奏のことなんだそうだ。
ソナタとパルティータが各3曲ずつだが、ソナタは教会ソナタの形式で書かれており、またパルティータ(組曲)は当時の室内ソナタであり、全体をソナタと称している。
先日「6つのヴァイオリン・ソナタ」BWV.1014-1019を取り上げたが、チェンバロを伴うこれらが旋律的なのに対し、同時期に書かれた「無伴奏ソナタ」はビックリ仰天するくらい対位法的に書かれている。
もちろん、無伴奏のヴァイオリンで完全なポリフォニー音楽を実現することは不可能であり、バッハは音響面と心理面で疑似ポリフォニー音楽の効果を上げているのだ。
W.フェーリクスは次のように書いている。
和音でほんとうの多声部を積み重ねていく箇所や、さらにはまた同じくほんとうのポリフォニックな声部進行を実現する箇所などある。かと思うとバッハは、現実には単声部進行である箇所を、一見そこに二声部楽曲が隠されているかのように聞かせる作曲上の工夫をしばしば行っているのだ。
親しみやすいメロディーの曲もあるが、やはり全体を通じて言えるのはとっつきやすい曲ではないということ。
が、これが相当崇高な芸術作品であることは誰にでもわかることだろう(おそらく)。
この曲の自筆譜はそのままでは演奏できない記譜が多く、ヨアヒム=モーザー版など多くの実用版が作られてきた。
が、今日取り上げるS.クイケンの演奏はクイケンが自筆に基づいて弾いているという。
これまで聴いたいずれの演奏もなかなかすごいと思うけど、そのなかでもクイケンのは私に妙にしっくりくる。演奏者が作品と格闘しているような圧迫感がないし、変にドロロンえんま君っぽくないのが良い。頑固おやじがふと微笑むような箇所がいくつもある。
礒山雅氏は「J.S.バッハ」(講談社現代新書)のなかで、クイケンの演奏を「潜在ポリフォニーの効果がよくわかる」、と書いている。
1999-2000録音。ドイツ・ハルモニア・ムンディ。
その、「音楽の捧げ物(Musikalisches Opfer)」BWV.1079(1747)である。
J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)が、息子が仕えさせていただいているフリードリヒ大王を訪れたことをきっかけに書かれた作品。
訪問は1747年5月のことだが、そこでバッハは大王からハ短調のテーマを与えられた。「Thema Regium」と言われるものだが、この主題は実はフリードリヒ大王のオリジナルではないらしい。
バッハはこの主題をもとに、その場でフォルテピアノによる即興演奏をした。
ここで言うフォルテピアノというのは“強弱”という意味じゃなく、ピアノの前身(チェンバロの後継)となる楽器のこと。ピアノフォルテとも言う。これが略されて、発達した今の楽器は単にピアノという。カレーライスもライスカレーもカレーと言うのと同じようなものだろう。
写真はW.フェーリクスの「バッハ 生涯と作品」(講談社学術文庫)に掲載されているものである。 バッハはこれらを帰ってから仕上げ、2か月後に「王の命による主題と付属物をカノン様式で解決した(Regis lussu Cantio Et Reliqua Canonica Arte Resoluta)」というラテン語の献辞をつけて王に捧げたのだった。
この語句の各単語の頭文字を並べると、RICERCAREとなる。リチェルカーレである。すごい!やるぅ~っ!
何がすごいのか理解できずに濃霧の中にたたずんでいるあなた!
リチェルカーレというのは、フーガへと発展した対位的楽曲で、当時はほぼフーガと同義に使われていたわけ。で、バッハさんはリチェルカーレとなるように工夫された折句を記したのであります。
曲は、
1. 3声のリチェルカーレ
2. 無窮カノン
3. 各種のカノン
a) 逆行カノン
b) 同度カノン
c) 反行カノン
d) 反行の拡大カノン
e) 螺旋カノン
4. 5度のフーガ・カノニカ
5. 6声のリチェルカーレ
6. 2声のカノン
7. 4声のカノン
8. トリオ・ソナタ(4楽章)
9. 無窮カノン
からなる。 使用楽器の指定があるのは、第8曲「トリオ・ソナタ」(fl,vn,cemb)、第9曲(同)、第3曲のb)「同度のカノン」(2vn,vc)だけ。
「トリオ・ソナタ」でフルート使用の指定があるのは、間違いなくフリードリヒ大王への配慮だろう。
にしても、最初にこの曲を聴いたときには、「暗ぇー主題!」と思ったものだ。そして暗いままに献呈するバッハにも、すごく凝った作品だということは知ったものの、これが謝意になるのかなと思った。
まっ、解決したってんだからいいのか……
今日はクイケン3兄弟とコーエンのチェンバロによる演奏を。
ということは、ヴァイオリン+ヴィオラ・ダ・ガンバ+フラウト・トラヴェルソ+チェンバロという4人だけの編成。
楽譜解釈も斬新で、たとえば「6声のリチェルカーレ」は、出版された楽譜では2段の鍵盤書法ではなく各声部が1段ずつ記されているという点から(掲載楽譜。このスコアは音楽之友社刊のもの)、3兄弟の楽器にそれぞれ1声部とチェンバロに3声部を割り当てている。
暗いトーンのこの作品が、クイケンの演奏ではほのぼのとさえ感じるほどの温かみを放つ。そしてまたこんなに美しい曲だったのかと、あらためて驚かされる。
これが正統的か正統的でないのかはともかく(私には正統的だと思えてならない)、聴く者はすばらしい捧げ物をいただいた気持ちになるのである。
1994録音。ドイツ・ハルモニア・ムンディ。
いや、すまない。
食い気三兄弟じゃなくて、クイケン三兄弟のわざとらしい間違いである。
いちばん上のお兄さんはヴィーラント・クイケン。ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者だ。
次兄は、先日も名前が出て来た(ラ・プティット・バンドの指揮者でもある)シギルヴァルト・クイケン。バロック・ヴァイオリン奏者である。
末っ子はバルトルト・クイケン。こちらはリコーダー奏者。
ベルギーの古楽三兄弟なのである。
今日はS.クイケン(1944- )のバロック・ヴァイオリン、そしてレオンハルトがチェンバロを務めてるバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)の「6つのヴァイオリン・ソナタ(6 Sounate a cembalo certato e violino solo, col basso per viola da gamba accompagnato se piace)」BWV.1014-1019(1717-23)。ヴァイオリンとチェンバロのための作品である。
6つの曲は、
第1番ロ短調BWV.1014
第2番イ長調BWV.1015
第3番ホ長調BWV.1016
第4番ハ短調BWV.1017
第5番ヘ短調BWV.1018
第6番ト長調BWV.1019
である。
この作品の作曲期間(1720)年に、「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」BWV.1001-1006も作曲されているが、“チェンバロとのソナタ”と“無伴奏ソナタとパルティータ”は、ヴァイオリン演奏にも長けていたJ.S.バッハのこの楽器のための双璧である。
「無伴奏ソナタとパルティータ」に対し、チェンバロを伴うこちらはヴァイオリンのメロディー性が強調されている。と同時に、チェンバロを通奏低音の位置づけから持ち上げ2声を弾かせている。このため、このソナタは3声部の三重奏となるように作られている。
「無伴奏」は物音1つたててはいけない、ましてやエヘラエヘラしながら聴いてはいけない音楽といった威圧感があるが、こちらはリラックスして耳を傾けることができる。
各曲とも教会ソナタの4楽章構成だが、第6番だけは5楽章構成で中間の第3楽章はチェンバロ独奏の曲になっている。
S.クイケンのヴァイオリン、レオンハルトのチェンバロによる1973年録音のものは、若きクイケンの録音の代表作。
クイケンが復活させたバロック奏法とは、解放弦を積極的に用いるもので、バロック弓でバロック仕様のヴァイオリンを顎ではさまない形で弾く。
そこから姿を現す音楽は、古くて新しい生命力を感じさせる
数多い同曲の録音の中でもピリオド楽器による随一の名盤です。室内楽的な妙味をあますところなく再現した、S.クイケンとレオンハルトの自在で格調豊かな倍音の多い響き。ここに収められた作品は、バロックの伝統であった数字付通奏低音から脱却し、ヴァイオリンとオブリガート・チェンバロの3声部すべてを楽譜化してソロ・ソナタにおける鍵盤楽器の役割を拡大し、古典派の二重奏を予告するものです。S.クイケンとレオンハルトという名手2人によるこの演奏は、バッハへの深い理解と共感に溢れたもので、数多い同曲の録音の中でも傑出したものです。
このように発売元も申しております。
1973録音。ドイツ・ハルモニア・ムンディ。
昼前の飛行機で“はーるばる来たぜ函館ぇぇぇ~っ!”から新千歳空港に飛び、JR新千歳空港から南千歳まで快速エアポートに乗り、南千歳からスーパーとかちに乗り換える。
なんか旅行者みたいだ。
問題は、昼はどこで何を食べるかである。
初めてラ・プティット・バンドの演奏を聴いたとき、私は腰が抜けるほど驚いた。
っていうのはオーバーだけど、わずかながらも腰が痛い本日の私である。
古楽演奏(ピリオド演奏)というものをまだあまり聴いたことがなかった(もしかするとそれまで聴いたことがなかったかも)ので、切れの良さと躍動感に驚かされたのだ。曲はヴィヴァルディの「四季」だったが、その何か月後にFM放送で流れたC.P.E.バッハのWq.182-6の演奏は、とにかくびっくら仰天ものだった。っていうのもオーバーか……
ラ・プティット・バンドは1972年に設立された古楽器オーケストラ。
レオンハルトとシギスヴァルト・クイケンが設立者で、名前はその昔リュリが活動したオーケストラが由来。
近ごろレオンハルトを集中的に聴いているので、キャンペーンのようにレオンハルトを取り上げていることを、詫びることではないが、許していただきたい。
上に書いた、私がこのオーケストラの演奏を初めて耳にしたのは1980年のことだから、設立してから8年も経っていたってわけで、昔から時代に遅れているのね、ボク。
今日は今の私の体の節々の痛みをごまかすために、とびっきりすばらしい彼らによるバッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)の「ブランデンブルク協奏曲(Brandenburgische Konzerte)」(1721献呈)を。
録音されたのは1994年。このオーケストラが設立から20余年を経て「ブランデンブルク」初録音というもの。
とにかく難癖のつけようがない演奏。録音も優れている。
聴いていて痛みが和らぐ、幸せ宅配便のような演奏だ。古楽とはいえ、変にガチャガチャさせたり、ちょいと変わったことやってみようかといった、悪趣味な冒険はしていない。
こういう斬新だが正統派の、最高級仕上げの演奏を聴くと、カザルスのものがいかに異質であるかということをあらためて思い知らされる。
珍しいのは第2番でバロック・トランペットを用いずにホルンを起用していること。
というのも、バッハ当時の奏法と(複製した)楽器を理想的に演奏できる奏者がいなかったためだという。
このホルン、当然のごとく違和感はあるが、トランペットにかき消されがちなパートが良く聴こえてくるという恩恵もある。
1993-94録音。ドイツ・ハルモニア・ムンディ。
ちなみに、発売元も自信をもってこう書いている。
レオンハルトとS.クイケンが1972年に結成したピリオド楽器によるオーケストラのパイオニア、ラ・プティット・バンドが20年以上の演奏活動の中で培ってきた奏法と解釈によって、初めて録音した「ブランデンブルク協奏曲」の名盤です。バルトルド、シギスヴァルト、ヴィーラントのクイケン3兄弟、寺神戸亮、鈴木秀美ら、各々の楽器のトップ・アーティストたちが現代のスタンダードたる名演を繰り広げています。「第2番」ではトランペットではなくナチュラル・ホルンを使用しての演奏。
CDジャケットに描かれているのは、ブランデンブルク門。
何年か前にベルリンに行ったときに見たのと同じだ。
描いた人、絵が上手ね。
昨日も都市間高速バスを利用して戻ってきたが、車内で読んだのは宮部みゆきの「ペテロの葬列」。
主人公たちが乗っていたバスがバスジャックに遭い、そして無事救出されたところまで読み進んだが、まさかバスに乗りながらバスジャックの話を読んでるなど、ドライバーもほかの乗客も気づかなかったろう。当たり前だが……
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